第45話 二人分の荷物を背負っている理由

 けっこう昔『お兄ちゃん、結婚しよ!』と心菜からお願いされたことがある。

 愛理も無邪気だったから『いいぜ』と返した。


『兄妹は結婚できない』を知らなかったわけじゃない。


 ずっと二人で一緒に暮らす。

 それは結婚と同等じゃないか、と思ったりした。


 そんなある日……。

『やっぱりお兄ちゃんとは結婚しない!』と心菜が言い出した。

 兄としては寝耳に水だった。


『急にどうした? 俺のことが嫌いになった?』

『そうじゃないけれども……』

『だったら何だよ?』

『お兄ちゃんを独り占めしたらダメだと思う』

『へぇ……なんで?』

『お兄ちゃんは心菜の理想なの! だから理想のお嫁さんを見つけるの! 妹に甘んじているようなお兄ちゃんは理想のお兄ちゃんじゃないの!』

『その発想はなかったよ』


 好き。

 だから距離を置く。

 そんなロジックらしい。


 理解できない現象じゃない。

 生まれて初めてジレンマの四文字を学んだ。


『分かった。理想のお嫁さんを見つけてくる』


 その日から愛理の旅は始まった。

 二人分の荷物を背負っちゃうのも悪くない気がした。


 ……。

 …………。


 時間とは甘美なものだ。

 妹の体つきが段々と大人になっていく。


「もしかして心菜、少し痩せた?」

「逆だよ。少し太ったかも」

「おい、以前はどんだけ細かったんだよ」

「昔は一日一食だったかな。最近は一日一食半食べるようにしている」

「半って何なの? チョコバーみたいなやつ?」

「そうそう」


 ここは電脳空間である。

 二人の体はベッドの上にある。


「こっちの空間の肉体って、単なる電子データなんだよね?」

「そうだが……」

「血液が流れていないってことは、私とお兄ちゃんが兄妹であることを示す証拠は何一つないってことかな?」

「そうなるな。遺伝子情報とか、こっちの世界じゃ関係ないしな」


 愛理は操作メニューを開いた。

 新しく実装されたモジュールがある。


「新機能だ。心菜相手に使ってもいいか?」

「うん、お願い」


『擬似妊娠』である。

 他の女子には試せないが、相手が心菜なら問題ないだろう。


 アイコンをタップする。

 ガウンをまとった心菜のお腹がみるみる膨らんでいく。


「すごい、すごい。本当に妊娠しているみたい」

「歩く時は気をつけろよ。本当に重いから。バランスを崩しやすい」

「赤ちゃんが宿っているみたい。大切にしないと」


 妊娠八ヶ月のレベルを模している。

 部屋をぐるりと一周する心菜は楽しそうだ。


「今すごい幸せな気分」

「お母さんになっちまったな」

「うん! 絶対に叶わないはずの夢が一個叶った!」


 これも技術が進化した賜物たまものといえよう。


 ベッドに戻ってきた心菜が甘えてくる。

 愛理にお腹を触ってほしいらしい。


「ねぇ、赤ちゃんの鼓動とか分かるかな?」

「どうかな。そこまでリアルに再現されていないと思うが」

「お兄ちゃんとの子供だよ〜」

「楽しそうだな」


 かくいう愛理もちょっぴり感動している。

 父親になるってこういう気分なんだな〜、みたいな。


「お腹が大きいとスタイルが悪く見えちゃうかな?」

「いや、心菜はいつだって綺麗だぞ」

「もうっ!」


 心菜が膝の上に乗ってきたので頭をヨシヨシしてあげた。

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