第12話 Aクラス
入学式とパーティーの翌日、オリビアは半分目を閉じたままリタに身支度をしてもらい、なんとか寮の入り口を出た。
煌びやかなドレスとは違い簡素な作りの制服は身軽で気に入っている。パーティーで疲れてはいるが、その足取りが重くならずにすんだ。
女子寮の門の前では、護衛のジョージが待っていた。周りには女子生徒が数名彼を囲んでいて近づきにくいので、その集団を素通りして敷地内の校舎へと向かおうと颯爽と歩みを進める。
「お嬢様! ちょっと待って!」
「おはよう、ジョージ・ヘマタイトさん。校舎は敷地内なので護衛は結構よ」
人をかき分け、慌てた様子でジョージが後を追い背後から声を掛けてきたが、オリビアは視線も合わせず歩みを止めなかった。
昨日彼が護衛の仕事を放棄したため、王子とダンスすることになってしまったと若干恨む気持ちがあったからだ。
「お嬢様、何むくれてるんですか?」
「……別に」
追いついたジョージが一生懸命早足で校舎へ向かうオリビアに並び、同じ速度で歩いた。残念ながら足の長さが違うため、少し息が上がっているオリビアとは対照的に余裕がありそうだ。
そして、彼はオリビアの表情から考えていることを察した様子で「ああ、なるほど」と言って、いつも人をからかう時に見せる意地悪な笑みを浮かべていた。
「昨日、王子様と踊るハメになって拗ねてるんですね」
「殿下だってば。ああいう時は護衛として仕事してくれなくては困るのよ」
オリビアは頬を軽く膨らませる。
「いやいや、お嬢様が断れない相手に、俺が横槍入れるなんてできるわけないでしょう。それに身の危険ではないんですから俺の仕事の範囲外ですよ」
「身の危険よ! あんなに目立って今日からどう生きていけばいいのよ」
オリビアが口を尖らせながらジョージに言葉を投げつけていると、学院の校舎前に到着していた。
大きな掲示板が入り口の横にあり、生徒たちが群がっていて障壁となっている。オリビアの身長では名簿を見ることがないため、ジョージが一歩後ろに下がり掲示板の名簿を確認した。
「お、クラス分けですね。お嬢様と俺は……Aクラスだそうですよ。あ、王子様もですね」
「はあ……最悪。本当だったのね。さあ、早く行ってなるべく目立たない場所を選びましょう」
ニヤニヤと不快な薄ら笑いを浮かべるジョージを引き連れ、オリビアは校舎の中へ入っていった。
教室に入った途端、すでに登校していたクラスメイトたちの刺すような視線がオリビアを襲った。
ほとんどの生徒が昨日のオリビアとレオンのダンスを見ていたのだろう。なるべく身を小さくしてジョージの影に隠れてみるが、その効果は薄いようだった。
「あ、あの方、殿下の……」
「ああ、一緒にダンスしてた……」
何名かの生徒の声に、オリビアは血の気が引いた。ダンスしていたのは事実なので仕方ないが、「殿下の」の続きの言葉次第では、学院での生活に大きく影響する。
目標は目立たず平和に、なのに初日から大失敗だ。
なんとか王子と関わらないよう気を配り、クラスメイトたちに忘れてもらうしかないとオリビアは考えた。
「ジョージ、みんなの死角を探すのよ!」
オリビアが小声でジョージに指示を出すと彼は「へいへい」と面倒そうに教室内を見渡した。そして、教卓の前の席を指差した。
「あそこっすね。みんな教卓付近は避けて後ろに座ってますし、教師からも近すぎて死角になる」
「なるほど。確かにそうね」
オリビアとジョージは教卓の前に並んで着席した。
相変わらず教室内の視線はオリビアに集中していて煩わしくて仕方がなかったが、誰も近づいてくる様子はなかった。
この国の第三王子であるレオンとの関係がわからない以上、周りも下手に絡むことができないようだ。
ひとまず危害を加えられることはなさそうだとオリビアは安堵し、息を吐いた。
隣に着席したジョージは昨日のパーティーで知り合ったであろう女子生徒たちと目配せをして、笑顔で手を振っていた。
女好きもここまで貫けば大したものだ。オリビアは学院を卒業したら王都で女性を対象とした娼館でも開こうかと考えた。スタッフ第一号はこの男だ。
「お嬢様、俺ちょっとあっちの女子たちと交流してきていいっすか?」
ジョージが何の遠慮も悪びれる様子もなく遠くにいる女子生徒のグループし視線を送っていた。一気にオリビアの顔は険しくなる。
「はあ? いいわけないでしょ。今日くらい我慢してくれなければ去勢するわよ」
オリビアは隣を睨みつけ目立たないよう小声で、けれど怒りは伝わるよう低い声でジョージを脅した。
ジョージが「恐い恐い」と肩をすくめ開いていた足を閉じたが、眉と口角が上がっているその表情は主人を小バカにしているようだった。
「行っておいでよ、ヘマタイト君。ここは任せて」
突然、人気のなかったはずの背後から誰かがオリビアの護衛の名を呼んだ。
聞き覚えのある声だった。艶があり堂々としていて、さらには知性も感じさせるような、この教室内できっと一番身分の高い人間の声。
昨日聞いたばかりのその声に、オリビアは口の周りの空気をそっと揺らす程度の小さな声で「終わった……」と呟き、肩を落とした。
「やあ、オリビア嬢。昨日は楽しかったよ」
「レオン殿下……」
オリビアに挨拶しながらレオンは隣の席に座った。彼の美しい金髪が揺れ、かきあげると同時に無敵の王子様スマイルをオリビアに向けた。教室内がざわついている。
「今日からよろしく」
輝く金髪との相乗効果で彼の白い肌も輝き、優しく微笑むその姿からは後光が差しているようだった。
クラスメイトたちは遠くから高名な美術品でも眺めているような、神を崇めるような恍惚の眼差しでレオンを見ていた。中にはため息を漏らすものもいる。
オリビアだけが項垂れ、げんなりとした表情で「よろしくお願いいたします」と呟いた。
午前中、授業など一日の流れや寮のルールなど施設の説明を受けてオリビアは疲れ果てていた。
担任が説明しながらレオンの顔色を伺い、何を勘違いしたのか隣のオリビアにもお伺いを立ててくる。
その様子を見たクラスメイトたちから「やっぱり……」と呟く声も聞こえた。
「ねえ、オリビア嬢。やっぱり……何だろうね?」
同じく聞こえていたレオンが耳打ちをして微笑む。途端に後方の席がざわついたが、オリビアの表情筋がピクリとも動かなくなっていることには気づいていない様子だ。
もう、ただただ耐えて昼休みになったら大急ぎでこの場を去ろう。
そうしたら午後からは施設の案内になるのでこの異常な状況からも逃れられるはずだと椅子を少し後ろへ引き、席を立ちやすいように浅く腰掛けた。
——ジリリリリ!
午前の授業が終わったことを知らせるベルが鳴った。
「それでは、これから昼休みです。各自自由に過ごすように」
担任のジョン・トルマリンは全体に声をかけた後、レオンに小さく頭を下げ教室を出た。忖度丸出しである。
オリビアはそれらを気にとめることなく席を立ち「ジョージ! 行きましょう」と右隣に座る護衛を急かし制服の袖を引っ張った。が、遅かった。
「オリビア嬢、昼食に付き合ってくれないかい?」
オリビアが振り返り、自席の左側を見ると、そこには護衛二人を従えたレオンが立っていた。オリビアの顔が悲壮感に塗れる。
「もちろんヘマタイト君も。気になる女子生徒がいるなら二、三人誘っても構わないよ」
「やった! ありがとうございます!」
ジョージが早速気に入った女子生徒を誘うべく、嬉々とした表情で席を立った。観念したオリビアは社交辞令の笑みを浮かべレオンに軽く頭を下げた。
「レオン殿下、お気遣いいただきありがとうございます」
世界一浅い外堀を埋められ、顔に笑顔を貼り付けながらオリビアは女好きの護衛を呪った。
(ジョージ……去勢確定だわ)
>>続く
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