第6話

 腹、減った。






 あまりにも本気にしてくれなくて、思わず飛び出した樹さんの部屋。






 食べずに出て来ちまったカレーが恋しい。



 樹さんのカレー、うまいのに。






 こういうことすっからダメなんだ。



 こういうことをすっからいつまでも『かわいいしょーちゃん』の扱いで。



 一人前なんて、程遠い。夢のまた夢。






 くっそ。






 余計に、イラつく。






 ベッドの上、布団を頭から被って横になった。






 風呂も入ってねぇし、腹は減ってるし、情けねぇ、し。






 このままふて寝してやる。











「しょーちゃん?勝手に入るよ」






 ふいに聞こえた樹さんの優しい声に、目が覚めた。やべ、マジ寝てた。






 でも。高鳴る、鼓動。






 来た。



 来てくれた。






 俺を追いかけて。



 追いかけて?うん、追いかけてだ。追いかけてっ



 てことにしてよ。



 心配して来てくれた。






 そういうことに、して。






「カレー持ってきたよ、お腹すいたでしょ?」






 コトンと、お皿を置く音。



 そして、俺が布団に潜るベッドに座る、スプリングの軋む音。






「………ごめんね、しょーちゃん」






 掛け布団の上から、俺の丸まった背中を、撫でてくれる。






 その、ごめんね、の意味が分かんなくて、布団から出るに出られねぇ。






「嬉しいんだよ?嬉しいんだけど………」

「けど、なんだよ」






 布団の中から聞く。



 にょきっと手だけ出して、樹さんの手を取る。






 カサカサの、冷たい手。



 ぎゅっと握れば、握り返してくれる、手。






「しょーちゃん、まだ、若いしさ。僕なんかより全然、いい人たくさんいるよ?」

「俺は樹さんが好きなんだよ」

「しょーちゃん………」

「樹さんが好きなの!!」

「…………ありがと」






 ふふふ。






 優しい、笑い声。






 ありがとって。答えになってねぇじゃん。






 本当に。



 本当に、好き、なのに。






 握った手の、指を絡めて、布団の中でため息を吐く。






「出てきてよ、しょーちゃん。カレー食べて」

「…………出たら」

「ん?」

「出たらキスしていい?」

「ダメ」

「じゃあ出ねぇ」

「しょーちゃん、拗ねないでよ」






 拗ねるよ。



 拗ねるに決まってる。






 どうしたら俺は、樹さんにつりあう男になれるんだろう。






 絡めた指を離して、布団の中に引っ込めようとしたとき。






「もう!!」

「うわっ」






 布団を引っ張り剥がされた。






「カレー、食べて」

「………うん」






 電気が眩しくて見えねぇけど。



 その声から分かる、きっといつもの優しい顔。






 諦めて、のっそりと、起き上がる。






 皿を渡される。まだ温かい。






「いただきます」

「召し上がれ」






 減りに減りまくった俺の腹に。



 しみるほどうまい、樹さんのカレー。






「今度は一緒に食べようね」






 うん。






 返事をした俺の頭を、樹さんががしがしっと、撫でた。

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