第54話 思いがけない優しさにドキッとする

 心地いい夢を見ていた。

 浜辺でゴロゴロしながら炭酸ジュースを飲む、そんな夢だった。


 ハッとして目を覚ます。

 慌ててコウノトリから飛び出す。


 外が暗い。

 もう二十時を過ぎている。

 隣のコウノトリをノックして寝ている初姫を叩き起こした。


「起きてください、久慈先輩!」

「あれ……?」


 初姫も時計を見てびっくりする。


「寝ちゃったの⁉︎」

「寝落ちしちゃったようです。あまりの快適さによって」

「やばばばば……」


 慌てて帰り支度を整えた。


「久慈先輩は門限とか大丈夫ですか?」

「私は何時でも大丈夫だよ」

「ですよね……」


 スマホを見た。

 撫子からたくさんメッセージが届いている。


『愛理くん、今日は遅いの?』

『ご飯はいる?』

『お〜い』

『メッセージに気づいたら連絡ください』

『とりあえず何か用意しておくから』


 二十分おきくらいに送られてきている。

 どうしよう、怒っているかな。


『ごめん……今から帰ります』


 ポチッと送信。

 愛理はクソ長いため息をつく。


 とりあえず初姫と一緒に校門を出た。

 途中の交差点で二人は別れる。


「じゃあね、愛理くん! 日和ちゃんに謝っといて!」

「あ……はい」


 ケーキ屋が目についた。

 小さいホールケーキを買っておく。


「謝罪にケーキってどうなのかな〜」


 ベタかな〜。

 まあ、許してくれなかったら一人でケーキを食うか。


「ただいま〜」


 恐る恐る玄関のドアを開ける。

 リビングに電気がついている。


 撫子はキッチンのところに立っていた。

 お鍋をぐるぐるかき回しつつ愛理の方を一瞥いちべつする。


「お帰り。今豚汁を温めているから」

「おう、ありがとう」


 テーブルの上には豚のしょうが焼きが並んでいる。


「もしかして俺の帰宅に合わせて焼いてくれたの?」

「火を通すだけだから。愛理くんの連絡を待ってから調理したわ」


 愛理の心臓がトクンと鳴った。

 考えるより先に撫子を後ろからハグした。


「ちょっと、愛理くん、危ないわよ。火を使っているのだから」

「撫子ちゃん、大好き」

「カメラ、カメラ。夢ヶ崎さんに見られちゃうかも」

「でも離したくない」

「もう、愛理くんったら。本当に私が好きなのね」


 撫子がガスコンロの火を止める。


「離しなさい。じゃないと頭から豚汁をぶっかけるわよ」

「はい……すみません」


 撫子の目がケーキの袋を気にする。


「あら? お土産?」

「罪滅ぼしってわけじゃないけれども……」

「ケーキなんて気が利くじゃない。記念日でもないのに」

「たまにはアリかなって思って」

「素直に嬉しい」


 撫子がニカっとはにかむ。


「ケーキはお風呂上がりに食べましょう。白米にのせるのは何がいい? 納豆と鮭フレークと味付け海苔のりがあるけれども」

「納豆にしようかな〜。生卵も一個もらおっと」

「は〜い」


 帰りが遅くなったのに文句一つ言わないなんて、撫子の美点をまた一つ見つけた気分だった。

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