第64話 下らないプライド、へし折ってあげる

「学校生活って演技みたいなものだと思わない?」


 学園へやってきた。

 人影が少ないせいか足音がやけに響く。


「全員がエゴを抑圧している、と言いたいわけ?」

「いや、勘違いされながら生きている。本当の自分なんて知られたくないし、わざわざさらけ出す必要もないだろう」


 ドアを開けた。

 珠莉を中へ誘う。


 稼働しているコウノトリはない。

 つまり撫子は下校したらしい。


「実は男性が苦手なんです、とか」


 珠莉の手首をつかむと、ひぇっ⁉︎ と悲鳴が上がった。


 いつもの珠莉とは別人みたい。

 これも一種の演技だろう。


「分からないわ。一条が女好きなのは演技なの?」

「半分演技だろうね。だって本当に女の子が好きなら、性交委員なんて仕事、できないと思わないか?」

「う〜ん……確かに……」


 珠莉はあいまいに頷く。


 おしゃべりしている最中にもコウノトリの準備を進めていく。

 アクティブモードに切り替えると機体がぽうっと発光した。


「俺が前に言ったセリフ、覚えている?」

「たくさんありすぎて覚えていない」

「ほら、アレだよ」


『いずれ神田さんの方から懇願してくる。私とVRセックスしてください、てね。そのための布石を俺はすでに打っている』


 当時の口ぶりを真似したら珠莉は大赤面した。


「一回でいいから懇願されたいな」

「バカ! できるわけないでしょう!」

「あ、そう」


 愛理が帰ろうとしたら制服をつかまれた。


「どこ行くのよ⁉︎」

「懇願してくれないなら帰る」

「ッ……⁉︎」


 この卑怯者!

 珠莉の顔にはそう書いてある。


「自分で誘っておきながら帰るの⁉︎」

「前にも言っただろう。VRセックスは義務じゃない。神田さんがやりたくないなら、やらなくていい」

「だからって……」

「神田さんは自分で選ぶべきだよ。やるのか、やらないのか」

「うっ……」

「人生の一大事というのに、俺や鉛筆に委ねるのは変だろう」

「それは……」


 プライドが邪魔するのか、素直になれない珠莉は顔をそむける。


「自覚がある人間に言うのは失礼だと思っているけれども、神田さんってプライドが高いだろう。おいおい、て周りがドン引きしちゃうくらい」

「だって仕方ないじゃない」

「周りに舐められたくないから? 精神的武装みたいなやつ?」

「そうよ。性格なのだから簡単には直らない」

「俺が思うにプライドって……」


 くいのようなもの。

 人間を一箇所に縛りつけて流されないようつなぎ止める。

 そんなメリットがある反面、人間の変化を妨げようとする有害な一面もある。


「いったんプライドを捨ててみるのもアリじゃない」

「どうやって?」

「懇願する。私とVRセックスしてください、と」

「ッ……⁉︎」

「下らないプライド、俺がへし折ってあげる」

「こいつ! 頭に来た!」


 珠莉がスカートを握りしめる。


「分かったわよ! やってやるわよ! 私とVRセックスしてください! これでいい⁉︎」

「やればできるじゃん」

「当然よ!」


 珠莉は胸を張った。

 虚勢であると知っている愛理に言わせると、微笑ましい、以外の感想が出てこない。


「神田さん、ちょっとストップ」

「まだ私に要求してくる気?」

「そうじゃなくて……」


 髪の毛についているゴミを取ってあげる。


「あわわわわっ⁉︎」

「メッチャ初心うぶじゃん。普段からそのキャラ出したらモテるのに」

「うるさい……さっさと始めなさいよ」


 怒った珠莉に背中をポコポコと叩かれた。

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