第34話 レオンの策略(前編)

 窓から差す光と、かすかに聞こえる小鳥のさえずりが朝を告げている。


 いつも週明けは眠気が抜けず、身を起こすまでに時間がかかる。ふかふかの羽毛布団から身体が離れたがらないのだ。


 なんとか天蓋付きのベッドから脱出する。大理石の床は冷えるので、ベッド脇には母の故郷から取り寄せた希少なハイランドシープの毛で織られたマットレスを敷いている。


 靴を履き、一歩踏み出し、緩くウエーブのかかった金髪をかきあげる。深呼吸と共に瞬きをすると、濃い紫色の瞳が部屋全体を映し、ジュエリトス王国第三王子レオンの朝は始まった。


 レオンは歩いてソファへ向かい、用意しておいた水をグラスに注いで飲み干した。そのタイミングで、コンコンと入口のドアをノックする音が聞こえる。


「レオン殿下、おはようございます。朝の支度に参りました」


「入っていいよ」


「失礼いたします」


 レオンはドアに向かって返事をする。ドアを開け入ってきた執事は深々と礼をすると手早くレオンに制服を着せ、柔らかく滑らかな金髪をブラシで整えた。


「朝食の準備が整っております」


「ああ、すぐ行く」


「それでは失礼いたします」


 執事がレオンの寝巻きを抱え礼をして部屋を去った。レオンは部屋の入り口を施錠し、室内にある自分の身長ほどの木製の飾り棚の元へ向かった。


 壁面に沿って配置されているそれの横に立ち、グッと力を込めて押し横に滑らせた。すると、棚のあった壁面に棚より一回り小さなドアが姿を現した。ドアノブに手をかけ、魔力を流し解錠する。ドアは開き、中には壁を覆い尽くす本棚と机、一人掛けのソファがあった。


 レオンは机の一番上の引き出しから古びた鍵を取り出す。そして、目当てのクラブ室の鍵を手にして部屋を出て、魔力でドアを施錠し、飾り棚を元に戻した。


「きっとオリビア嬢は怒っているだろうなあ。今日はクラブでゆっくり話でもしようかな……」


 レオンは呟きながら、怒り心頭で登校してくるであろうクラスメイトの少女を思い浮かべた。彼女はここ最近のお気に入りだ。

 あの美しい顔をどう歪め、辺境伯の娘が王族の自分にどういう言葉で責め立てるのかは見ものだ。


「早く会いたいなあ、オリビア嬢」


 口元が自然と緩んでしまう。学校では気をつけないといけないが自信がないなとレオンは思った。そして、大きな両開きのドアを開け、自室を後にした。


 朝食を済ませたレオンは馬車に乗り、いつもの時間に登校した。馬車を降りた瞬間から生徒たちの視線がまとわりつく。

 貴族という立場に生まれた彼らは貴族が通うこの学院に通うこともステータスで、特に同期に王族や公爵家の人間がいるのは今後の人生で未来永劫の自慢となるらしい。

 レオンにとってはどうでもいいことだったが、これも公務の一つとして生徒たちに笑顔を向ける。


「殿下、今日も笑顔が眩しいわね」


「朝からあのお方に会えるなんて、なんだか得した気分だわ」


 自分を崇めるような生徒たちの言葉をすり抜け、レオンは護衛と共に教室へ向かった。


 レオンが教室を見渡すと、すでにオリビアは自分の席についていた。彼女はまっすぐに正面を睨みつけ、怒りのオーラをまとっていた。


 いつもなら彼女の後ろに回って自分に席につき、突然朝の挨拶をして驚かせるのが日課だったが、今日は趣向を変えてみる。あえて彼女の前をゆっくりと歩き、笑顔を見せてから着席した。


「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す! レオン殿下」


「やあ、おはよう、オリビア嬢。今日もいい天気だね」


 席についた途端、オリビアがこちらを振り向き強い語気で挨拶をしてきた。レオンはそれを爽やかな笑顔で返す。彼女が一瞬真顔で眉をひそめ、引きつった笑顔を貼り付け直した。


「お話ししたいことがあります」


 食い入るようなオリビアの視線にとらえられる。意気込んでいるのか怒りからなのかはわからないが、鼻から大きな息を吐き出す姿は貴族の子女とは到底思えない。やはり彼女は面白い、とレオンは笑い出しそうになるのを堪えた。


「僕も君に話したいことがあるんだ。休み時間だと足りないし人目も気になるから……放課後、クラブ室に来てくれない?」


「はい……。わかりました」


「じゃあ、そういうことで。授業は真面目にね」


「はい……」


 レオンはもう一度オリビアに笑顔を向けると、彼女は拍子抜けしたような、どこか腑に落ちないような様子でわずかに唇を尖らせた。正論だが納得がいかない、複雑な気持ちなのだろう。席に着くオリビアを眺めながら、レオンはかすかに笑みを浮かべた。


♢♦︎♢♦︎


 放課後、一足先にクラブ室に着いたレオンは、椅子に座ってオリビアが来るのを待っていた。

 彼女に何を話すかはもう決めている。

 そのために自分は父に頭を下げ、リアム・アレキサンドライトとの婚約を保留にしてもらったのだ。


 レオンは一週間前、友人でリアムの弟でもあるサイラスがやってきた日のことを思い返した。


「へえ、リアムがオリビア嬢にプロポーズしたのか」


「そうそう! 兄様が跪いてるところなんて初めてみたよ! しかもね、お義姉様を抱っこしてくるくる回って……素敵だったなあ」


「あの堅物がそんなことするんだ。それは僕も見てみたかったな。他には面白いことはなかった?」


「うーん、そうだなあ……」


 並んでソファに腰掛け、キラキラと瞳を輝かせて話すサイラスを見ながら、今後の作戦をどうしようかとレオンは考えていた。


 そもそも、彼女が自分の探し人かどうかもわからない。せめてその確認が取れるまでは婚約は待って欲しかったが、この様子なら婚約許可を依頼する書簡は自分の父である国王陛下に届いている。


 もう素直に事情を説明してオリビアに魔法のことを聞いてしまおうか……と思っていた矢先、斜め上を見て唸っていたサイラスが、「あ!」と言って思い出したことを話し始めた。


 これが、レオンの求めていた答えの一つになることを、サイラスは知る由もなかっただろう。


「そうだ、お義姉様も不思議なこと言ってたよ。外国の話だと思う。「遠いどこか、遥か彼方の異国」って。一体どこの話だろうねえ? 国境近くの領地出身だから詳しいのかなあ?」


「サイラス! それ……本当?「遠いどこか、遥か彼方の異国」ってオリビア嬢が言ったの?」


「い、痛いよレオンっ。確かにそう聞こえたけど……それがどうしたの?」


 レオンは思わず掴んでしまったサイラスの手を「ごめん」と言って慌てて離した。


 彼が聞いたというその言葉は、オリビア・クリスタルが自分の探し人である可能性が高いと確信するには十分なものだった。


「ねえサイラス、他には何か言ってた? その言葉はどういう会話の中で使われていたのかな? 詳しく聞かせてくれないか」


「うーん。そう言われても、僕も近くにいたわけじゃないし。たまたまその言葉だけが聞こえて、あとはほとんど何も……」


「そう……」


 頬杖をつき、再び思案するレオン。チェス盤を引っ張り出して勝負しようと言っているサイラスの声もどこか遠くに聞こえる。やはりこのまま、彼女をリアムに渡すわけにはいかなくなった。


「サイラス……ごめんね」


「レオン? どうしたの?」


 レオンは一言呟いて立ち上がった。チェスの準備をしていた親友は、不思議そうに首を傾げている。彼とは兄と姉が婚約者で互いに他の兄弟と歳が離れていることもあり、幼い頃から気心知れた仲だった。

 自分を王族ではなくだたの「レオン」として見てくれる、唯一の友。彼を裏切るような行動を取ろうとしていることに、胸が痛まないわけではない。


「急に用事ができてしまって……僕は行くよ」


「ええ! せっかく久しぶりだからたくさん遊ぼうと思ってたのに〜」


「今度、埋め合わせるよ。それじゃあ」


「あ、レオン〜!!」


 背後から聞こえるサイラスの声には振り向かなかった。レオンは自室を後にして、王の書斎を目指した。


>>続く


まとめきれずに前後編です💦

引き続きよろしくお願いします😊

感想、応援、フォロー、レビュー……お待ちしております!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る