第55話 これが信頼の裏返しってやつか

 ケーキを買ってきた恩恵なのか、撫子はずっと上機嫌だった。

『今日学校で面白いことがあってね〜』みたいな話を聞かせてくれた。


 愛理は豚のしょうが焼きを一口ほおばる。

 おいしい、元気が出てくる味だ。


 撫子は料理する日とお惣菜を買ってくる日があって、前者はおおむね機嫌がいい。


「愛理くんは放課後、VRセックスしていたの?」

「まあね」

「相手は久慈先輩?」

「そうそう」

「お気に入りね。あと人と十回目くらいじゃない」

「相当に可愛がられている」


 怒るかな?

 ビクビクしながら視線を上げるが、撫子は穏やかな表情を崩さない。


「撫子ちゃんに怒られると思っていた」

「怒らないわよ。気持ちよくてコウノトリの中で寝落ちする日もあるでしょう。あっちの世界のベッド、高級感あるし」

「そうだね。ずっと住んでいたくなる空間だよね」


 豚汁も飲んでみる。

 久しぶりだ、普通においしい。


「ありがとう」

「ん?」

「ご飯を作ってくれて」

「今日の愛理くん、変なの。家事の負担は半々でしょう」


 逆の立場ならどうだろう。

 スーパーまで足を運んで、テキトーに冷凍食品を買ってきて、


『撫子ちゃんはどれが食べたい?』


 と聞いて終わりという気もする。

 手料理の方が喜ばれると知っていたとしても、だ。


 ご馳走様と手を合わせた時、お風呂場からメロディが流れてきた。

 お湯張りが完了したらしい。


「お風呂も入れてくれたんだ?」

「愛理くん、先に入りなさいよ」

「いやいや、申し訳ないよ。俺が食器とか洗っておくから」

「いいの?」


 当たり前の権利なのにわざわざ許可を求めてくる。

 理想のお嫁さんかよ、と内心でツッコミを入れた。


「一番風呂はあげる」

「愛理くん、やっさしぃ〜」


 優しいのはどっちだよ、とお箸をくわえながら思う。


 せっかくなので豚汁をお代わりしておいた。

 撫子はバスタオルを小脇に抱えてお風呂場へ向かう。


「やっぱり撫子ちゃん、俺のこと本気で好きなのかな?」


 夢ヶ崎から言われた話が気になる。


 残っている豚汁は別の容器へ移した。

 余熱を飛ばしてから冷蔵庫に入れておけば明日の朝食にできる。

 冷凍のうどん玉があるから豚汁うどんもアリだろう。


 スポンジに洗剤を染み込ませる。

 ご飯、おいしかったな〜、と思いつつ食器を洗っていく。


 ガスコンロの周りに汚れが溜まっている。

 雑巾を持ってきて一通りきれいにしておいた。


 するとシンクの汚れも気になった。

 専用のスポンジで磨いてから排水口のゴミも捨てておいた。


「あら、掃除してくれたの?」


 撫子がお風呂から出てくる。

 明日は水曜だから水色の下着を着ている。


「気になったら掃除したくなってね」

「へぇ〜、愛理くんってきれい好きよね」


 入れ替わりでお風呂場へ向かった。

 汚れた服を洗濯機に放り込む。


 チラリと中をのぞいた。

 撫子のショーツが目につく。

 さっきまで穿いていたピンク色のやつ。


 ちょっと触ってみたい。

 何なら匂いを嗅いでみたい。

 こんな欲求が頭をもたげるのも何回目だろうか。


「撫子ちゃんって家だとガードが甘いんだよな〜」


 これも信頼の証と思いつつ風呂場のドアをくぐった。

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