第44話 お兄ちゃんさえいればいいもん

 カッキーン! というバッティング音が響いてきた。


 ここは学校である。

 野球のユニフォームに身を包んだ生徒らが練習に精を出している。


 サッカー部がパス練習していた。

『一体、彼らは生涯で何回ボールを蹴ってきたのだろうか?』と無意味なことを考えてしまう。


 その中の一人が愛理に気づいた。


「ようっ! 一条!」

「日曜なのにやる気だな」

「そういうお前こそ」


 男子が後ろにいる心菜を気にする。


「日和さん……じゃない?」

「全然違うだろう」

「もしかして他校の女子?」


 愛理はやれやれとため息をついた。


「離れて暮らしている妹だよ」

「えっ⁉︎ 一条って自分の妹ともヤっているのか⁉︎」


 その大声にたくさんの生徒が反応する。


「しかも可愛い! 何歳⁉︎ 俺に紹介してくれ!」

「悪いことは言わない。こういう女の子に惚れるのはやめておけ」


 恥ずかしがり屋の心菜はサッと隠れてしまう。


「兄妹でVRセックスやるってマジか⁉︎」

「一条すげぇ!」

「大声出すなって。心菜が怯えるだろうが」

「心菜ちゃんっていうのか⁉︎」


 兄が言うのもアレだが心菜は男子からモテる。

 幸薄そうなオーラが男心をくすぐるせいだ。


「心菜は俺の助手なんだよ。今日はコウノトリのアップデートがあるんだ」


 これは本当である。

 夢ヶ崎にもそう説明して心菜を学校へ連れていく許可をもらった。


「日和さんという嫁がいながら……」

「可愛い妹も手懐けているのか⁉︎」

「一条、半端ねぇ……」


 シャツをつかんでくる感触があった。

 人見知りのせいでガチガチに緊張している心菜だった。


「わりぃ、急いでいるから」


 兄妹で手をつなぎ強引にその場を離れる。


「あわわわわわっ⁉︎」


 若干バランスを崩す心菜の顔は赤い。


「思わず助手って言っちゃったよ。心菜助手」

「別に……。助手でいい……」


 来客用のロビーから入った。

 二人分のスリッパを取り出して、片方を心菜の前に置いてあげる。


「何だ? 学校に緊張しているのか?」

「いや……知らない男の人から急に声をかけられたから」

「それだけ心菜が可愛い証拠だろう」

「…………もん」

「ん?」

「可愛くなくていいもん。お兄ちゃんさえいればいいもん」


 愛理は足を止めた。

 むにゅ、と心菜の頬っぺたをサンドイッチみたいに挟む。


「俺も心菜がいればいい。可愛くなくてもいい。寝不足でもいい。そう思うぞ」

「お兄ちゃん……」


 心菜がはにかんだ。


「生きる理由をくれてありがとね」


 この子にとって愛とは生きる理由らしい。

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