第3話

 フローリスト湊改め、ナルーシスト湊がぶつぶつ言いながら帰って行った。



 塩でも撒いてやろうかと、いつも思う。



 来んな。もう来んな。二度と来んな。






 樹さんは絶対ぇ渡さねぇかんな‼︎






 心の中でもう一度言ってから、俺は樹さんと閉店準備をした。






 看板を店の中に入れて、とりあえずドアを閉めて鍵をする。



 外の電気と中の一番外側の電気を消したら、残る仕事はあとひとつ。






 俺の、お楽しみ。






 奥では樹さんが売上の確認をしてるはずだ。






「樹さん、こっちはオッケーだよ」

「ありがと、しょーちゃん。こっちももう終わるよ」






 レジんとこを見ればふわりと、匂いたつ花のように笑う、樹さん。






 やっぱり花の妖精みてぇだ。






 キレイ。ドキドキする。






 どうして本気にしてもらえねぇんだろう。



 好きだって言ってんのに。






 樹さんが大人で、俺がまだ学生だから?



 関係ねぇじゃん、そんなの。






 好きなのに。



 見てるだけでこんなに………ドキドキ、するのに。






「よし、終了。…………しょーちゃん?」






 パタンとノートを閉じた樹さんが、ぼけっと樹さんに見とれてた俺を不思議そうに見た。






「どうしたの?お腹すいちゃった?」

「ちげぇよ」

「今日はリクエスト通りカレーにするから、帰ろ?」

「ダメだよ。樹さんまだアレやってない」

「自分でできるからいいよ」

「ダメ。俺がやる」






 有無を言わさず俺は樹さんの真向かいに座って、レジ横に置いてあるハンドクリームの蓋を開けた。






 ちょっと独特のにおいがあるこれを、樹さんが仕事中に塗ることはねぇ。



 でも、毎日。



 仕事が終わったら、俺が塗ってる。樹さんの、荒れた手に。






 これは、俺の大事な大事な仕事、なんだ。






 色んなハンドクリームを買ってきては試した。



 この仕事は手が荒れるから。



 冬の乾燥した今の季節は特にそう。



 だから俺は学校のツレに聞いたり、ネットで調べて、本当に色んなハンドクリームを買っては樹さんの手に塗った。






 今使ってるこれの匂いはどうも気に入らねぇけど。



 効き目は、一番。






 たっぷりと指にとって、樹さんの冷えた手に塗る。



 丁寧に。






「しょーちゃんの手ってあったかいよねー」






 マッサージがてら、時間をかけて。






 この手が、びっくりするぐらいキレイな、華麗な、見る人をわあって驚かせてわあって喜ばせる花束を、アレンジメントを、作り出す。



 この手は花に魔法をかける、すっげぇすっげぇ手。






 右手を終えて、今度は左手。



 やっぱりたっぷりと指にとって、塗る。






「しょーちゃんはかわいいねぇ」






 ふふふって。



 楽しそうに、笑う。






「かわいいって言うな」

「だってかわいいんだもん」

「男だぞ」

「かわいいよ」

「成人してんだけど」

「かわいい」






 むかっときて樹さんを睨む。



 ん?って、左手を俺に預けたまま、楽しそうに俺を見てる。






 早く。



 早く、一人前になりてぇ。



 早く樹さんに大人扱いされる、一人前の男に。






 それは一体あと何年先のことなんだろう。



 どうして。



 10年の差は10年のままで、縮んでくれねぇんだろう。






「終わり」

「ありがと、しょーちゃん」






 何か妙に悔しくて。






 俺は樹さんの手に、キスをした。

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