第2話
「小説を書くのやめるなんて言わないでよ」
私は答えに戸惑った。本音を打ち明けることを、図書室の書物が許さない気がした。だけど、正直に言おう。言うことで彼女は理解してくれるかもしれない。
「だって、私の書く小説つまらないから」
「そんなこと言わないでよ、なんでやめるの」
「別に伊織にはそんなの関係ないでしょ」
「書かないなら、もう関わらない」
「え」
伊織は、
「小説書かない真由美なんて、嫌。嫌い」
「そんなに小説書かせることに固着する意味がわからない」
「もういい」
「どうして、小説書かせたいの」
「黙って!」
私に向かって、本を投げた。本は床に叩きつけられ、それを拾うと私が貸した本だった。
伊織がここまで、
まだ私はケンカした原因となったできごとがわからない。小説を書かない、と言ったのが原因だろう。でも、根本的なものではないと思う。
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私が最初に彼女に抱いた印象は、凍ったアイスの一口目みたいな女の子と思った。
高校1年の時、伊織と同じクラスになった。クラスメイトは、新生活で友達や恋人を作ろうと、
「
遠足やら、クラスにグループができたころには伊織は、グループだけではなく、クラスと学校の中心人物になっていた。
「教科書忘れたなら、貸すよ」
「あ、ありがとう」
伊織は、誰に対しても同じ対応をした。クラスで浮いている男の子にも、陰で叩かれている女子にも。だから、彼女は最初みんなに冷たい対応をした。
「伊織、目大き。メイクどうしてんの」
「わたし普段リップだけだよ」
「はらたつぅ」
伊織の
「伊織ちゃん、授業終わったらスタバ行こ」
「いいねぇ。カラオケも行こーよ」
「カラオケ行くの? 俺達も行きたい」
「いいね、一緒に行こ!」
最初にマイナスの評価をもった人は、上月伊織はただ人見知りだっただけ、と評価を変えて、楽しく関わりにいくのが目に見えた。
私と伊織が、ちゃんと面識があったのは、1年の1学期末だった。
図書室で、委員会の当番で私がカウンターで、スマホに小説を書いていると
「なにかおすすめの本ありませんか?」
と、伊織は聞いた。
「本読むのが好きでしたら、これで。初めてだったら、これですね」
「ありがとうございます」
カウンターに乗せた私が本棚から持ってきたいくつかの本の中から、伊織は『羊男のクリスマス』を手にとってテーブルに着いた。
伊織は、鞄からプリントと筆箱を取り出し、何かを書いている。すぐに、現代文の課題で、小説を借りにきたというのがわかった。
私は小説を書きながら、時間がすぎるのを待った。
「何書いてるんですか?」
「え!?」
私は、スマホを伏せて横に立っていた伊織を見た。
小説を書くのに夢中になっていると、時折周りが見えなくなることがある。何度も声をかけても、反応しなかったからカウンターの中に入ったのだろう。
「小説ですね」
「へぇ。どんな小説なんですか」
「女の子同士の恋愛の小説です」
伊織が内容を聞いて、キョトンとした表情をした。
──引かれたかも。
「なんで女の子どうしの、恋愛書いてるんですか? 恋愛なら男女で良くないですか?」
おっしゃる通りです、と私は苦笑いをした。
「いや。女の子同士って良くないですか? 綺麗な関係があったり、ギトギトした関係があったりして、小説としておもしろそうじゃないですか」
伊織が私のこの発言を聞いて、キョトンとした顔を今でも覚えている。そして、その後に、大きな声で笑って
「そんな適当な理由なんですね」
──私としては、真剣だったわけだけど。
「先輩。名前聞いてもいいですか?」
「私、上月さんと同じクラスです」
「え。ごめんなさい、大人びてたから先輩だと思ってた」
「全然関わったことなかったですし、私が人と関わらないので」
「それじゃあ」伊織は、私に手をさしだして「これからよろしくね」、と
「よろしくお願いします。
手を握ると、伊織の手はひんやりしていて、5月にしては珍しく気温が20度を超えた日には、心地よかった。
「敬語じゃなくていいよ」、と伊織は笑って言った。
「うん」
「小説今度読ませてよ」
「いいよ。つまらないかもだけど」
伊織は「あまり小説読まないから、違いなんてわからないよ」、と手を小さく顔の前で振った。
「その小説の名前はなに?」
「バナナフィッシュは助けてくれない」
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