第4話 チーム・オリビアの栄光


「ねえ、今少し時間ある? オリビア様の用事なんだけど……」


「は、はい! どういったご用件でしょうか?」


 リタはすぐに廊下をを歩く二人の護衛を見つけ、声を掛けた。護衛たちは背筋を伸ばし、緊張した面持ちで返事をする。お嬢様付きの優秀な侍女であり、武術の心得もあるリタは、屋敷で働く人間たちから一目置かれていた。


「これからオリビア様が騎士団の方を治療するの。それで力仕事ができる者が必要よ。頼んでもいい?」


「もちろんです!」


「ありがとう。あと、手の空いてる者がいたらでいいからもう一人欲しいわ。揃ったらエリオット様とトーマス医師を探して一緒にセオ様の休む部屋へ来て」


「はい! 承知いたしました!」


 護衛たちが一礼し、仲間とエリオットたちを探しに行った。リタも頼まれていたものを用意しに、さらに歩みを進めた。


 一方、セオの休む部屋の前に着いたオリビアとジョージ。ノックをしてからドアを開け、入室する。


「セオ様。失礼いたします。私、クリスタル伯爵家の長女、オリビアと申します」


 オリビアは目を覚ましていたセオにまずは挨拶をした。

 ベッドに横になっているセオは慌てて起きあがろうとするが、足が動かず起き上がることができないようだった。さらに、動いた刺激で折れた足が痛んだのか、顔を歪めていた。


「あ、安静になさってください!」


 オリビアが慌ててセオに声をかけ、ベッド脇まで駆け寄った。


「……こんな格好で申し訳ございません」


 セオはそう言って申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 オリビアは彼に視線を合わせて腰を折り、微笑んだ。


「セオ様。まずは命に別状がないとのこと、安心いたしました」


「お嬢様。お心遣い感謝いたします。あと私は平民ですので、どうかセオとお呼びください」


「……ではセオ。現在、足以外に調子の悪いところはない?」


「はい。お陰様で……」


 感謝の言葉を述べつつも、セオの表情は暗かった。詳しい話はまだ聞いてないものの、歩けなくなるであろうことは自分自身が一番わかっているのだろう、とオリビアは感じ取った。


「セオ。足を見せてくれるかしら」


「お、お嬢様?」


 思いがけないオリビアの言葉に、セオが驚いた様子で目を丸くしている。


「失礼するわね」


「え! お嬢様、何を……!」


 セオの反応は気にせず、オリビアは布団をめくる。その隣では、ジョージがニヤニヤと笑いながらその様子を眺めていた。


 布団を捲り現れたセオの両足は、大きく腿が腫れ上がっており、皮膚は赤みを帯び熱を持っていそうな様子だった。オリビアは眉を下げ、怪我の具合を案じる。


「ずいぶん腫れているのね。痛みも強いでしょう」


「いえ、痛みを和らげる薬をいただいていますから、あまり感じません」


「そう。セオ、足のことなのだけど……」


「歩くことは、難しいのでしょう」


 どう切り出そうかとオリビアが言いよどんだところで、セオが抑揚を抑えた声で言った。その視線は真っ直ぐ、遠くを見ている様だった。


「ええ。今のままでは難しいわ」


「今のままでは?」


 セオの視線が戻ってくる。オリビアの言葉に目を見開き、食い入るように続きの言葉を待っていた。


「まず、残念だけど騎士団への復帰は難しいわ。その上で日常生活なら問題ない程度に歩けるようになる治療法があるの」


「お嬢様! それは本当ですか!」


「本当よ。成功したらの話になってしまうけど。あと、成功しても歩けるようになるまで時間がかかるし、筋肉が落ちるから歩くための訓練が必要になるわ。それも負担がかからない程度からだから、きっともどかしい思いもするはず」


 自分が想像していた内容とは真逆の話に、セオはすがるような目でオリビアを見つめる。


「どんな事でもします! また歩くことができるのなら、どんな事でもできます!」


「あなたの覚悟はわかったわ。私たちも精一杯やります」


 オリビアはセオにしっかりと目を合わせ、口角を上げて頷いた。


 数分後、バンっと大きな音を立て部屋のドアが開いた。


「オリビア! 俺を呼んだのか!」


 兄エリオットとトーマス医師が部屋に入ってくる。後ろには護衛たちや従者が続いた。


「お兄様、トーマス医師も! お待ちしていました」


「お嬢様、セオ様の容態については先ほどお話ししましたが、何かありましたでしょうか?」


 トーマス医師が不安げな表情でオリビアとセオの元へ歩み寄る。オリビアはわずかに笑みを浮かべ返事をした。


「いいえ。あなたの見立てに間違いはないわ。ただ、治療法を思いついたの! それで診ていただきたいところがあって……」


「なんと! それはどのような治療でしょうか?」


「順を追って説明するわ。まずトーマス医師にはセオの足に診断魔法をお願いしたいの」


「診断魔法ですか。承知いたしました」


 トーマス医師が頷き、セオの足にそっと手のひらを置き、目を閉じる。数秒経つと目を開け、手を離した。


「どお?」


「やはり、足の骨が折れ、周りが傷つき腫れている状態です」


「そうよね。ではその折れている骨の状況を実際の寸法で描くことはできる?」


「はい、それは可能ですが……」


 なぜ必要なのか? と言いたそうな表情をしつつ、トーマス医師は指示通り骨折した箇所を描いてみせた。骨が真っ二つに折れ、骨同士の位置がずれてしまっている。もう片方の足にも診断魔法をかけ、同様の絵が仕上がり、それをオリビアに差し出した。


「やっぱり! キレイに折れているわ!」


 オリビアがやや興奮気味で絵を見ている。先ほど、タブレットで見た治療例の絵に酷似していたからだった。

 その様子を不思議そうに見ているトーマス医師たちに、これからする治療について説明する。


「セオは現在両足の骨が折れてる。けれど、骨は放っておけばそのうちくっつくわよね」


「はい。しかしながら、セオ様の骨はずれており、このままくっついてもとても歩けるような状態にはなりません」


 トーマス医師の補足に、オリビアは頷く。


「そうね。でも、もしこのずれた骨の位置を戻すことができたら?」


 そう言ってオリビアは口角を上げた。トーマス医師が目を丸くして彼女を見つめる。


「そんなことが可能なのですか?」


「もちろん! ジョージがやるわ」


「やっぱ俺か……。責任重大じゃないですか」


 ジョージは少し面倒そうに、眉間に皺を寄せ、口を尖らせた。


「仕方ないじゃない。絶妙な力加減が必要なの! あなたの出番よ」


「はいはい、わかりました」


 周りを見渡し、適任がいなさそうだと観念したのか、ジョージは肩をすくめた。

 オリビアは他の護衛たちにも役割の説明をする。


「護衛のみんなは、実際の施術の時にセオが動かないよう押さえるのをお願い」


「「はい! 承知いたしました!」」


 筋肉隆々の護衛たちが、元気に返事をした。


「それからディラン。あなたはこれを煎じてお茶にして持ってきてくれる? 少しぬるめがいいわ」


「承知いたしました」


 エリオットの護衛兼補佐のディランは、オリビアから白い手のひらサイズの包みを受け取り、部屋を後にした。


「お兄様は最後に魔法を使ってもらうので、このまましばらくお待ちください」


「あぁ。わかった」


「あとはリタを待ちましょうか」


 そう言って室内のソファに座るオリビア。向かいにエリオットも座り、息を吐く。


「本当に成功するのか?」


「ええ。成功させるつもりです」


 オリビアはそう言って自信たっぷりの笑みを浮かべた。


 十分ほど待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします」


 リタが入室する。添え木用の板と大量の包帯が入ったカゴを持っているが、その歩みはスタスタと全くブレることがなかった。


「リタ、ありがとう」


「大変お待たせいたしました」


 リタは主人に一礼し、添え木や包帯の入ったカゴをベッド脇に置いて、セオにも挨拶をした。ちょうどその時、ディランがティーセットを持って戻ってくる。


「これで準備ができたわ。さあ、始めましょう!」


「はい!」


 ソファから立ち上がったオリビアがみんなに声を掛け、エリオット以外は背筋を伸ばしお互いに顔を見合わせる。


「セオ。治療の内容は聞こえていたかしら?」


「はい。ずれている骨を元の位置に戻すと……」


「その通りよ。骨を戻す時、おそらく激痛が走るから、動かないよう護衛たちに押さえさせるわね。あとは痛みを感じにくくするお茶を用意したの。まずはこれを飲んでちょうだい」


「ありがとうございます」


 オリビアはディランが持ってきたお茶をカップに注ぎ、セオに渡した。独特の香りのお茶に、セオは目をつむり一気に飲み干した。


 そして数分後。


 セオの様子が明らかに変わる。体の力が抜け、口元は緩み、気持ちよさそうに目を細めている。

 その様子を見たトーマス医師は、顔をこわばらせ、小さく自身の手を握りしめていた。


「お、お嬢様。これはもしや……」


「トーマス医師はアンバー領の頃から代々医師の家系だったわね」


「やはり、ケシュニアなのですね。なんてことを!」


 オリビアの返事に、トーマス医師が声を荒げる。そして、周りからの視線を感じ、すぐに肩を小さく丸めた。


「常用しなければ問題ないわ。安心して。さ、護衛のみんなは布団を捲ってからセオを押さえて」


「は、はい!」


 表情を変えることなくトーマス医師に返事し、護衛たちに指示を出すオリビア。一瞬凍りついた空気に戸惑った護衛たちも、気を取り直して指示通りセオの体を押さえた。


「次はいよいよジョージの出番よ!」


「……はい」


 ジョージはオリビアの隣に立ち、セオの足に手を当て、腫れている部分に少し圧力をかけた。セオは痛みを感じていないようで、表情は変わらず緩んだままだ。


「骨がずれているのは感じる?」


「はい。おそらく絵の通りかと」


「確かに責任重大だけど、ジョージならできるって信じてるわ」


 そう言って自分をしっかりと目を合わせ頷くオリビアに、ジョージは大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐いた。覚悟を決めたようだ。


「お嬢様、少し離れててください」


 ジョージはオリビアがベッド脇から数歩下がり、離れたタイミングで、セオの足に当てていた手にグッと力を込めた。その後、すぐに力を緩める。


「たぶん、戻りました」


 いつもは飄々ひょうひょうとしているジョージの顔も、緊張で少しこわばっている。彼の額から一筋の汗が流れていた。


「トーマス医師! もう一度診断魔法をお願い!」


 オリビアがトーマス医師に声をかける。彼はセオの足に、先ほどと同じく診断魔法を使った。


「な、なんと……。骨が、元の位置に戻っております!」


「やったわ! さすがジョージ!」


 オリビアが目を細め、ジョージに向かってにっこりと微笑む。ジョージは一瞥してからベッドの反対側へまわった。彼の口角が僅かに上がっている。


「まだ、もう片方もありますから」


 そう言ってもう片方の足も、同じ要領で骨の位置を戻し、トーマス医師が診断魔法で確認する。

 その後は、リタとトーマス医師がセオの足を片方ずつ、添え木と包帯でしっかりと固定した。


「最後はお兄様の出番ですわ」


 ソファに座っていたエリオットは、妹の呼びかけに立ち上がり、セオのベッド脇に歩み寄る。


「俺は何の魔法を使えばいいんだ?」


「お兄様には、浄化魔法と治癒力アップの魔法をお願いしたいんです。先ほど使ったお茶には少し毒がありますから」


「ああ、わかった」


 エリオットがセオの胸の辺りに手を当てる。すると、手を当てられた部分からセオの体は白い光を放ち、全体に広がったところでその光はおさまった。先ほどまで緩んでいたセオの表情が戻る。


 そして、次にエリオットがセオの額に手を当てると、今度はセオの体が緑色の淡い光に包まれた。


「終わったぞ。オリビア」


 エリオットは魔力を使いすぎて息を切らしながら、ベッド脇の椅子に座り込んだ。


「お兄様、ありがとうございます。セオ、具合はどうかしら?」


「まるで……霧が晴れたかのような清々しさがあります。あとは、うっっ……」


 浄化でお茶の効果がなくなり、セオは激痛に顔を歪め、唸っている。


「きっと激痛よね。トーマス医師、痛みを和らげる薬と眠り薬を」


「はい」


「お、お嬢様……。本当にっ、本当に、ありがとうございます」


 トーマス医師から薬を飲まされる間際、痛みに耐えながら、セオはなんとかオリビアへの感謝の言葉を絞り出した。


「いいのよ。さあ、今はゆっくり休んで」


 そう言って優しく微笑むオリビアに、女神を崇めるようなうっとりとした視線を向けた後、セオがゆっくりと眠りについた。


 そしてオリビアは彼を見守っていた一同と目を合わせ、全員でにこりと微笑んだ。


「みなさん、お疲れ様! 無事治療完了です。協力してくれてありがとう!」


「オリビア様! 素晴らしい治療でした!」


 ベッドの反対側にいたリタが、オリビアの元へ駆け寄る。


「みんなのおかげよ。本当にありがとう」


「おいおい、俺には労いの言葉はないわけ?」


 緊張がほぐれ、通常運転になったジョージがリタに軽口を叩く。リタは眉間に皺を寄せ、拳を握り、無言でジョージの顔面にめがけて突き出した。


 ジョージは反応が遅れ避けきれず、目をぎゅっと瞑ったが、顔面に衝撃はなかった。数秒してそっと目を開けると、ぎりぎりのところでリタは突き出した拳を止めていた。


「お前にしてはよくやった。お疲れ、ジョージ」


 ジョージが一歩後ろに引き、リタの拳に自分の拳を軽く当てる。


「お前こそ、さすが脳筋原人だな、リタ」


 直後に、パシン! と乾いた音が響き、ジョージの体勢が崩れた。





>>続く


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