第65話 もう少し優しい人間になりたい

 メタバース空間へやってきた。

 もう何百回もログインした場所だから実家のような安心感がある。


「こっちこっち」


 珠莉の肩を後ろからチョンチョンする。


「うわっ⁉︎ びっくりした!」

「そんなに驚くことはないだろう」

「え? あれ? 本当に一条?」

「声はそのままだろう」


 愛理は両腕を広げる。


「容姿のパラメータをいじったんだ」


 髪の毛をロングヘアにしている。

 顔だって男と女を足したような感じになっている。

 ビジュアル系ロックバンドのメンバーにいそうな顔立ちだ。


「神田さん、男が苦手だからさ。俺から男らしさを取り除いてみた」

「うわぁ……オカマみたい」

「おい、誰のためにやっていると思っている」


 愛理はムスッとする。


「あっ! ドラゴン!」

「どこどこ⁉︎」

「隙あり!」


 後ろからハグしてみる。

 珠莉の肩がビクッと跳ねる。


「あれ? そこまで嫌悪感がない?」

「だろう。オネエ系と一緒だよ。ノーマルな男じゃない生き物として認識しているんじゃないかな」

「へぇ〜、不思議〜。面白い。VR空間だと整形手術みたいなこともできるんだね」

「本当は使いたくない機能だけどな」


 オリジナルの容姿を捨てる。

 愛理としては百歩譲った格好だ。


「とりあえず手をつないでみるか。こっちの世界を軽く案内するからさ」

「私が男慣れできるよう協力してくれているの?」

「当たり前じゃねえか!」


 恥ずかしいから言わせんなよ……。

 そう付け足す愛理の声は弱い。


「一条って性格までオネエ系にできないのかな?」

「調子に乗るな」

「ふふっ……」


 小バカにされている気もする。

 珠莉が楽しそうだから良しとするか。


「時間が勿体ないから早く行くぞ」

「は〜い」


 愛理の作戦がハマった証拠というべきか、珠莉は終始ハイテンションになっている。


「この服、可愛い〜」


 とか、


「人間はすり抜けちゃうんだ〜」


 とか楽しそう。


「あの、一条……ごめんね……」

「急にどうした? もしかして頭ぶつけた?」

「そうじゃなくて……」


 指先と指先でツンツンする珠莉。


「あんたのこと、誤解していたかも。一条って実はいい奴だった」

「そうかよ。俺も神田さんのこと、誤解していたわ。思ったより苦労しながら生きているんだな」

「うぅ……」


 高飛車キャラが急に可愛くなると調子が狂ってしまう。


「どうしたら一条みたいに優しい人間になれるの?」

「そうだな……ていうか神田さん、優しい人間になりたいの? すげぇ意外なのだけれども」

「その……まあ……もう少し人当たりの良い人間になりたい」

「だったらさ」


 珠莉の頭をナデナデする。

 妹の心菜にやるみたいに。


「無理にとは言わないが、自分の弱さを見せたらいいんじゃないかな。微妙なたとえだが、ハムスターって可愛いだろう。あれって小さくて弱いからじゃないかな。神田さんはハムスターになればいいんだよ」

「ハ、ハム⁉︎」

「神田さんは性格的にオコジョなんだよね。やつらって自分より大きな動物にも挑むくらい凶暴じゃん」

「ぐぬぬ……」

「図星でしょ」

「まあ……」


 牙が抜けてしまった珠莉は手乗り文鳥くらい人懐っこい性格だった。

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