第10話 貴族学院入学

「次は新入生代表による挨拶です。新入生代表、レオン・ダイヤモンド=ジュエリトス」


「はい!」


 新入生の席から、名前を呼ばれた生徒が立ち上がり、壇上へと向かって歩いている。生徒たちも保護者たちも、来賓や教職員たちもその姿に釘付けだ。


 それもそのはず、新入生代表のレオン・ダイヤモンド=ジュエリトスはジュエリトス王国の第三王子だった。


 家名のダイヤモンドはジュエリトスでは王族だけが名乗れる名だ。


 王族に金髪は多いが、とりわけ彼の金髪は明るく美しく、照明に照らされキラキラと輝きを放っていた。さらに金髪には珍しい紫色の瞳は神々しさすら感じさせる。


 白い肌に端正な顔立ち、線の細い体躯は、この国ではまさに理想の王子様と呼ぶにふさわしい。


「いやあ、リタが見たら鼻血吹くんじゃないすか? あの王子様」


「殿下よ。気をつけなさい、あなたも貴族としてここに立っているんだから。まあ、確かにリタが見たら失神しそうな容姿だけど」


 オリビアが王都へ引っ越してから一週間が経過し、ついに今日は貴族学院の入学式だ。


 侍女のリタは留守番だが、ジョージは同級生としてオリビアの隣に並んでいる。壇上ではレオンが新入生代表の挨拶を終え、会場中が拍手喝采に包まれていた。オリビアとジョージも周りに合わせて拍手をして彼が壇上から自席へ戻るのを眺めていた。


「今、お嬢様のこと見てませんでした? あの王子様」


「バカジョージ。殿下だって言ってるでしょう。面識もないし私なんて見てないわよきっと」


「あなたは自分を知らなさすぎますね」


「何? それどういう意味?」


「わかんないならいいです。めんどい」


「はあ?」


 ジョージは軽くため息をついて、不満げに顔を歪めるオリビアを無視し、遠くを見つめる。田舎暮らしで色恋や美醜に疎いオリビアは、自分の美しさをいまいちよくわかっていなかった。


「ジョージは私の扱いが雑なんだから! そんなんじゃ学院では女の子にモテないわよ」


「ご心配なく。他の女の子はもっと丁寧に扱いますから」


「感じ悪いわね! まあいいわ。基本貴族しかいないんだから、ハメははずさないようにね」


「へいへい」


 生返事をしながら、ジョージは遠くの女子生徒と目を合わせ、にっこりと微笑んでいた。相手の女子生徒の顔が赤い。オリビアは先が思いやられると呆れ返っていた。


◇◆◇◆


「オリビア様。入学式、お疲れ様でした」


 入学式を終え寮の自室へ戻ると、リタがお茶の支度をして控えていた。入学式を終えたオリビアを労う。


「ありがとう。リタも疲れたでしょう? パーティーの支度が終わったら休んでいてね」


「ありがとうございます。それでは一息つきましたら準備を始めましょう。あと、先ほどリアム様よりお手紙と贈り物が届いております」


 リタはオリビアに手紙と手のひらに収まる程度の小箱を差し出した。オリビアはソファに座り、お茶を一口飲んでまずは手紙を開封する。


『オリビア嬢、入学おめでとう。よければパーティーで使ってください。王都で会えるのを楽しみにしています。リアム・アレキサンドライト』


 相変わらず簡素な内容の手紙。しかし、丁寧で美しい字からリアムの誠実さや不器用さが伝わり、オリビアから自然と笑顔が溢れた。次に小箱の赤いリボンを解き、中身を確かめる。


「まあ、綺麗」


「素敵ですね。今日の薄紫のドレスにも似合いますよ」


 箱の中には、花のモチーフの髪飾りが入っていた。透明度の高い水晶でできたそれは、室内の照明を反射しカットされた面が七色に輝いていた。オリビアはリアムから贈られた髪飾りを眺めながら、貴族だらけの憂鬱ゆううつなパーティーが少しだけ楽しみになった。


「いってらっしゃいませ。オリビア様」


 寮の前でリタに見送られ、オリビアは迎えに来ていたジョージと馬車に乗り込んだ。

 パーティーの会場は学院の隣にあり、新入生と保護者、来賓たちが参加する大規模なものとなっている。

 まだリアムと正式に婚約していないオリビアは、ジョージをパートナーにしてなるべく目立たないようやり過ごす算段だった。


 馬車の中でオリビアの正面に座ったジョージが眉を上げた。編み込まれた彼女の髪の毛のサイドに、見慣れない髪飾りが輝いているのを見つけたようだ。


「あれ、そんな髪飾り持ってました?」


「これは……リアム様にいただいたの」


「へえ。やっぱあの騎士様、ムッツリなんですね」


「アレキサンドライト卿よ! ムッツリって、どういうこと?」


「ドレスとかアクセサリーとか、身につけるものを贈るって「あなたは自分のもの」っていう独占欲の現れですからね。もちろん髪飾りも。しかもパーティーの日に」


「え、そ、それって……」


「髪飾りですし、さしずめ「あなたの髪にキスしたい」とかですかね?」


「え! キ、キス!」


 首から上を真っ赤にして何やら考え込んでいるオリビアを見ながら、ジョージがニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべていた。彼女やリタをからかって遊ぶのは、ジョージのライフワークのようなものなのだろう。


「まあ、好かれてるってことですよ。良かったですね。マッチョの婚約者ができて」


「からかわないでよ!」


「そういえば、会場の警備は騎士団の管轄ですから、もしかしたら来ているかもしれないっすね。お嬢様の騎士様が」


「わ、私のではないわ! っていうか、騎士様はやめなさい」


「へいへい」


(もしかしたら、リアム様に会えるかもしれないのね)


 オリビアは窓の外を眺め、騎士団員が数名いるのを確認し、リアムの姿を探していた。




「オリビア・クリスタル様、ジョージ・ヘマタイト様。ようこそおいでくださいました」


 馬車はすぐに会場に到着し、オリビアとジョージは会場の入り口で受付の従者に招待状を渡した。結局リアムの姿の確認はできなかったが、もし場内で見かけたら、髪飾りのお礼を言おうという心づもりでいた。


「さあ、ジョージ。目標は目立たず、平和にやり過ごすよ! 行きましょう」


「ナンパしたかったけど、仕方がないですね。わかりましたよ」


 軽く肩を落とすジョージを睨みつけ、オリビアは彼に並んで会場へと歩みを進めていった。


「こりゃあ豪華ですねえ。さすが貴族学院」


「確かに、絢爛豪華けんらんごうかとはこのことね。さすが貴族のお見合い会場だわ」


 会場入りした二人は給仕係から飲み物を受け取り、壁際の目立たない場所から広間全体を眺めていた。豪華な照明や調度品、一流レストラン顔負けの料理、派手に着飾った招待客たちが広間全体を賑やかし、それらはぶつかり合うことなく調和している。社交界デビュー前のオリビアにはいささか眩しすぎた。


「お嬢様、どうします? 踊ります?」


「やめておくわ。これだけ人がいるならここで時間が過ぎるのを待っても問題ないでしょう」


「そうっすね。じゃあ俺、ナンパしてきますね」


「はあ? 何言ってるの?」


「いや、なんか会場内も騎士団員がちらほらいるんで安心でしょ。せっかくだから可愛い女の子と遊びたいじゃないですか。仲良くなっておけば学院内も動きやすいでしょうし」


「仕方ないわね。男爵家、子爵家以外は自分から誘わないこと。伯爵家以上からの誘いは断らないこと。わかった?」


「へいへい。じゃあ行ってきます」


 ジョージは軽く手を振り、会場の中心へと消えていった。オリビアは空になったグラスを見つめ、ため息をつく。


「本当、女好きなんだから。飲み物でももらって来よう……」


 オリビアはからのグラスを持ち、会場の中心を避けながら、給仕係の元へ向かった。空のグラスを差し出し、飲み物の入ったグラスを受け取る。

 ふと、中心へ視線を移すと、女性が何人か群がっているのが目についた。その中心にはジョージが立っている。


「貴族のお嬢様にまで需要があるとは……さすが女好きね」


「彼は君の恋人?」


「いいえ。彼は私の護衛を務めている者です……!」


 うっかり心の声が漏れていたかと、隣から聞こえた誰かからの質問に答えながら、オリビアは自分の隣の誰かに顔を向ける。


 その誰かの正体に気づいて目を見開き、顔から血の気が引いた。


「やあ。オリビア・クリスタル伯爵令嬢だね?」


「は、はい……。レオン・ダイヤモンド=ジュエリトス殿下……」


 明るく輝く金髪、神々しい濃い紫色の瞳、陶器のように滑らかな白い肌、男女問わずとりこにできそうな美しい顔立ち。


 オリビアに声をかけた誰かは、ジュエリトス王国第三王子、レオン・ダイヤモンド=ジュエリトスだった。


 シルバーのタキシードを着た彼はにっこりと微笑み、オリビアを見つめていた。


 まだ周りの数名しか気づいていないが、確実に視線がオリビアとレオンに集中しているのを感じた。厄介なことになったと首を垂れながら、オリビアは器用にため息をついた。


「堅苦しいのはいいから、顔を上げて。まだ発表前だけど明日からはクラスメイトだし、気軽にレオンと呼んでよ」


「め、滅相めっそうもございません!」


「僕がいいって言ってるのに? 嫌だってこと?」


「それでは、レオン殿下……」


「殿下もいらないんだけど。まあ、今はいいよ」


 オリビアは会話の最中もどんどん自分達に視線が集まるのを感じながら、早くこの場を去りたいと心からそう思っていた。

 さっさと挨拶をして、一旦人目につかないところへ消えよう。顔を上げ、挨拶をして会釈をする準備をする。


「ありがとうございます。それでは私はこれで……」


「そうだ、オリビア嬢」


「はい?」


 挨拶をして一歩後ろに下がろうとしたとき、レオンはオリビアを引き留め、片手を差し出し会釈をした。会場全体が二人を注目しているのを感じ、オリビアの顔がさらに青ざめる。


「僕と一曲踊っていただけませんか?」




>>続く


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