第41話 ジョージの週末

 オリビアとリアムのデートの翌日。


 気持ちのいい晴れ模様から打って変わって、朝からしとしとと雨が降り続いていた。

 オリビアは昨日のデートに酔いしれているので天気など全く気になっていない。


「おはようございます。オリビア様」


「おはよう、リタ。いい朝ね」


 朝の支度に現れた侍女のリタも笑顔で「そうですね」と答えたことから、彼女もまた機嫌がいいのだと察した。

 たしかには昨日とても楽しそうだったな、とエルとの仲良しクッキングの風景を思い出しながらオリビアはふふっと笑う。そのまま昨日目の前に座って甘い時間を過ごしたリアムを思い出す。そして再び笑う、の繰り返しだった。


「オリビア様、いってらっしゃいませ」


「じゃあね、リタ。いってきます!」


 リタに見送られ、オリビアは迎えにきた護衛とともに女子寮を出る。


「おはよう、ジョージ」


「はよっす。朝から雨でいや〜な感じっすね」


 ふたりがすっぽりとおさまる大きな傘を差し、ジョージがやや上方をみて顔をしかめた。


「そお? たまにはこんな日があってもいいじゃない」


「……わっかりやす」


「なあに?」


「いいえ、何も言ってませんよ」


「そう、早く行きましょう」


「へいへい」


 オリビアは弾むような足取りで校舎に向かった。


 授業が始まってからもオリビアは終始機嫌がよかった。得意の算術の授業や経営学の授業などをこなし、休み時間のたびに前日のデートを思い出してニヤつくのを繰り返した。


 週末リアムが仕事で他領に行くとのことだったので、その間に次のデートに着ていく服でも見繕いに行こうかなどと考えて楽しい一日を過ごしていた。


「お嬢様、今日中に話しておきたいことがあります」


 しかし、このジョージの発言と彼の真剣な眼差しで、これから状況が一変するのだと予感する。オリビアは緩み切った顔を引き締めて返事をした。


「わかったわ。今夜、部屋にきてちょうだい」


「了解っす」


 そして夜、ジョージが闇に紛れていつも通り窓からオリビアの部屋にやってきた。


 雨は一日中やむことはなく、リタがジョージにタオルを渡し、かわりに濡れたジャケットを受け取り壁際にかけて乾かしていた。

 さらに彼女は温かいハーブティーを淹れ、主人と同僚に振る舞った。


「ありがとう、リタ。あなたも座ってちょうだい」


「はい。失礼いたします」


 リタが向かいのジョージが座るソファに腰掛けた。オリビアは日中から彼の表情が堅いことに気づいていた。きっと深刻な話なのだろう。早く楽になってもらおうと、話を促した。


「ジョージ、話というのは?」


「はい。実は昨日オリーブ姐さんと会ってたんです。そこで……」


 話の内容は、衝撃的なものだった。ペリドットとマルズワルトの繋がり、新たに出てきたラピスラズリ侯爵の名前……。


「貴族の中で数十年かけて力を蓄えてきたラピスラズリ……。彼の目的がどの程度かわからなくて恐ろしいわ。今後も貴族として君臨し続けたいだけなのか、国内での要職を狙っているのか、自分自身が国を治めたいのか……」


「そ、そんな! 国を治めるというのは?」


「国家反逆っすか……」


「可能性はゼロではないわ」


 オリビアの発言に、リタは息を飲みジョージは小さく頷いた。


「とりあえず、俺は明日オリーブ姐さんとラピスラズリ家が経営しているブティックにいってみます」


「わかったわ。私は早急にクリスタル領に戻ってセオに説明するわ。隣の領地だし、何かあったらすぐ連絡し合えるようにしておかないと。お兄様にも簡単に話しておくわ」


「俺は行かなくて大丈夫っすか?」


「ええ、馬車での移動だしリタがいるから大丈夫よ」


「わかりました。気をつけてくださいね」


 オリビアはジョージ、リタと顔を見合わせて頷いた。そして、ジョージにこう付け加える。


「あなたも気をつけて。もし何かあったら、リアム様の名前を出すといいわ。この国の人間相手なら通用するはずよ」


「はい。わかりました」


 ジャケットが乾いたのを確認し、ジョージがまた窓から男子寮へと戻っていった。その後、寝支度を済ませたリタが侍女控え棟へ戻っていき、オリビアはひとりベッドに入る。


 しかし、今夜ばかりは昨日の幸せな時間を塗り替えるほどの情報量の多さと濃さにあてられて、なかなか眠りにつくことができなかった。



 翌日、雨はやんでいたがどんよりとした濃い灰色の雲が空を覆っていた。

 ジョージは朝、主人と同僚を見送ってからゆっくりと準備をして昼過ぎに寮を出た。そして、先日訪れた繁華街の奥の寂れた宿屋にやってきた。


「旦那、オリーブちゃんに会いにきたのかい?」


「ああ、そうだよ。彼女は部屋にいる?」


 カウンターにはこの前と同じ年配の女性が立っていた。しかし、今日は無愛想ではなかった。


 初めから黄ばんだ歯を見せて笑い、さらには心なしか声が高い。


 きっと先日渡した紙幣と今日の高級品で身を包んだ姿が効果的なのだろう。明らかに自分を上客として扱う彼女に、ジョージは苦笑しつつ紙幣を渡した。


「オリーブちゃんは部屋にいますよ。ごゆっくり」


「ありがとう」


 紙幣を受け取り、女性は歯茎まで剥き出しにして満面の笑みを浮かべた。

 ジョージはそれをなるべく視界に入れないようにしながら急いで客室へ続く階段を登った。


(ていうか「旦那」って……。俺まだ十七歳なんだけど)


 二階に上がって廊下を歩き、五号室と書いたドアをノックする。


「はーい! ジョージ、とりあえず入ってちょうだい」


「おじゃましまーす」


 オリーブがドアを開け入室を促すので、ジョージは部屋の中に入って先日も座った椅子に腰を下ろした。オリーブはジョージに目もくれず、鏡の前で耳飾りを合わせていた。


「そっちのパールのやつにしなよ」


「ん? ああ、これかい。いいねえ」


 ジョージは鏡越しに指差しをして耳飾りを選んだ。オリーブが耳に合わせ、口角を上げる。次に彼女は赤い口紅で唇を染めた。


「よし、いい女! 待たせたねえ」


「姐さんがさらにきれいになるなら、いくらでも待ちますよ」


 ジョージの軽口に、オリーブが目を細める。


「本当に口が達者だねえ。さ、行くよ」


「へいへい」


 ジョージはオリーブと宿屋を出て、広場まで来た道を戻った。そしてタウンハウスなどがある通りに並行な隣の道に入っていく。店構えや置いているものが明らかに高級そうな服屋や靴屋、化粧品店などが並んでいた。


「ここは貴族のタウンハウスの隣の通りだから、高級店が多いのさ」


「うーん、ゼロが一個多いってやつっすね」


「まあね、その奥のブティックが例の店さ。さらにお高いよ。客も選ぶ」


「ふうん」


 高級店を数軒通り、ついに目当ての店の前に辿り着いたジョージ。ガラス張りのショーウィンドウに、仕立ての良さそうなドレスとタキシードが飾ってあった。たしかに客を選ぶ金額だ。


「よろしければ、中の洋服もご覧ください」


「ああ、ぜひ」


 ジョージがショーウィンドウを見ていると、中から店員の男性がやってきて声をかけてきた。どうやら自分たちは客として認められたようだ。案内されるままジョージは店内に進む。


「オリーブ、ドレスでも見ていて」


「はあい」


 ジョージはオリーブに店内の品物を確認させ、自分も店内を見渡した。頭から爪先まで、一通り揃うようだ。品揃えは悪くない。


「本日はお連れ様のドレスをお探しでしょうか?」


「ん? ああ、それと、少し早いんだが主人の使いで冬のコートを仕立てたくてね。ここは生地見本をもらえたりする?」


「はい、もちろんでございます。当店では貴重な生地も手に入りますし、腕の良い職人もおりますから、高品質で着心地の良いものをご提供できます」


 一見品の良さそうな男性店員はドレスとコートの売り上げを瞬時に計算したのか、両手をにぎにぎと揉んで目尻を下げた。ついでに小物やアクセサリーの営業まで始まった。

 ジョージは話を戻そうと数回相槌を打った後、今度は自分から話を始めた。


「ありがとう。検討してみるよ。主人に確認がしたいから、コート用の生地見本をもらえる?」


「かしこまりました。ちなみにどのような生地をお探しでしょうか?」


「そうだなあ、なるべく貴重なものがいいんだ。ハイランドシープとかね」


「ハイランドシープ、どこでそれを? そういった超高級なものは身分のしっかりしたお得意様にしか販売しないのですが……。冷やかしでしたらお引き取りいただいてよろしいでしょうか」


 店員が緩んだ顔を引き締めた。ここで追い出されてはいけないと、ジョージは主人オリビアの恋人の名と、彼が主人に宛てた手紙を出した。


「実は、私の主人が恋人に丈夫で品質の良いコートを贈りたいと。恋人はアレキサンドライト家のリアム様です。これはアレキサンドライト卿が主人に宛てた手紙です」


「ア、アレキサンドライト公爵家……ですか? たしかに、この紋章は……」


「そう。主人はアレキサンドライト公爵夫妻とも顔見知りでね。あと、そこの彼女のドレスは今日、私が現金で買うつもりだ」


 アレキサンドライト家に食いついた店員へのダメ押しで、ジョージは胸の内ポケットから財布を出して開いて見せた。中には普段は持ち歩かないような大金が入っている。店員の目がキラリと光ったように見えた。


「お客様、大変失礼いたしました。すぐに生地見本をご用意いたします」


「ありがとう。黒や茶、紺色などの濃い色を用意してくれるかい?」


「かしこまりました」


 店員は深々と頭を下げると、カウンターの奥の部屋に走り去っていった。


 ジョージは静かに息を吐きオリーブに視線を移した。彼女はこちらを見て、笑顔で深緑色のドレスを持って向かってくる。

 領収書はもらえるだろうかと、オリーブの手にバッグや靴も引っ掛かっているのを見て頬の筋肉が引きつった。


「ありがとうございました。コートのご注文もお待ちしております」


「ああ、また来るよ」


 ジョージはドレス他の会計を済ませ、満面の笑みを浮かべる店員に見送られながら、同じく満面の笑みを浮かべるオリーブと店を出た。


 そのまま、彼女が宿泊する宿屋まで戻る。


「悪ねえ、こんなにたくさん買ってもらっちゃって」


「いえ、姐さんがくれた情報に比べたら安いもんです」


 ジョージは生地見本帳と書かれた小冊子を手に、オリーブに笑いかける。その代償に懐は随分と寂しくなったが、領収書が受理されると信じていた。


「さて、これからどうする?」


「俺はこのままクリスタルに帰ります。姐さんも乗って行きますか?」


「ああ、そうしようかねえ。早く帰ってドレスも着たいし」


 ジョージはオリーブの荷物持ちをしながら馬車に乗り、クリスタル領を目指した。


>>続く


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