第53話 愛理が好きな娘のタイプ

 ベッドの上で深呼吸していた。

 全身にたっぷりと汗をかいている。


 もちろん肌に浮いている水玉はバーチャル。

 リアルの体が脱水症状を起こさないよう、マシン内部は温度管理されている。


 しかし熱い。

 サウナ室みたいに体の芯がポカポカしている。


「えへへ……私って上手くなったでしょう」


 横にいる初姫が微笑んでいる。


「すごい成長速度ですね。物覚えがいいのでしょう」

「勉強は苦手なんだけどね〜」

「でも受験の年ですよね」

「ヘ〜キ、ヘ〜キ、私って看護師志望だし」

「ナースさんですか」

「進学するのは簡単で、入ってからが大変なんだよ〜」


 初姫は人当たりが良くて体力もありそうだから、きっと向いているのだろうな、と思ってしまう。


「愛理くんは将来何になるの? 理系の学部へ進んで研究者とか?」

「まあ、そうですね。VR分野とか」

「偉い、偉い」


 頭をナデナデされた。


「でも欲を言うと……」

「ん?」

「自分になりたい気もします」

「それって自分探し?」

「というより……」


 将来、サラリーマンになったとする。

 でも『サラリーマン=自分』じゃない。


 この国にサラリーマンは何千万人もいるし、サラリーマンの仮面をつけているのは平日の昼間だけ。


「俺の父親って分かりやすいのですよ。クリエイティブな仕事してますから。官能作家として二十五年活動していて、毎年一冊以上の本を出していて、息子と娘がいる。こんな日本人、一人しかいません」

「おおっ! ユニークな存在なんだ!」

「レアカードと一緒です」


 自分も変わった人生を送りたい。

 そんな欲求を伝えたらベッドの上で笑われた。


「え〜、愛理くんって女の子を抱きながら、そんなことを考えられるんだ」

「できますよ。タクシーの運転手が信号待ちの間、今夜はどの酒を飲もうかな〜、と考えるのと同じレベルです」

「ちょっと冷めているよね。そこが格好いいのだけれども」

「そうです。『冷めてる』と言われて喜ぶ年頃なのです」

「変なの」


 初姫と話していると、やっぱり歳上の女性だな、と思ってしまう。

 上手くリードされている気がする。


「俺って自分の話を他人にするの、そんなに好きじゃないのですが……」

「うんうん」

「久慈先輩相手なら話してみたいって思っちゃいます」

「この人たらし〜」


 頬っぺたをツンツンされた。


「私なら心を開けるってことでしょ?」

「はい、包容力がありますから」

「それってさぁ〜」


 初姫が口角を持ち上げる。


「日和ちゃんも包容力があるってことかな?」

「う〜ん……撫子ちゃんですか……」


 あまり考えてこなかった。


「確かに人としての器が大きい気がします」

「ふむふむ、愛理くんが好きな娘のタイプ、何となく分かっちゃった。何となくだけどね」

「嬉しそうですね」

「まあね〜」


 初姫はスイスイっと布団の中に隠れてしまう。

 猫みたいな人だな〜、と益体やくたいのないことを考えてしまう愛理であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る