第3話 異世界の小部屋

「ここはクリスタル家の屋敷です。よかった! 目が覚めて……」


「君が、助けてくれたんだな」


「運んだのは他の者ですわ」


 目を覚ましたリアムの言葉に、オリビアは少し眉を下げ、微笑み謙遜けんそんすると、彼は小さく首を横に振り手を握り返した。


「オリビア嬢。あなたが私の名を呼んで、こうして手を握っていてくれたから目覚めることができたんだ。心から感謝します」


 その言葉と握り返された手の感覚で、オリビアはいまだに自分がリアムの手を握っていることに気づく。途端に恥ずかしくなって慌てて手を離した。


「失礼いたしました! 一瞬反応があったので、目を覚ましていただこうと必死になってつい……」


 オリビアが離した手は、リアムによってもう一度掴まれ、握り直された。


「……本当に感謝している。ありがとう、オリビア嬢」


「い、いえ。私は何も……」


「オリビア嬢……」


 もう一言、リアムが何かを言いかけたその時、部屋のドアが音を立てて勢いよく開いた。驚いたのかリアムが握っていた手の力を緩める。すかさずオリビアはベッドから自分の膝の上に手を引いた。


「リアム様!」


 エリオットがトーマス医師と共に入室する。後ろにはリタが控えている。


「エリオット……。久しいな。再会がこんな形になって、迷惑をかけてすまない」


「そんなこと仰らないでください! ご無事で何よりです。部下の方達も怪我はひどいですが、命に別状はないですよ」


 久しぶりに再会した友人が目を覚まし、安堵からか涙ぐんでいるエリオット。その表情は父、ジョセフによく似ていた。


「ありがとう。……ところで、部下たちの様子は?」


「あ、それについてはトーマス医師から……」


 リアムが部下たちの様子をうかがう。怪我がひどいという言葉が気になってるようで、眉間に皺が寄り少し険しい表情になった。医師に説明を促すエリオットも、声がよどむ。


 トーマス医師が説明を始める。彼もまた、その表情は険しい。

 オリビアはその様子から話の内容があまり良いものではないことを予感した。


「はい。まずはジャック様ですが、大きな怪我は回復魔法で治っておりましたので問題ありません。血が足りていないことと、疲労で現在も起き上がるのは難しいですが、これももう二、三日の療養で回復する見込みです。現在は意識が戻り、会話も可能な状態です。落ちた体力が戻れば、騎士団へも復帰が可能です」


「そうか……。よかった」


 リアムが安堵の息を漏らしながら、言葉を噛み締める。オリビアも話を聞きながら心底良かったと少し肩の力を抜いた。


「ただ、セオ様は……」


 トーマス医師がもう一人の部下、セオについて口を開く。ジャックの時より明らかに声は低く、状況がかんばしくないことを物語っている。


「セオ様は、まず腕に負った怪我が原因で高熱にうなされておりました。こちらはすでにエリオット様の浄化魔法で治癒しており、命に別状はありません。じきに目を覚ますでしょう。しかし、両足のももが折れており……私では手の施しようがありません。このままですと歩くこともできなくなります」


 その言葉にリアムが目を見開き、布団を握りしめる。相当ショックだったのだろう。オリビアがエリオットの顔を覗くと、事前に事情を聞いていたであろう彼はうつむいていた。今度は心配でリアムに視線を移した。


「……残念だ。セオは、優秀な部下だったんだ」


 布団を固く握りしめながら、リアムがポツリとそう言った。なるべく表情には出さないようにしているが、彼が心底悔しそうだとオリビアは思った。


「すまない……。少し疲れたようだ。しばらく休ませてもらってもいいだろうか」


「も、もちろんです! また後ほどお伺いします。さ、みんな行くぞ!」


 リアムの申し出に、エリオットがみんなを引き連れ、部屋を出ていく。


「オリビア! 早く来ないか!」


「すぐに追いかけますわ」


 エリオットに促されたが、オリビアはすぐには椅子から立ち上がらず、部屋の中でリアムとふたりきりになった。リアムの表情をうかがいながら話し始める。


「リアム様。セオ様のこと、私にお任せいただけないでしょうか?」


 予想外の言葉に、リアムは驚きの表情を隠せないようだった。


「失礼だが、あなたに何ができると? 医師すらお手上げだというのに……」


「今は詳しくはお話しできませんが、心当たりがあります。万が一うまくいかなくても、今より悪くなることはないでしょう」


 リアムの簡単に信じることはできないと言いたそうな、怪訝けげんそうな視線に対し、オリビアは薄紫色の瞳の真剣な眼差しを返す。


 信頼に値すると思ったのか、リアムが小さく頷いた。


「……わかった。オリビア嬢、セオを頼みます」


「はい!」


 リアムの承諾の言葉に元気よく返事をして、オリビアは彼の部屋を後にした。


◇◆◇◆


 オリビアがリアムの休んでいる部屋を出ると、ジョージとリタが廊下で待っていた。


「まずは、私の部屋へ行きましょう」


 オリビアは二人を引き連れ、自室へ戻っていく。


「リタ。念のため鍵をかけて」


「承知いたしました」


 リタが部屋のドアに鍵をかける。


「お嬢様、俺ら以外はいないっす」


 リタとジョージが周りを警戒し、自分達以外はいないことを確認しオリビアに視線を送った。オリビアは彼女たちと目を合わせ、小さく頷く。


 そして、壁に掛けている姿見に手をかざし、魔力を少し流す。


 すると、姿見は淡い光を発し、引き戸の様に横に移動した。元々姿見があった壁面には穴が開いており、奥には畳三畳ほどの空間が広がっている。その空間には引き出し付きの机と椅子、ランプ、鉄製の小型の物置の様なものがあった。


 オリビアは椅子に腰掛け、引き出しの鍵を開けた。そこには茶色い皮表紙の手帳のようなものが入っていた。オリビアは手帳を取り出し、表紙を開き、手をかざす。魔力を流しながら呪文を唱えた。


「ヘイ! チリ!!」


 オリビアがそう唱えると手帳の様なものが青白く光り、問いかけに答えた。


『ご用件はなんでしょう?』


 手帳のようなものは紙製ではなく、ガラスと鉄でできた板で、そこから聞こえる声は、抑揚の少ない女性の声だった。


「いつ見てもその『タブレット』なるものは不思議です」


 リタが眉をひそめ、ジョージの後ろからタブレットを覗いている。


「いい加減慣れろよ。石頭」


「なんだと! クソジョージ!」


 からかわれて腹を立てたリタが、背後からジョージの足を蹴り飛ばす。小部屋の中で、パシン! と乾いた音が響き、ジョージの体勢が崩れた。


「痛え ! 何するんだゴリラ女!」


 すかさずもう一発食らい、ジョージは片膝をついて苦痛に顔を歪めた。若干涙目である。


「こら! ふたりとも今はふざけている時間はないわ。集中して。あとジョージ、悪口にゴリラを使わないで。彼らは素晴らしい生き物よ」


 オリビアが振り返り、ふたりをたしなめる。


「申し訳ございません……」


「すいません」


 姿勢を正し俯く従者たちにため息をつき、オリビアは再度タブレットに向かって話しかける。


「ヘイ、チリ。足の腿が折れた時の治療法を教えて?」


 タブレットの画面に何かが一覧の様に表示される。


「あった、あった。……これだわ」


 オリビアがタブレットに触れると、画面が変わり、絵や文章が表示された。


「大腿骨が折れた場合の症状、治療法、完治までの時間は? うんうん。なるほど……」


 タブレットには骨折に関する治療法が表示されており、オリビアは文章を小さく声に出して、時折内容に対してリアクションをとりながら読んでいる。


「よし! わかったわ!」


オリビアはタブレットを引き出しにしまい、椅子から立ち上がった。そのままくるりと振り返り、小部屋を後にする。


「ふたりとも協力してね。まずリタは包帯をたくさんと、添え木にできそうな板を二枚を持ってきて。あとはお兄様とトーマス医師、護衛たちを二、三人連れてきてほしいわ。」


「はい!」


「ジョージはこのまま私とセオ様の部屋へ行きましょう。ちょっと力仕事をお願いするわね」


「はい」


 オリビアの指示に、ふたりは頷き小部屋を出た。


 入室時と同じ動作で姿見に手をかざすと、淡い光を発しながら姿見は元の位置に戻り、何事もなかったかの様にオリビアたちを映していた。


 三人一緒に部屋を出て、オリビアとジョージはセオの部屋へ向かい、リタは反対方向へ向かい歩き出した。





>>続く


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