第27話 最悪のカード

 アレキサンドライト公爵夫妻を見送った後、オリビアは仕事の打ち合わせがあると言って、アレキサンドライト家の人々とは別れた。そして、合流したリタとセオと共にゲストルームに戻っていた。


「さあ、セオとリアム様の再会も、アレキサンドライト家の皆様とのご挨拶も済んだし、本題に入りましょうか」


「私からは、アレキサンドライト家使用人たちの調査報告を」


「どうだった?」


 オリビアはソファに座り、その傍らに立つリタに報告を促す。彼女は小さく一礼しオリビアと離れている時間にわかった情報を整理して話し始めた。


「はい。彼らと昼食をご一緒しましたが、栄養状態は良好です。主人と同じものを口にすることを許されていました。それに、勤務状況もクリスタル家ほどではありませんが、一般的に見て問題はありません。休暇も報酬も充分かと思われます。使用人たちも不満を持つどころか、主人に感謝しています」


「なるほど。さすが筆頭公爵家ね」


「はい。執事頭のアンドレさんの教育も行き届いているのでしょう。敷地内の清掃や庭の手入れなども申し分ありません。また、ここ数年は結婚以外での退職者はいません。勤続も安定しており、最後に入った新人は一年前です」


「わかったわ。リアム様やご家族も良い方達だし、不安要素はなさそうね。安心したわ。ありがとう、リタ」


「いいえ。良い縁談となり、私も安心いたしました。それではお茶をご用意いたします」


「お願いするわ」


 オリビアも「安心」という言葉に、リタが静かに微笑んだ。彼女はそのままお茶を淹れる準備を始める。

 すると、セオが杖をつき立ったまま目を丸くして驚きを隠せないと言った様子で口を開いた。


「お、おふたりは……アレキサンドライト公爵家を調査していたのですか?」


「ああ、セオにとってはリアム様は尊敬する元上司だものね。驚かせて悪かったわ」


「いいえ……。ですが、なぜ調査を?」


「そうね……。まあまずはあなたも座ってちょうだい」


「はい。失礼いたします」


 オリビアはそう言って手で向かいのソファを指し、セオが杖を支えにしながらゆっくりとそこに腰を下ろした。わずかに眉を下げたその表情からは戸惑いが滲んでいるようだった。

 その不安を取り除けるよう、オリビアはゆっくりと、優しい口調で丁寧に説明しはじめた。


「今回、公爵様が用意した書簡が陛下に届いたら、私たちは正式に婚約となるわ。そうそう陛下が許可しないなんてことはないから。もし正式に婚約してから破棄したくても、また婚約時と同じ手順を踏んで、陛下に許可をもらわないといけない。けど解消の場合は、許可されるまで複数の調査や審問があって、最終的に許可がもらえないこともあるわ」


「はあ……」


「リアム様は昔から知っているし、今はさらに素晴らしい方だと思う。けど、貴族の結婚はそれだけではない。家同士の繋がりなの。私は他家に嫁がなくてはいけないけど、その家の状況によっては実家に迷惑がかかるかもしれないの」


「なるほど……」


 なんとなく理解したようなしきれなかったような、セオがあいまいに相槌をつく。オリビアはさらに詳しく説明を始めた。


「例えば使用人。職場の待遇が悪ければ不満が募る。そして退職者が増える。使用人は人手不足か、雇っては辞めての繰り返しで常にたくさんの人間が出入りすることになる。防犯上もよくないわ。屋敷の手入れが行き届かないのも同じような理由よ。仕事を怠るような人間は常に自分が楽な方へと逃げる性質がある。正直信用ができないわ。金に目が眩んで情報漏洩じょうほうろうえいなんて問題も発生するかもしれない」


「情報漏洩……」


「ええ、私にとっては一番致命的だわ。結婚したら、少なくともリアム様には私の秘密を話さなくてはいけないから。もし漏洩したら、クリスタル家や領地にも迷惑がかかってしまうわ」


「そうですか、確かにそれは大変なことになりますね」


 セオがやっと腑に落ちた様子で、ふうと小さく息を吐いた。ちょうどそのタイミングでリタがお茶の用意をしてカップとソーサーのセットを二人の前に置いた。オリビアは「ありがとう」と礼を言ってカップに口をつける。


「それにね、セオ。やっぱり貴族って外ヅラがいいのよ。だから彼らが良い人だって裏付けが欲しかったの。従業員の待遇や表情が一番わかりやすのよね」


 オリビアはニヤリとイタズラな笑みを浮かべセオと視線を合わせた。彼は肩をすくめ、眉と今度は目尻も一緒に下げた。


「さすがはオリビア様。納得しました。平民出身の私にはまだまだ難しい世界ですが、オリビア様やクリスタル領のことは誰にでも知られていいことではありません。地位や権力のある人間相手ならなおさらです」


「その通りよ。わかってくれてよかった。セオもすっかりクリスタルの従者ね」


ではありません。です」


 セオが上半身を軽く屈んで向かいに座るオリビアと同じ高さに顔を合わせて言った。彼の言葉に嬉しくなったオリビアは口角を上げる。


「そうだったわね。さあ私の従者のセオ、あなたからは何か報告があるかしら?」


 オリビアは首を軽く傾げてセオに問いかけた。すると、柔和な笑顔を浮かべていた彼の目つきは鋭くなり、口元や眉は引き締まった。それは報告内容の深刻さを物語っている。オリビアは背筋を伸ばし、セオを見据えた。


「先日ペリドット領での演習後、私たち騎士団が何者かに襲撃された事件についてです。当時、私やジャック、隊長の武器などから採取した血液やローブの一部と思われる布の切れ端ですが、解析魔法により布の産地がわかりました」


「そう……。それで? どこだった?」


クリスタル領でリアムと想定外の再会をしたあの日。オリビアのしたことは明らかに何者かの襲撃を受け、避難してきた彼らのことを治療させるだけでなかった。犯人についての情報を得るため手がかりになりそうなものを回収し、解析魔法を使えるクリスタル家の従者に託していたのだ。


 そして、その結果を伝えるべくオリビアの忠実なしもべはやってきた。かつての上司に会いにきた健気けなげな元部下として、ごく自然に、誰にも疑われることも違和感を感じさせることもないタイミングで。

 セオは答える前に、すうっと大きく息を吸った。顎のラインで切り揃えられている彼の黒髪がわずかに揺れた。


「産地は……マルズワルト王国で間違いないでしょう。黒色の染料がマルズワルト国内でしか流通していないものでした。さらに生地に使われた毛が、マルズワルトでも希少な、ハイランドシープという動物のものだったそうです。」


「マルズワルト……」


「隣国の……友好国ですよね?」


 セオの報告に、オリビアは目と眉を寄せて呟き、リタが首を傾げた。


「そうよ。表向きはね。けど実際は八十年前に一度戦争になりかけているの」


「え!」


「そんな……」


 リタとセオが目を見開き、その顔に驚きを示している。オリビアは険しい表情で話を続けた。


「これは王族でも陛下や王太子殿下だけ……さらには一部の貴族の後継ぎしか知り得ない情報よ。だから表向きは友好国にもかかわらず、二つの国を行き来できる人間は許可証を持っている上級貴族のみなの。だから、もしローブを着た襲撃者がマルズワルトの人間だったら、大ごとだわ。それに……」


「オリビア様?」


 説明しながら言い淀むオリビア。セオが問いかけると、オリビアはリタに目配せをした。すると彼女は周囲を確認し、小さく頷いた。それを確認し、頷き返して再び話し始める。


「ジュエリトス側に、あちらの味方がいるかもしれないわ」


「そんなことが……」


「あまり公になっていないけど、貴族の中にマルズワルトの貴族家の令嬢と結婚した人が何人かいるの。それに……」


 オリビアは大きく息を吸い、吐いた。複雑な心境だったが、それは表に出さず淡々とその事実を告げる。


「王族にも。現国王陛下第二夫人のレイチェル様は、マルズワルト王国の第三王女なの」


 オリビアは、驚きのあまり手で口元をおさえるリタや、さらに目を見開くセオを視界の片隅に入れながら、遠くを見つめ思案していた。自分が知り得ている情報の多さに混乱していた。そして、従者たちがさらに驚愕きょうがくするであろう言葉を呟いた。


「レイチェル様は……レオン・ダイヤモンド=ジュエリトス殿下の母親よ」


>>続く


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