第56話 写真に残しちゃいたい表情
シャワーで軽く体を流してからお風呂に入った。
全身の筋肉が一気にほぐれていく。
無意識のうちに淡いため息がこぼれる。
「あ〜、撫子ちゃんが入った後のお風呂ってサイコー」
この中に汗が溶けているんだよな〜。
もはや天然の入浴剤だよ、とか思ってしまう自分は筋金入りの変態かもしれない。
ケーキが待っているので長風呂せずに出ておいた。
リビングへ向かうと撫子がスタンバイしている。
「早かったのね」
「今夜は早めに寝ようと思ってね」
ケーキの箱がある。
撫子は仔犬みたいにニコニコしている。
「やけに嬉しそうだね。撫子ちゃんって、そんなにケーキが好きだっけ?」
「もちろんよ。ケーキが嫌いな日本人なんて滅多にいないでしょう」
「おっしゃる通りで」
箱の側面にローソクが付いていた。
なぜか三本。
「あら、今時珍しい」
「頼んだわけじゃないけれども」
バースデーケーキ代わりに食べる人もいるわけか。
「俺が火をつけてくるよ」
ガスコンロのところで火を灯した。
三本が三角形になるよう突き立てる。
「写真を撮っちゃお〜と」
「なんで女の子って写真が好きなんだろうね」
「う〜ん、友達と会話する時、ネタにするためじゃないかしら」
「九十九さんとか?」
「そうそう。愛理くんにケーキ買ってもらったって自慢しないと」
「なんか照れるな」
「でも久我山くんはケーキとか買わなさそうでしょう」
「言えてる。九十九さんの誕生日にプロテインとか渡しそう」
「でしょ〜。愛理くんとペアを組めて良かった」
照れ臭くなった愛理は首の後ろをかきむしる。
「私が消しちゃってもいい?」
「どうぞ、どうぞ」
撫子が可愛くふ〜する。
苦い匂いが鼻を突く。
「同棲するようになって今日で百三十七日目よ」
「少しもキリが良くない数字だな」
「ありきたりな日常が幸せということにしましょう」
「撫子ちゃんは良いことを言う」
ケーキを四等分した。
お互い一切れずつお皿に乗せる。
残った半分は明日食べることにした。
「いただきます」
一口食べた撫子が頬っぺたに手を添える。
「おいし〜」
「それは良かった」
「この時間帯に食べるケーキは罪ね」
「太りそうだから?」
「うん。寝る前に体重を量らないと」
朝と晩に体重チェックするのは撫子ちゃんのルーティンである。
「もし将来結婚するなら、記念日じゃなくてもケーキ買ってきてくれる人がいいな」
「それって俺に催促している?」
「さあ、どうでしょうか」
撫子がいたずらっぽく笑う。
「もし太ったとしてもケーキのせいにするなよ」
「そこまで心が狭い女じゃない」
今度はしかめっ面になる。
「愛理くん、お口にクリームがついているわよ」
「いけね」
ゴシゴシする愛理。
「そう言う撫子ちゃんもクリームがついているけどな」
「やだ……恥ずかしい」
一瞬にして照れる撫子は本当に可愛くて、写真に残せないのが残念だった。
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