第37話 もしかして惚れちゃった?

 八重と一緒にお店を巡った。


「どっちの色がいいかな」

「う〜ん、悩ましい」


 恋人みたいな会話もたくさん交わした。


『これって浮気じゃないのかな〜』と思ったけれども、誘ってきたのは向こうの方だし、八重はメチャクチャ美人だし、周りからチラチラ注目されるので悪い時間ではなかった。


「ちょっと八重ちゃん、胸が近い」

「わ〜ざ〜と〜だ〜よ〜! ていうか、ようやく八重ちゃんって呼んでくれた!」

「あっ、しまった」


 学校にいる時のクセが出てしまった。

 一条愛理、一生の不覚である。


「でも愛理くんと呼ばれた方が嬉しいでしょう」

「それは否定しない」

「それとも愛理がいい?」

「う〜ん……呼び捨てか」


 いかん、いかん。

 八重のペースに乗せられている。


「一条くんでお願いします。マジで。切実に。撫子ちゃんから不倫罪に問われる」

「えっ〜、不倫罪とかあるんだ⁉︎」

「俺のせいで撫子ちゃんと九十九さんが不仲になったら嫌だろう」

「あっはっは! 何それ!」


 八重が今日一番の笑顔をくれる。

 やっぱり美人は笑っている時が一番かわいい。


「それより次の店は? この階だっけ?」

「そうね」


 八重がとあるテナントを指差す。

 全体的にピンクテイストのお店だ。

 まさかの女性向けランジェリーショップである。


「一条くんって女性の下着屋に入りたくないタイプ?」

「いや、むしろご褒美です」

「ぷっ……」


 手玉に取られている自覚はある。

 でもセクシーな下着は目の保養なのである。


「また胸が大きくなっちゃってさ〜」

「出ました! 巨乳アピール!」

「撫子ちゃんも言わない?」

「撫子ちゃんの場合はね、教えてもらう前に俺から指摘するね」


 胸の弾力がアップしているぜ、と。


「ちょっと! 一条くんって本当に変態ね!」

「好きな子を常に観察していると言ってほしいな」

「ふ〜ん」

「何だよ?」

「同じ性交委員でも真実とは違うと思ってね」

「ああ……あいつは真面目そうだしな」


 バタバタと足音が迫ってきた。

 八重の腰に手を回して、こっち側に引き寄せる。

 さっきまで八重が立っていたところを子供が駆けていった。


「子供は前を向いて走らないから。危なかった」

「あ……ありがとう」

「どうしたの、九十九さん。顔が赤いよ。もしかして俺に惚れちゃった?」

「ッ……⁉︎」


 八重がデレデレを引っ込める。


「これだ! 撫子ちゃんが言ってたやつ! 一条くんが学園で嫌われている理由って!」

「ああ、自分で良い男アピールするから? まあ、女子からしたら気に食わないでしょうね」

「どうして自分でアピールするの? 今時そういうのデメリットしかないよね」

「そりゃ……」


 愛理は自分に親指を向ける。


「俺って将来、撫子ちゃんの旦那になる男なので。当然、良い男に決まっているでしょう」

「うわっ、クサッ! これはクサッ! 人生で一番クサッ! 久しぶりにドン引きした!」

「いやいや、メッチャ良いこと言ったでしょ?」

「もうねぇ……」


 八重は笑いすぎた反動でケホケホとむせる。


「一条くんって才能があるよね。他人の心に爪痕つめあとを残しちゃう才能。そういうところ、真実とは大違いだな」

「真実から俺に乗り換えてくれてもいいんだぜ」

「扱いが難しそうだから絶対にヤダ」


 ガーン。

 冗談で言ったのに。

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