第50話 ダメな部分を知りたい気持ち

「約束って覚えている?」


 愛理は紙ナプキンで口元をぬぐった。


「もちろんよ。愛理くんと付き合うやつでしょう」

「俺の進捗率、そろそろ九十パーセントだ」

「ゴールが視野に入ってきたわね」

「確認しておきたいのはね……」


『もし愛理くんが進捗率百パーセントを達成できたら結婚を前提に付き合ってあげる』

 そういう約束だった。


 知ってる。

 あれは折れそうな愛理のモチベーションを支えるための甘言。


 撫子は頭がいい。

 優しい嘘だって吐くだろう。

 舌先で愛理をだまして……というオプションもありえる。


「まずね、俺は撫子ちゃんに感謝している。あの日の後押しがなかったら、今日の俺はありえなかった。応援のお陰で頑張れた」

「うんうん」

「だからね、あの日の約束が場当たり的な嘘というか、俺を焚きつけるためのニンジンと言われても恨みはしない。むしろ感謝している」

「へぇ〜」

「その上で伝えておくけれども……」


 愛理は背筋を正す。


「マジで君を妊娠させたいと思ってしまう。動物としての本能がそう言っている。これが俺の赤裸々な本音」

「結婚とかすっ飛ばして妊娠なんだ?」

「というか、撫子ちゃんが将来妊娠するとして、その子の父親が俺じゃなかったら発狂する」

「ぷっ……」

「俺ってバカな男だから。そこまで想像しちゃうんだよね」


 撫子の顔面には『うわっ⁉︎ キモっ〜!』という感情がありありと浮かんでいる。


 でも後悔はない。

 自分を偽っても仕方ないだろう。


「俺ってキモい。それは認める。だからこのキモさを受け入れてほしい。そう願ってしまう。とてもエゴな感情だけれども」

「つまりキモい部分も好きになってほしいの?」

「そうそう」


 撫子は考え込んでいる。


「撫子ちゃんに『キモっ⁉︎』て言われるの、少し嬉しかったりする。勘違いしてほしくないのだけれども、他の女子から『キモっ⁉︎』と言われても嬉しくない」

「私に理解されることが嬉しいの?」

「そうそう。俺に対する理解度が深まるから『キモっ⁉︎』てなるわけだろう」

「愛理くんって中々にマゾね」

「よく言われる」


 愛理はテーブルにひじをついた。


「撫子ちゃんにもキモい部分があるだろう。自分でキモいと思っている部分」

「まあ……人並みには……」

「それを俺が『キモっ⁉︎』て指摘したらどう思う?」

「まあ……そうね……認めるしかないわね」

「他の女子が『キモっ⁉︎』て指摘したらどう思う?」

「泣かせてやりたくなる」

「だろう」


 少し離れたところに女子高生の二人組が座っている。

『私って本当に部屋の掃除が苦手でさ〜』みたいな話をしている。


 自分のダメな部分を知ってもらいたいのは、好き感情の裏返しじゃないだろうか。


「愛理くんって、私のキモい部分を知りたいの?」

「あるなら教えてほしい。俺だけが知っている秘密がほしい」

「そうね……」


 撫子が急に照れた。

 これは非常に珍しい現象だ。


「私ね、この前にチーズタッカルビを食べたの。コンビニで売っていたやつ」


 鶏肉と野菜を大量のチーズと一緒に炒めた料理だ。


「溶けた山盛りのチーズを混ぜるとネチャネチャするでしょう。ああいう食べ物を見ていると、とてもエッチな気分になる。これは愛理くんが理解できない感情じゃないかな」

「撫子ちゃんってチーズフォンデュにも弱いってこと?」

「ホントそれ。愛理くんの前だと食べられない」


 撫子は両手でコーヒーカップを持ち上げると、恥じらう表情を隠すように口まで運んだ。

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