第51話 監視カメラに向かって手を振る

 それから数日後の夜。

 夢ヶ崎から電話があった。

 一週間に一回くらい掛かってくるから怪しむような現象じゃない。


『はい、一条です』

『今ちょっと話せるかい?』

『作業している最中ですが、夢ヶ崎さんを優先します』

『いちいちムカつくね、君ってやつは』

『それで? ご用件は?』


 睡眠、食欲、メンタル等に変調はないか質問された。


『VRセックスの履歴を見ているでしょう。俺はいつだって元気なのです』

『そうだね。君は与えられたミッションを淡々とこなすのが得意だよね』

『バカっぽく見えて真面目なのです。公務員向きだと思いませんか?』

『君は飽きやすいだろう。たぶん向かないね』

『ありゃりゃ』


 本題はここから。

 愛理はルーズリーフを取り出してペンを握る。


『近くに日和さんはいるかい?』

『いえ、いません』


 撫子は入浴中だ。


『監視カメラで見張っているくせに質問するなんて、夢ヶ崎さんも意地悪ですね〜』


 監視カメラに向かって手を振っておく。


『最近の日和さん、何か変わったところはないか?』

『う〜ん、ないですね。相変わらずセクシーで可愛いですよ』

『そうかい』

『何か気になる点でも?』

『近頃、VRセックスの回数が落ちているんだよね。といっても若干ね』


 性交委員のシステムがスタートして以降……。

 VRセックスの回数で毎週トップを走ってきたのが撫子だった。

 しかし、直近は二位か三位に甘んじる週が続いているらしい。


『優勝が見えてきたからモチベーションにかげりが出たのでは?』

『そうだといいのだが……』


 夢ヶ崎の声は歯切れが良くない。


『レポートも気になる。一条くんと違って、日和さんはコピペみたいな内容が多くてね』

『効率を重視する子ですから』

『コピペ具合に拍車がかかっているように思える』

『モチベーションが落ちた、仕事で手抜きしている、と指摘したいわけですか?』

『というより……』


 コホコホと咳払いが聞こえる。


『日和さん、恋してないだろうね』

『えっ? 誰に?』

『いや、君だよ』

『それはないでしょう』

『でもパフォーマンスは明らかに下がっている。健康面に不安がないとしたら恋しかないだろう。日和さんから秋波を送られた心当たりは?』

『いやぁ〜』


 あるのか、そんなこと。

 あの撫子だぞ。


『別にね、性交委員同士で仲良くするのはいい。若い男女だしね』

『はい……』

『恋愛禁止にしているが、ほとんど建前だと思っている。バレないようにイチャつくなり、将来を約束するなり、そこは自由にやりたまえ』

『はぁ……』

『でもね、VRセックスできなくなったら分かるよね。最悪、コンビ解消もありえるから』

『…………』


 冷たいものが愛理の背中をツーっと走った。


『すまない、一条くんにアレコレ説教するなんて、釈迦に説法だったね。君は賢い男の子だから。すまん、すまん』


 ピッ! と切られた。

 愛理はあっけらかんとした顔でスマホの画面を睨む。


 ちょうど撫子が風呂から出てきた。

 上下の下着だけまとっている。


「あら? 誰かと話していたの?」

「ああ、夢ヶ崎さんだよ。いつもの定期連絡」

「寝不足や食欲不振で困っていませんか〜、みたいな」

「そうそう」


 撫子は冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。

 グラスの半分まで注ぎ、渇いた体に流し込んだ。


「どうしたの?」

「いや〜、撫子ちゃんってコンスタントに頑張るなって思って。中弛なかだるみとかしないの?」

「いちおうプロの娘だから。手抜きしないようにしている」


 いつもの撫子だ。

 迷いがなくて、プライドが高い。


「へぇ〜」

「もしかして愛理くん、何か悩んでいたりするの?」

「まあ、そりゃ……。進捗率百パーセントを達成したら、次はどうやってモチベーションをキープしようかな、とか」


 すると撫子がおっぱいを押し付けてくる。


「愛理くんらしくないわね。そんな小さい心配をしちゃうなんて」

「おう、悪い。ちょっと弱気だったな」


 ほんのり甘い香りが降ってきた。

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