番外編 オリビア・クリスタルの生誕祭
・はじめに
こちらは2022〜2023年末年始の番外編です。
本編で言うと第11話内の
『十五歳の誕生日に、ジョージに乗せられボトルごと酒を飲んで二日酔いを経験した悲惨な思い出』
にあたります(笑)
それでは、はじまりはじまり〜!
♢♦︎♢♦︎
これはオリビアがリアムと再会する少し前、オリビアの十五歳の誕生日に起きた出来事である。
オリビアの誕生日は年末、十二月三十一日だった。毎年恒例の誕生会と新年会を兼ねたパーティーはクリスタル家の屋敷で盛大に開かれる。
この日は使用人たちも無礼講で、料理や飲み物の準備が終われば、一緒にパーティーを楽しむことになっている。彼らは家族も参加を許可されていた。
「「オリビアお嬢様、お誕生日おめでとうございます!!」」
「ありがとう! みんなも楽しんでね!」
オリビアへの祝いの言葉を合図に、パーティーが始まる。人々は料理や飲み物を片手に同僚や家族たちと笑顔を交わしていた。オリビアは、一年の締めくくりを満足げな笑みを浮かべて眺めている。
「オリビア様、お誕生日おめでとうございます」
「お嬢様、成人おめでとうございます」
「ありがとう、ふたりとも。これで私も大人ってことになるのね」
オリビアの侍女リタと護衛のジョージが歩み寄り、主人に祝いの言葉を贈る。
オリビアは礼を言ってにっこりと微笑んだ。すると、ジョージが目の前に葡萄酒の入ったボトルを差し出した。
「酒も解禁っすね。飲みますか!」
「葡萄酒かしら? そうね、せっかくだし飲んでみたいわ」
「それでは私はグラスをお持ちいたします」
「リタ、三つ持ってきてね!」
オリビアがリタに指を三本立てながら声をかけると、彼女は静かに微笑んで頷き、人混みの中に入り込んでいった。
ふと、ジョージの持つ葡萄酒のボトルに目を向ける。オリビアはラベルに書いてある数字を見てその部分を指さした。
「これ……製造年が私の生まれ年だわ」
「そうっすね。たまたま手に入ったんで。
ジョージが肩をすくめてニヤリと笑みを浮かべていた。オリビアは自分の生まれ年の葡萄酒が貴重なのを知っている。照れ隠しに軽口を叩いたであろう彼に合わせ、笑い顔で憎まれ口を返した。
「もう! そういうことを言わなければ本当に粋なのに。そういうところよ、ジョージ」
「手厳しいですねえ。大人になったんだからもっと包容力を見せてくださいよ」
「ああいえばこういうんだから……」
「お待たせいたしました。グラスをお持ちしました」
オリビアがため息をついたタイミングで、グラスを三つ持ったリタが戻ってきた。
「ありがとう、リタ」
「お、いいねえ。イケそうイケそう」
ジョージがポケットから栓抜きを取り出し、慣れた手つきでコルクを抜いた。内側についた葡萄酒の香りを確認して頷く。
次にリタの持っているグラスを一つ受け取ってから静かに葡萄酒を注いだ。そして、それをオリビアに差し出した。
「さ、どうぞ」
「ありがとう」
ジョージが残り二つのグラスにもワインを注ぎ、その一つをリタに渡した。彼は自分の持っているグラスを軽く上げる。
「改めてお嬢様、成人おめでとうございます」
「オリビア様、おめでとうございます」
「ありがとう」
オリビアはグラスに口をつけ、濃い赤紫色の葡萄酒を含んだ。葡萄の渋みが口に広がり、飲み込むときに喉が熱くなるのを感じた。鼻から息を吐くと、普段食べている葡萄によく似た香りが通り抜ける。
「どうっすか?」
「なんだか喉の奥にグッとくるけど、フルーティで……嫌いじゃない」
自分の顔を覗き込んでいるリタとジョージにそう返事をすると、ふたりからは笑顔が返ってきた。そのままオリビアはふたりと一緒に葡萄酒を飲んで楽しく過ごした。
その後、他の使用人たちも酒を飲んでいるオリビアに次々とお酌をして、オリビアはどんどん酒を飲み続けた。気がつくと、数時間経過しており、新年を迎えようという時刻になっていた。
「オリビア様、そろそろ花火の時間ですね」
「あら、もうそんな時間? あはは! 楽しい時間はあっというまね! ああ楽しい〜」
「うわ、酔ってますね。お嬢様」
オリビアは笑い続けながら、ふらつく足元を護衛に支えてもらい、庭に出て空を眺めた。
ドーン、ドーン! という音と共に、冬の夜空には大輪の花が咲く。
「新年、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございま〜す」
家族同然の信頼できる従者ふたりと一緒に、オリビアは今までにないくらい心地よい気分で新年を迎えた。
「リタ、ジョージ、今年もよろしくね!」
「はい。今年もよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします〜」
そう言ってあらためて乾杯しようと緩みきった顔をさらに緩ませていたはずのオリビアは、眉を寄せじっとりと自分の持つグラスを見ていた。中身が空になっているのだ。
「あらあ、お酒がないわ……。ジョージ、おかわり!」
「お、オリビア様……、そろそろお控えになってはいかがでしょうか? だいぶ飲まれていますし……」
酒を求めるオリビアに、リタが心配そうに声をかける。が、オリビアは聞き分けることなく空のグラスをブンブンと振って駄々をこねた。
「今日は無礼講なのよ! 飲んで飲んで飲みましょうよ! 酒よ、酒を持ってきてちょうだい!」
「なんかめんどくさくなってきましたねえ……。これでもどうぞ」
ジョージがため息をついて、近くのテーブルにあった葡萄酒のボトルを手に取り、オリビアの持つグラスとそれを交換した。
要求が満たされ満足したオリビアは再び顔を綻ばせ、飲み口に口をつけた。
正面でリタが手で口を抑え青ざめているが、オリビアは気に留めることなく葡萄酒を流し込む。
「ありがとう。無礼講ついでに、このまま飲んじゃいましょ」
「オリビア様! おやめください!」
「ははっ。すっげー酒乱」
こうして夜は更けていった——。
「うぅ……。頭が痛い……」
まるで頭が割れるような頭痛と、腹の底から込み上げるような吐き気を伴い、オリビアは目を覚ました。
起き上がることができないが、見覚えのある天井が見える。どうやら自室のベッドに寝ているようだ。
「オリビア様! さあ、これを飲んでください。水です」
「リタ……」
リタが駆け寄り、オリビアの体を起こし、水の入ったグラスを口に近づけてきた。オリビアはそれに手を添え、ゆっくりと飲み込んだ。
「もうお昼です。心配しましたよ」
「リタ……私は一体……?」
「覚えていらっしゃらないのですか……」
リタの眉を下げ唇を結びまるで憐れむような視線を受けながら、オリビアは昨夜の自分の行動を事細かに聞いた。そのせいだけではないがさらに頭痛がひどくなった。
「ジョージは?」
「先ほど来ましたがオリビア様はまだお休みでしたので出直すと言っておりました」
「そう……」
さらにリタにすすめられるまま水を飲み一息ついていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
リタがドアを開けると、そこにはジョージが立っている。
昨日覚えている限りの記憶では、彼もずいぶん酒を飲んでいた気がするが、いつもと変わらずの様子だった。オリビアにとってはそれがなんとも憎たらしかった。
「お嬢様、二日酔いの洗礼ですねえ。大丈夫ですか?」
「全っ然大丈夫なんかじゃないわ……。あなた何でそんなに平気なのよ」
「まあ、慣れっすね」
そう言ってジョージはヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべていた。オリビアは反撃の言葉を出せないまま、静かに彼を睨みつける。
そんなふたりを見て呆れたのか、リタが大きく息を吐いた。
「私は旦那様や奥様にオリビア様が目を覚ましたと伝えて参ります。ジョージ、オリビア様をみていろ」
「へいへい」
リタが部屋を出たあと、オリビアはなかなから抜けない全身の倦怠感に嫌気がさし、水を飲みながら愚痴を漏らしていた。
「もうお昼なのよ、最悪だわ。今年も楽しみにしてたのに……「マッチョだらけの棒倒し」を……」
「ああ、みんな張り切って練習してましたよ。かわいそうになあ。お嬢様に見てもらおうとがんばってたのに」
「そんなふうに言わないでよ、私だってこんなことになると思わなかったわよ」
一昨年から始まった新年の余興「マッチョだらけの棒倒し」とは、二つのグループにわかれたクリスタル家の護衛たちが互いのチームの棒を倒そうと競う競技だ。
オリビアにとっては垂涎もののイベントだった。勝ったチームには金一封が贈られるため、参加者の本気度も高い。
「まあまあ、そう思って俺も何とかしようとここに来たわけですよ」
「どういうこと? 治せるの?」
オリビアは思わず首を傾げる。その拍子に脳が大きく揺れ、目が回るような感覚に陥った。これが治るとは到底信じられない。
しかし、ジョージは得意げに口角を上げ、ジャケットの懐からボトルを出した。それは昨夜さんざん見た、葡萄酒だった。
「お嬢様、迎え酒って知ってます?」
「迎え酒?」
それから、オリビアはすすめられるまま葡萄酒を飲み、頭痛や吐き気が和らいだ。むしろだんだんと気分が良くなった。そして「マッチョだらけの棒倒し」にも間に合い、楽しい一日を過ごすことができた。
その代償の大きさに気づいたのは、翌日だった。
「うぅ……。頭が痛い……」
「オリビア様……アイツの言うことなんか聞くからですよ……」
憐れむような、呆れるようなリタの声を聞きながら、オリビアはもう二度と酒は飲むまいと心に誓った。
「クソ……ジョージ……」
終わり
年末年始の番外編、いかがでしたか?
引き続き本編もよろしくお願いします!
良いお年をお迎えください😊
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