第11話 狡猾な王子と無骨な騎士
大変なことが起きた自覚はあった。
なぜ、自分は飲み物を取りに行ってしまったのか。
相手が誰とも確認せず会話してしまったのか。
オリビアが後悔した時にはもう遅かった。
爽やかかつ輝く笑顔を自分に向ける王子様を前に、オリビアは中途半端に取り繕った笑顔を貼り付けて小さな抵抗をしてみせる。
「え! ええと、田舎出身でダンスの心得もありませんので、ご迷惑をお掛けしてしまいますから……」
「僕がリードするから大丈夫。それとも僕とは踊りたくないってことかな?」
「いいえ! そのようなことは……」
「じゃあ決まりだね」
オリビアは観念し、自分の片手を差し出されたレオンの手に重ねる。
彼に連れられ、磨き上げられた乳白色の床の上を進んで広間の中心で立ち止まる。
会場中の視線は二人を追い、ダンスが始まる瞬間を息を呑んで待っているのを痛いほどに感じていた。
「あれ、オリビア嬢。ダンス上手だね」
「あ、ありがとうございます。殿下のリードがお上手だからですわ」
「レオンね」
「失礼いたしました、レオン殿下」
煌びやかな照明の下、二人のダンスは王族だからということだけではなく、両者のその美しさにも注目が集まっていた。
オリビアは自分のへの視線はレオンのオマケだと思っていた。お互いに金髪と銀髪を輝かせ軽やかにステップを踏む。
オリビアの動きに合わせて、リアムに贈られた髪飾りが揺れる。家名に合わせクリスタルでできている髪飾りは場内の照明を反射し、レオンの胸元に輝くダイヤモンドの飾りに負けじとも劣らない輝きを放っている。
ダンスが終わると、大きな拍手が会場中に響き渡った。
「付き合ってくれてありがとう。オリビア嬢」
「いえ、こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」
「社交辞令感丸出しだね。でも本当に助かったよ。こういう席で誰とも踊らないわけにはいかないけど、まだ婚約もしていないし、立場的に誰とでも踊れるわけじゃないから」
「そうでしたか……。お役に立てて良かったです」
レオンが苦笑いをして首を傾げる。王族で婚約者のいない状況であれば、いろいろ面倒事も多いのだろうと田舎育ちのオリビアにも容易に推測できた。
「踊ってくれたついでにもう少し頼まれてくれないかな? 少し休むふりで一緒に二階席で会場を眺めるだけなんだけど。君もここに踊りにきたわけじゃないだろう?」
「……はい。喜んでお付き合いいたします」
オリビアはレオンとその護衛と共に、二階席へ向かった。
会場中が拍手をしながら彼らを見送っている事に居心地の悪さは感じたものの、人混みから離れられる事にオリビアは安堵していた。
レオンと二階の席のソファに向かい合って腰掛ける。給仕係が二人の前に飲み物を差し出した。
「オリビア嬢、改めて明日からよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お互いグラスを軽く持ち上げ、乾杯しグラスに口をつける。
「君が酒を飲むかわからなかったからジュースにしたけど、良かったかな?」
「はい、私は飲酒はしませんから。レオン殿下はお酒をお召しになるのですか?」
「もう十五歳だからね。
「そうでしたか。私も十五歳になった時、飲んではみたのですが、合わなかったみたいで」
「そう。これ、飲んでみる?」
「いいえ。遠慮いたしますわ」
ジュエリトス王国では成人する十五歳から飲酒などの
レオンは白葡萄の発泡酒を飲んでいた。グラスの中で、小さな気泡が下から上へゆっくりと上がっている。
十五歳の誕生日に、ジョージに乗せられボトルごと酒を飲んで二日酔いを経験した悲惨な思い出がオリビアの頭をよぎり、キッパリと断った。
二階席であまり人目につかなくなったせいか、レオンとも少し肩の力を抜いて話せるようになっていた。
「そう、残念。ところで君は領地で店を経営してると聞いたんだけど本当?」
「はい。私も兄もそれぞれ店を経営しております」
「へえ、かなり人気と聞いたんだけど、どんなお店?」
「え! カ、カフェでございます」
さすがに、どんなカフェか話す勇気はなかった。
「今度行ってみたいなあ」
「はい。クリスタル領は辺境にありますので難しいかもしれませんが、機会がありましたら是非お立ち寄りくださいませ」
どうせ来ないだろうとたかを括り、オリビアは社交辞令の笑顔を浮かべた。しかし、レオンにはお見通しのようだった。彼から先程までとは打って変わって、やや意地悪な笑みを向けられ、一瞬オリビアは身構えた。
「どうせ来るわけないと思っているね。必ず行くから案内してもらうよ?」
「は! はい! かしこまりました……」
自分の考えを見透かされ、恥ずかしくなったオリビアは軽く俯き返事をすると、飲みものを一口飲んでその場を取り繕う。
ふと、顔を上げると二階席の反対側に、見覚えのある赤髪の騎士を見つけた。深い緑色の瞳は真っ直ぐにこちらを見ているのがわかる。
「リアム様……」
「ん? どうしたの? ああ、リアムか。知り合いなの?」
「は、はい」
「ふうん。じゃあ呼んでみようか。ねえ、リアム・アレキサンドライトをここに」
「かしこまりました」
レオンが護衛に指示し、数分後には騎士団の制服に身を包んだリアムが目の前に現れた。彼は到着早々まずレオンに敬礼する。
「レオン殿下、お待たせいたしました。お呼びでしょうか」
「やあリアム。君の小隊、解体になったと聞いたが今日は警備で?」
「はい! 三番小隊の支援で本日は会場内の警備にあたっております」
「そう。彼女と知り合いなんだって? まあ座りなよ」
「はい! 失礼いたします!」
リアムがオリビアとレオンの間のソファに腰掛ける。同じサイズなはずなのに、彼のソファだけ随分と小さく見える。
オリビアがリアムに目を向けると、彼は緊張の面持ちで膝の上で拳を握り、前を見据えていた。
レオンがその様子を見て、グラスを手に持ち酒を一口飲んでから軽く口角を上げる。
「ふたりはどこで知り合ったの? 領地も遠いでしょう?」
レオンの問いに、オリビアはリアムと顔を見合わせる。リアムが小さく頷き、オリビアも頷き返す。
「はい! オリビア嬢とは彼女の兄、エリオット・クリスタルと友人関係にあり、数年前に知り合いました」
「そう。あとは?」
「はい! 先日、我が部隊が襲撃された際に、彼女の領地で数日療養させて貰いました」
「うんうん。それだけ? 僕が彼女と仲良くなっても問題ないかな?」
首を傾げにっこりと微笑むレオン。突然の発言に、驚いたオリビアが思わず口を挟む。
「レオン殿下! それはどういうことでしょうか?」
「そのままの意味だよ。ほら僕、婚約者もいないし、君のような人なら楽しく過ごせるかもって思って。どうかな?」
「お、お待ちください! レオン殿下!」
「リアム? どうした?」
手の拳をさらに硬く握り締め、リアムが声を張る。一瞬、近くで休んでいた来賓たちの視線が集まり、彼は大きな体をできる限り小さく丸めた。眉を軽く上げ、驚いたような表情を見せるレオンの問いに、今度はできる限りの小声で話し始める。
「オリビア嬢は、私が婚約を申し込んでおりまして、良い返事もいただいております」
「え、そうなの? オリビア嬢」
「はい……。リアム様の仰る通りでございます」
「なので、後日陛下には書簡をお送りし受理されましたら、学院の長期休暇中に開かれる王宮の夜会でお披露目をさせていただく予定でございます」
オリビアはリアムと同じように頬を染め、緊張の面持ちでレオンを見つめていた。彼は肩をすくめ、僅かに眉を下げて寂しそうな笑顔を作る。
「なあんだ、残念。まあいいさ、それじゃあ同じクラスの友人として仲良くするならいいかな? 僕も経営に興味があるんだ。ぜひ話を聞きたくてね」
「それは是非! レオン殿下、どうかオリビア嬢をよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、明日からよろしくね。オリビア嬢」
「はい! どうかよろしくお願いいたします。レオン殿下」
「それじゃあ、僕は少し挨拶回りに行ってくるよ。リアムはここで少し彼女の話し相手になってあげてね。命令だよ」
「かしこまりました! ありがとうございます!」
レオンは立ち上がると護衛を連れて二階席の反対側へ歩いていった。
彼の姿が小さくなってから、リアムが大きく息を吐く。相当緊張していたようで、額には汗が浮いている。
「お疲れ様です。リアム様」
「いや……ムキになって、恥ずかしいところを見せてしまったね」
「いいえ、婚約の件、お話ししていただいて助かりました」
「あのまま誤魔化すと、彼の場合は本当に君を婚約者にしかねないから、正直必死だったよ」
「殿下とは普段から交流があるのですか?」
「まあ、私の姉が彼の兄、アイザック殿下と婚約しているからね」
「なるほど……。あ、あの、髪飾り、ありがとうございました。すごく素敵で、気に入りましたわ」
オリビアは髪飾りの礼に軽く頭下げる。そういえば、場内ではリアムを探す余裕がないまま、レオンとのダンスが始まってしまっていた。
一体いつから自分の存在に気づいていたのだろう。
壁際で一人でいる貴族の娘としては恥ずかしいシーンも見られてしまっていたかが気になった。
「ああ、気に入ってもらえて良かった。そのドレスにも似合っているし、ダンス中も照明を反射して君がより美しく見えた」
「え! ダンスから見ていらっしゃったのですか?」
「ああ、もっと前……会場入りした時から見ていた。生憎二階席の警備だったから声はかけられなかったんだが……。ダンスが上手で驚いたよ」
「一応、練習しましたから」
「でも、本当は私が最初に君と踊りたかった」
「リ、リアム様……」
リアムの表情が寂しげに曇る。
王への書簡も送っていない状況では婚約も発表できず仕方ないとはいえ、オリビアにとっても彼にそう思わせてしまったことが残念であり、申し訳なく思った。
オリビアが申し訳なさそうにリアムの顔を覗き込むと、彼は首を横に振った。
「くだらない嫉妬だ。気にしないでくれ。それより、週末の休みに私の家へ来てくれないか? 父に挨拶して陛下に書簡を送って貰うよう手配したいんだ」
「え! リアム様の、アレキサンドライト領へですか?」
「そうだ。どうやら君は放っておくと危ないし、ジョージもあの調子だしな」
リアムが一回の広場に視線を移す。いまだにジョージは複数の女生徒たちに囲まれていた。よく見ると来賓の女性陣も数名混ざっている。
「そ、そんな、今回はたまたま殿下が経営に興味があったからお声がかかっただけですわ」
「自分のことをわかっていないんだね。婚約者という
「私が……ですか?」
「ああ。だから心配なんだ。一緒に学院には通えないし、せめて婚約を発表して周りを
オリビアは馬車の中でのジョージの言葉を思い出した。途端に首から上が真っ赤に染まる。
「あ、それでは、次の週末は……リアム様のお屋敷にお伺いいたします」
オリビアなりに勇気を出した言葉だった。
緊張に震え、その声は少し上擦った。リアムの方を横目でこっそり見てみると、彼の頬は上気しており、喉が渇いたのかごくりと喉を鳴らしていた。
それから、深呼吸をしている。まるで緊張しているようだとオリビアは思った。
すると、突然オリビアの手の甲に温かい何かが重なった。
「オリビア嬢、あまり挑発しないで。あなたの事となると自分を抑える自信がないから」
「リ、リアム様……」
重なったのはリアムの手だった。さらに彼は指を絡ませてきた。そして、僅かに眉を下げ困ったように笑って見せた。
オリビアは顔だけではなく、触れ合っている手も熱くなるのを感じ、胸の鼓動がさらに早まるのを感じた。ダンスの際、レオンの手をとるときも緊張はしたが、顔や触れ合った箇所が熱くなるような感覚はなかった。
オリビアにとってその感覚は、リアムだけがもたらすものだった。
「オリビア嬢、週末は我が領でお待ちしています」
「はい。よろしくお願いいたします……」
リアムの深い緑の瞳が、真っ直ぐにオリビアを見つめる。酒は一切飲んでいないはずなのに、オリビアはさらに顔が熱を持ち、呼吸が苦しくなるくらいに鼓動が早まるのを感じた。
>>続く
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