準備は万全ですか?<Ⅰ>

 朝が来た。慌ただしかった昨日から10時間程過ぎ、時刻は八の刻頃か。


 わたしはぐっすりと眠ることができ──るはずも無かった。と言うのも、服を変えるということは、今まで隠蔽魔法を付与していた服から変えたことになる。つまり、魔法が何もかかっていない状態になることだ。


 付与魔法はすぐにはかけることが出来ない。ローブだけで良いとはいえ、2時間はかかる。


 そのため、服を変えた時点から部屋で一人になるまでの間、常に自分自身に隠蔽魔法をかけ続けなければならなくなっていた。


 部屋に着いたのが昨日の二十二の刻過ぎ。久しぶりの温かいお風呂を堪能する暇もなく、すぐに上がり2時間付与魔法の為に時間を使う。


 流石に魔法を使い続けたため、昼に買った魔力回復を促進するための薬品を飲むことにした。これが問題だった。回復はした。のだが、眠気覚ましの副作用があったのか、この時間まで眠ることが出来なかった。


 あまり覚えていないが、師匠せんせいと昔飲んだ珈琲コーヒーと言う飲み物を飲んだ時と似ているな……なんて現実逃避をしたいくらいには寝不足になってしまった。


「確か集まるのは十の刻だったか……」


と、昨日聞いた話を思い出しながらいつもの日課を始める。……まずい、目を瞑ると徐々に眠気が襲ってくる。何とか眠ることなく日課を終わらし、身支度をする。


 顔を洗い、少しは眠気が覚めただろう……と自分に言い聞かせ、部屋を出る。朝食を取る時間はないだろうと思い、宿を出るとサラが自身の髪の毛を櫛でとかしていた。


 わたしと目が合うとサラは照れたように櫛を鞄の中にしまった。


「あはは……ごめんね。ちょっと緊張して寝付けなくて……。髪をとかす時間が無かったの」

「そう……」

「……大丈夫?もしかして、リリアさんもしっかり寝れなかったとか?やっぱり緊張するものなんだね!」

「そうね……」


 サラの言葉に生返事で返す。サラに案内されながら試験の会場に向かう。魔法使いらしき人が時々通っていく。あの人達も試験を受けるのだろうか。


「はぁぁ……緊張するなぁ……そろそろ着くけど大丈夫?」

「ええ……大丈夫よ」

「なんか、あまり緊張してなさそうね……羨ましいなぁ……」

「……」


 うーむ……やはり眠気を覚ますためにもう一度薬品を飲むべきだったか。しかし、回復してる間だけの効果の可能性もあるし、何より試験前に自身を強化する薬品を使っていないかの確認があるらしく、万が一引っかかってしまう事を考えると飲むことは出来なかった。


 会場に着くと、既に大勢の人が集まっていた。大体二百人程だろうか。サラや昨日のロゼと似たような服装の人がおよそ八割、残り二割は自由な格好をしている。年齢層はわたし達と同じくらいの人が殆どで、見た目で年上だろうと言う人は少ない。


 わたし達は受け付けに行き、自分の試験番号が書かれた腕章を受け取る。わたしが288番、サラが289番だ。


 定刻までサラと他愛のない話をしていると、一人の厳格そうな男が壇上に向かっていき、それに伴い徐々に会場が静かになる。男は壇上に上がると、一礼をしてから話し始めた。


「お集まり頂いた諸君、お早う。今回の試験の担当責任者を務める【クレスト・E・リッグ】と言う」


 「クレスト」と名乗った男は全体を見渡し、話を続ける。


「今回の試験に向けて、各自励んできたと思うが、「試験」と言う舞台に置いては、残念ながら「結果」しか求められない。つまり、今体調が悪かろうが、緊張して本調子が出なかろうが、こちらとしては関係の無い事だ」


 心でも読まれているかのように、的確にわたし達に刺さる言葉を放つ。再び全体を見渡し、


「では、各々これまでの成果が報われるよう善処するように。以上だ」


と言い、一礼してからクレストは壇上から降りていく。クレストが居なくなってから、緊張の糸が解けたかのように周りがザワザワとし始める。


「……あの人、養成所の講師なんだけど、ちょっと厳しい所があって、何人も辞めちゃったって話なんだ」


 「ちょっとで済むのだろうか」という言葉を飲み込んだ。ため息をし、男がいなくなった方を見る。


「眠いなんて言い訳、戦場じゃ通らないよね、師匠せんせい……」

「ん?今なにか言った?」

「ううん……わたし達も準備をしましょ」


 周りの人が、各自魔法を軽く使ったり目を瞑ったりして準備をしている。わたしは心を落ち着かせるために深呼吸をした。

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