第59話 あんたなんかに同情されたくない!

 それから三日経った。

 愛理の進捗率は九十九パーセント。

 残っているのは珠莉一人だけ。


「神田さん」

「何よ?」

「まだ半年以上あるのだけれども、のらりくらり逃げちゃう気?」

「くっ……」


 たった三日間だけれども、珠莉のテンションは明らかに下がっている。


「一人だけ仲間外れって辛くない? 俺ならさっさと降参しちゃうね〜」

「うるさいわねぇ」

「俺はね、この状況を何とかしたいわけですよ。神田さんって周りから冷やかされているだろう。頑固者とか、意地っ張りとか、堅物とか。そういうの、良くないと思うんだよね」

「一体誰のせいで……」


 愛理の責任と言いたいらしい。

 ここまで主張が強いと、むしろ可愛く思えてくる。


「恥ずかしいのなんて一瞬だから」

「嫌よ! 絶対に一条なんかに屈しない!」

「どうしても協力してくれないのか。それって俺が土下座してお願いしても?」

「い〜や〜だ!」

「そこまで強く拒否されると、相手を屈服させたくなるんだよな〜」

「はぁ⁉︎」


 この時、珠莉は最大のミスを犯した。

 手元にあったペットボトルを持ち上げて愛理に投げ付けたのである。


「あんたってマジキモい!」


 ペットボトルが愛理にぶつかる。

 キャップの締まりが甘かったせいで中身が少し飛び出す。


 パシャリ!

 愛理のズボンに黒いシミが広がった。


「あ……ごめ……」

「いや、別にいいよ」


 愛理は笑って許したが、黙っていないのは周りの女子だった。


「ちょっと珠莉」

「いくら何でも当たりがキツくない」

「えぇ……」


 いきなりの雲行き悪化にたじろぐ珠莉。


「そうそう、物を投げつけるのは良くない」

「ちゃんと一条くんに謝りなよ」

「私が一方的に悪かったって言いたいわけ⁉︎」


 短気を炸裂させてしまった珠莉であるが、これはミスの上塗りに等しかった。


「だって珠莉の暴力でしょ」

「これまで一条くんのこと散々にけなしてきたしさ」

「それはこいつが……」


 言葉尻が弱くなっていく。

 何を言ってもムダと諦めたようだ。


「あらあら、可哀想な神田さん」


 そこに思いがけない助っ人がやってきた。


 撫子である。

 後ろから肩を揉みつつ耳元でそっとささやく。


「私は愛理くんが悪いと思うわよ。明らかに挑発したでしょう」

「えっ……」

「えっ……」

「えっ……」


 一番驚いたのは珠莉だった。


「日和さんが私の肩を持つなんて、どういうつもりよ⁉︎」

「思ったままを口にしただけ。外堀からジワジワと埋めていくやり方、作戦としては面白いけれども、あまり性格が良くないでしょう」

「あんたなんかに同情されたくない!」


 珠莉は撫子の手をはねのけた。


「男たらしのくせに! 気安く触らないで!」

「あらあら……」


 珠莉はどこかへ走り去ってしまった。


「愛理くん、飛んできたペットボトル、キャッチしようと思えばキャッチできたでしょう。どうしてわざとスルーしたの?」

「まさか。急のことだったから反応が追いつかなかったんだよ。近距離だったしね」

「本当かしら」


 撫子はきれいな黒髪を手ですくった。

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