第8話 心、開いて、通わせて
「ここからは、別行動にしないか?」
リアムは食事を済ませ『バルク』を出たところでオリビアとその従者たちに提案した。
デートの誘いである。
数日中に王都へも戻る前に、もっとオリビアと距離を縮めたいと思っての発言だ。特に、この護衛とは引き離したいという思いも強かった。
「別行動……ですか?」
「ああ。これでも騎士団に所属しているし、魔力も戻っているから護衛の心配はいらない。オリビア嬢、もう少しこの街を案内してくれないか? ふたりきりで」
「ふ、ふたりきり? 私とリアム様で?」
突然の申し出に、オリビアがリタとジョージに視線を送っていた。が、ジョージはそっぽを向きリタは微笑んで頷き、リアムの申し出に賛成しているようだった。
「それでは、私は『ラ・パセス』に行きますので、後ほど。アレキサンドライト公、オリビア様をよろしくお願いいたします」
リタが深々と頭を下げた後、執事カフェ『ラ・パセス』へと向かい歩いていった。
「じゃあ、俺も適当に時間潰しておきます。はーい! 今、暇な子いるかなー? デートしよ!」
ジョージが手を上げ、広場に向かって声をかけると、道ゆく女性たちが一気に彼を囲んだ。これにはリアムも一瞬自分の過去が蘇り圧倒された。
「ジョージ様! 私と遊びましょう」
「ジョージ! うちの店でイイ事しましょ」
「ジョージ! 私の部屋に来ない?」
「「ジョージ!」」
あっという間に、ジョージの姿は見えなくなった。
オリビア
見た目もよく、女性たちにマメなのも人気の秘訣だ。「領内のフリーの子はみんな俺の恋人」と豪語しているらしい。
「さあ、私たちも行こうか」
「は、はい……」
リアムはオリビアと並んで、リタやジョージが消えていった方角とは反対の方向に歩き始めた。
ふたりきりになったことを改めて意識し、緊張であまり言葉が出てこないが、なんとか彼女と打ち解けなければと街並みに視線を送る。
そうして雑貨屋を二軒ほど見て回ったところで、リアムはある屋台を見つけ、足を止めた。
「オリビア嬢、あれは飲みもの……なのか? 何かが沈んでいるようだが……」
「あ、あれは『タピオカドリンク』という飲み物ですわ。沈んでいるのがタピオカといって芋の仲間が原料の弾力のある食べ物です。全体的にデザートの代替え品として人気ですわ」
「飲んでみたいんだが……デザートはもういらないかな?」
「いいえ。いただきましょう」
リアムは屋台でタピオカドリンクを購入し、オリビアと噴水の見えるベンチに腰掛ける。そして、先ほどから気がかりだったことを彼女に問いかけた。
「ふたりきりになってから、あまり元気がないな」
「え? いえ、そのようなことはないのですが……」
オリビアの返事はあまり歯切れの良いものではなかった。眉を下げ心なしか困ったような表情に、リアムは焦り話の核心に自ら触れる。
「……君は、ジョージ・ヘマタイトのことが好きなのか?」
「はいっ? 何をおっしゃっているのですか?」
「いや、彼が女性たちと消えてから、急に口数が減ったし、彼が兄なのは嫌だと言っていたから。それに昔、君は「ジョージのような逞しい男が好みだ」と言っていただろう?」
リアムは寂しげに眉を下げ噴水を眺めていた。自分から聞いたことなのにオリビアの答えが表情に出ていたらと思うと、彼女を直視できない。
オリビアが驚いたように目を見開いて自分の横顔を見ているのを感じながら、それでもリアムは彼女と目を合わせられない。
少し間を置いてから、オリビアが話し始めた。リアムは緊張で喉が乾くのを感じた。
「……確かに、言いましたね。当時もお話ししたかと思いますが、まだ恋というものがよくわかっていませんでしたから。田舎なので貴族同士の交流も少なかったですし。単に周りにいた男の子がジョージだけだったから名前が出ただけのことですわ」
リアムは少しほっとして気が緩んだが、まだ気になることがあった。続けて質問する。
「そ、そうか……。では、兄なのは嫌というのは……」
「さっきの、見ましたでしょう? これも先ほどお話ししましたが彼は「領内のフリーの子はみんな俺の恋人」と言っているくらいお調子者なんです。だから私とリタくらいはつけ上らないよう厳しくしていますの」
「なんだ、てっきり私は君の片思いか、実は密かに想いあっているのかと……」
「いいえ! とんでもない! あり得ないですわ」
「それに、私とのことも『バルク』の店員には伏せていただろう?」
リアムは視線を噴水からオリビアへ移した。緊張は解け、深い緑色の瞳でオリビアの顔を真正面から見つめた。薄紫の瞳は潤み、頬は薄桃色に染まり、耳が赤くなっていた。そして、今度は彼女が噴水を眺めた。
「ジョージにはああ言いましが、本当は彼を兄のように思っています。私……九歳の頃、誘拐されそうになったんです。その時、偶然居合わせて助けてくれたのが十一歳のジョージでした。当時はまだ自分が男爵家の子とも知らず、孤児でしたから、我が家で雇って私の護衛になりました。それからはずっと一緒だったので、異性ではなく、エリオット兄様と同じように彼を大切に思っています」
「そうだったのか……」
「そ、それから……」
オリビアが正面にある噴水を見つめながら話している姿を、リアムはずっと目を細め彼女に優しい視線を送り続けていた。すると、オリビアがリアムの方へゆっくりと顔を向けた。
「アーノルドに婚約のことを伏せていたのは……。まだ正式な婚約ではなかったので、慎重に対応しただけですわ。変な店を経営している訳のわからない女だと、婚約破棄されるかもしれないと思いましたし」
「なんだ。そういうことだったのか。それを聞いて安心した。確かにこの国では見たことがない変わった店だったが、私は気に入ったし楽しいと思ったよ」
「よかった……。変態趣味の痴女だと思われていたらどうしようかと……あ!」
目を見開いてハッとした表情のオリビアが、顔を赤らめ言葉につまっていた。そして、タピオカドリンクを勢いよく飲み込んでいる。
リアムはその様子を見て、やっとこれまでの彼女の行動や仕草の意味を理解できた。思わず顔の筋肉が緩む。
「ちなみに、あの店は君の趣味なのか? オリビア嬢」
「え! ええと、その、まあ、それは……」
「逞しい男が好みなのは本当だった?」
「……はい」
オリビアが顔だけではなく耳や首まで真っ赤にして頷いた。それを見たリアムは、心の奥から湧き上がる感情を抑えることができず彼女に一歩近づいた。
「オリビア嬢! 君は美しくて聡明で優しくて、それでいて、何て可愛らしいんだ!」
「リ、リアム様?」
リアムはオリビアがタピオカドリンクを持っている両手を、自分の手でギュッと包み込んだ。目を細め、口元から白い歯を覗かせ、華やかな笑顔をオリビアに向ける。
「期待してもいい? オリビア嬢にとって私との婚約は貴族の義務だけではないと」
「は、はい。一緒にいてこんなに緊張したり、胸が苦しくなって言葉もうまく出なくなったり、なのに目が離せない男性は……リアム様だけですわ」
「ああ、これが屋敷の中ならきっと君を抱きしめているよ、きっと」
「そ、それはちょっとまだ心の準備が……」
「ゆっくりでいい。慣れていってくれれば。王都に行ったらまたこんな風にデートしよう」
「はい」
真っ赤な顔でオリビアに見上げられ、リアムはその愛らしさに
包み込んだ手は逃れようとはせず自分の両手の中に収まっていて、脈拍は少し早めに感じる。
それは、オリビアの言葉に偽りがないことを意味していて、リアムの心は随分と弾んでいた。
>>続く
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回から王都が舞台となります!
ぜひぜひ、応援よろしくお願いします!
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