第四章 ふたりは恋人! オリビア&リアム
第31話 オリビア、怒りの咆哮(前編)
「あの男……許せない! もういい! 今日は飲むことにする! お酒よ、お酒をちょうだい!」
「いいね、お嬢様。よし! 飲みましょ飲みましょ」
「こら!
王都の繁華街のはずれにある飲食店。
軟派でいて優秀な護衛ジョージと並んで主人オリビアがカウンター席で酒を求めくだを巻いていた。硬派でこちらもまた優秀な侍女リタはその姿を見て大きなため息をついた。
店の経営者で見目麗しくどこか儚げなマスター、エルが酒を出そうか出すまいかとカウンターの内側で酒の瓶とジュースの瓶を持ち、困り顔で体を揺らしている。
「どうしたのですか? リビー様……」
「どうもこうもないわよ! エル、お酒よ!」
オリビアがエルに捲し立てるように言葉をぶつけると、彼の手から酒の瓶を取ろうと白い手を伸ばした。しかし、その手はリタの褐色の手に遮られ目当てのものには届かなかった。
「リビー様、仕方がないですね。こちらをどうぞ」
「やった。リタ、話がわかるじゃない」
リタはエルの持っていた瓶の片方を受け取り、主人の持つグラスに向けて傾ける。静かに注がれた葡萄色の液体をオリビアが頷きながら口へ運んだ。
「これこれ……ん? なんだか甘すぎる気がする。本当にお酒?」
「はい。甘口なんですよ」
「ふうん。まあ飲みやすくていいわね。どんどんいくわよ!」
リタはすぐに空になったグラスにおかわりの葡萄ジュースを注ぎ、護衛のジョージと乾杯するオリビアを見守っていた。
そこへ野暮ったい前髪で隠れているが眉尻を下げ困り顔をしたエルがやってくる。
「リタ様、リビー様は一体何があったのですか? ずいぶん酔っているようですが……」
「いいえ、お酒は一滴も飲んでおりません。飲んだと思い込んでいるだけです。お騒がせしてしまい申し訳ありません、エル」
「いいえっ。僕はかまいません。気にしないでくださいね」
エルが首を横に振ってから笑顔で返事をした。目の部分を隠してしまっていた灰色の髪が揺れ、同じ灰色の瞳が姿を現す。その瞳に小さな自分が映されているのを見て、リタは胸の鼓動が少し早くなるのを意識した。
「エル、ありがとうござます。あ、リビー様に頼まれたらジュースを出してあげてください」
「はい、かしこまりました」
「おかわり〜!!」
「はい! ただいまお持ちします」
リタの隣ではオリビアがジュースの瓶を振っていた。どうやら全て飲んでしまったようだ。
エルが慌ててジュースの瓶をカウンターの奥に取りに走る。彼に申し訳ないと思いつつ、リタは自分のグラスに口をつけ、発泡酒を飲んだ。
「ああ、もう。どうしてこんなことになったのかしら」
「リビー様……お気を確かに。きっとなんとかなりますよ」
今にも泣き出しそうなか細い声で項垂れるオリビアに、リタは労わるように優しく声をかけた。
主人が落ち込むのも無理はないと思った。今日起きたことはおそらくジュエリトスでも前代未聞の出来事だろう。
リタ自身も励ますしかできない自分が情けないと感じていた。
「お待たせしました、どうぞ。リビー様、何があったんですか?」
タイミングよくエルが葡萄ジュースの瓶を持って戻ってくる。
注がれたジュースを眺めながら、オリビアが
「聞いてくれる? とんでもないことが起きたのよ……」
「とんでもないこと……」
「そう。ことの始まりは一週間前、私は幸せの絶頂にいたわ……」
反すうし呟くエルにオリビアが頷いて続きを話し始める。
リタはそう言って遠くを見つめる主人が、一週間前の幸せな日に遡っているのをそのうっとりとした表情から感じとった。
◇◆◇◆
一週間前、前日にリアムから婚約指輪をもらったオリビアは気持ちのいい朝を迎えていた。
「うーん、いいお天気」
「オリビア様、おはようございます。朝の支度に参りました」
「おはよう、リタ」
オリビアはゲストルームでリタに身支度を整えてもらい、リアムの家族と共に朝食をとり、帰りの支度をした。そして、リアムの兄夫婦に見守られながら帰りの馬車に乗った。
「オリビアさん、ぜひまた遊びにきてくれ」
「お待ちしておりますわ!」
「はい。ありがとうございます! お世話になりました!」
リアムに支えられながら馬車に乗り、彼が兄たちと挨拶しているのを見守る。
「リアム、夏に開かれる王宮の夜会が楽しみだな」
「はい、兄上。待ち遠しいです。義姉上もお元気で」
「ありがとう。リアムさんもお元気で。オリビアさんと仲良くなさってね」
「ありがとうございます! それではまた」
オリビアは動き出した馬車の窓から、オスカーとエマに手を振り続けた。
彼らの姿が見えなくなる頃、「またお会いしましょう!」とエマの声が遠くに聞こえ、本当に歓迎されていたのだと実感し嬉しくなった。
ゆっくりとリアムに支えられながら席に座る。
「本当にまたお会いするのが楽しみですわ。リアム様、お招きいただきありがとうございました」
「私の方こそ来てくれてありがとう。家族を気に入ってもらえて嬉しかった」
「すっかりラブラブだね、ふたりとも。昨日の夜はずいぶん盛り上がったんだろうなあ」
「サイラス!」
オリビアがリアムとふたりの世界に入りかけたとき、斜め向かいに座るリアムの弟サイラスからの一言で一気に現実に引き戻された。
そうだ、ここには彼も侍女のリタもいるのだ。込み上げる恥ずかしさで押し黙っていると、かわりにリアムがサイラスを叱った。
「何を言っているんだお前は!」
「ごめんなさあい。なんだか昨日に比べてふたりの雰囲気が変わったからつい」
「私たちは昨夜、庭を散歩していただけだ。からかうのはやめなさい」
「はあい」
その後も車内は和やかな雰囲気でオリビアはリアム、サイラス、リタと楽しい時間を過ごしながら王都まで戻った。
「それじゃあ僕はこのまま友達のところへ行くね! オリビアお義姉様、またね!」
「サイラス様、またお会いしましょう!」
友人の元へ行くと言うサイラスと笑顔で別れ、オリビアも学院前でリアムと別れる。
「オリビア嬢、来週の休みまでには陛下から婚約の許可が降りているはずだ。以前の約束通り王都で会わないか?」
「はい、ぜひ。楽しみにしていますわ。……リアム様?」
「離れるのが名残惜しいのに、早く来週になってほしいとも思う。複雑な気持ちだ」
「リアム様……。私もですわ」
「オリビア嬢……」
「…………」
馬車を降りてから互いの名を呼び合いリアムと見つめ合っていたオリビア。
リタの生温かい眼差しに気づいたのはしばらく経ってからだった。
◇◆◇◆
そして休み明け、オリビアは週末が来るのを楽しみに毎日機嫌よく過ごした。
時折からんでくるレオンのことも気にならなかったし、体術の講師でマッチョなシルベスタの授業も涎を垂らすことなく平和に終わることができた。
オリビアの頭の中は、週末のデートのことでいっぱいだった。
「オリビア嬢、なんだか今週は機嫌がいいね?」
「ええ、まあ。来週にはレオン殿下にもご報告できるかと思いますわ」
「ふうん。楽しみにしているよ」
オリビアはただただ週末が楽しみで仕方なかった。ふわふわと足元が軽く、周りの雑音なんか気にならない。自分と会話をするレオンの不敵な笑みさえも全く気にならない、気づかない。
「いよいよ明日ですね、オリビア様」
「ええ、いよいよ明日ね。そうだ、いただいた指輪はつけて行ったほうがいいのかしら?」
「そうですね。きっとリアム様はお喜びになりますよ」
「そうかしら? ああ、楽しみで仕方がないわ」
週末休み初日の夜、リアムとのデートを翌日に控え心を躍らせていたオリビア。リタにいつもより念入りな髪の手入れをしてもらい翌日に備えた。
翌日、ついにリアムとのデートの日がやってきた。
オリビアは朝から上機嫌でリタに髪を結ってもらい、前日から選んでいた服を纏って最後にリアムからもらったアレキサンドライトの指輪をつけた。
部屋の姿見に向かい全身を確認し、最後ににっこりと微笑んでから部屋を後にする。
「オリビア様、もうすぐですね」
「そうね、もうすぐリアム様が迎えに来るわ」
「あのー俺、昨日もデートで眠いんで寮に戻って寝てたいんすけど」
学院の入り口前でオリビアはリタと並んでリアムが迎えに来るのを待っていた。そして、さらに隣には休日だからといってだらしない身なりの護衛が立っている。
「ジョージ! あなた休みだからってその格好はないでしょう? リアム様に失礼よ」
「じゃあ今のうちに寮に……」
あくびをしているジョージをオリビアが嗜めると、彼は回れ右をして寮に戻ろうと一歩踏み出した。
引き止めるためオリビアも振り返ろうとしたその時、こちらへ向かう馬車の姿が見えた。
その馬車を見て、オリビアは急いでジョージの服の裾を引っ張る。
「待って! ジョージ!」
「なんすかもう……。こんなだらしない姿、アレキサンドライト卿に見せられないでしょうが」
「違うの、待ってジョージ」
「何が違うんですか……!」
「オリビア様……」
近づいてくるにつれ、馬車が先週自分を迎えにきたアレキサンドライト家のものではないと気づく。
ジョージとリタもそれに気づいた様子で、怪訝そうな表情を浮かべ馬車に注目している。
そして、オリビアの目の前に馬車は停まった。それは故郷で見覚えのある、馴染みの馬車だった。
「オリビア! リタ、ジョージも久しぶりだな!」
馬車のドアが開くのと同時に、明るい声が自分の名を呼んだ。思いがけない人物との再会に、オリビアは驚き、まばたきを繰り返した。
>>続く
ここまで読んでいただきありがとうございます😊
後編もよろしくお願いします!
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