第28話 一回好きって言うたびに……

 それから数日後。

 体育館で全校朝礼があった。


 ステージに立っているのは吉川恵だ。

 今日も眼鏡におさげ髪の組み合わせである。


「生徒会からの報告は以上となります。最後にもう一点。ご存知の方もいると思いますが、実は私、VRセックスのレクチャーを受けてきました」


 突然のカミングアウトに場がざわつく。


「安心安全でした。有益な知識も得られました。VR空間に感動しました。つまりですね……」


 恵はわざとらしく咳をする。


「思っていたより悪くなかったです。以上」


 男子たちはほうけた顔になる。

『おい、一条、会長に何やったんだよ?』という声も。


 穏やかじゃないのは『VRセックス指導は死んでも受けない!』派の女子たち。


 珠莉と目が合った。

 バツが悪そうな顔をしている。


 これで風向きは変わった。

 アンチたちは精神的支柱を失ったのである。


 ……。

 …………。


 その夜。

 愛理は家でレポートを作成していた。


 少し眠い。

 コーヒーを一口飲み、眉間のあたりを揉む。


「最近、頑張っているじゃない」


 撫子が背後から絡んでくる。

 鼻を突くのはお風呂上がりの香り。


「まあね。勝負時ってやつかな」

「その報告書、吉川恵のやつかしら」

「そうだけれども……」

「随分と入念ね」


 愛理はもう三十分くらいファイルをいじっている。


「まあ、何というか、苦労した分ちゃんと書いておこうかなっと」

「ふ〜ん、充実した時間を過ごせたみたいね。彼女のトラウマにも触れてきたんだ?」

「意外だと思った?」

「まあね」


 愛理たちはVRセックスが専門。

 心の悩みに踏み込まないことが推奨されている。


 メンタルを病むからだ。

 精神クリニックのお医者さんが精神的にキツいのと一緒。


「吉川恵は特別だった。トラウマを理解しないと絶対に心を開いてくれないと思った。俺なりにベストの選択をしたつもりだ」

「愛理くんが処方箋になってあげたわけね」

「行き過ぎたサービスだと思う?」


 撫子の匂いが強くなる。

 耳たぶを甘噛みされた。


「私だけを見てほしいな。愛理くんには」

「それ、本気で言ってる?」

「もちろん」


 撫子の髪がうなじに触れてこそばゆい。


「私が好きなのは愛理くんだけよ」

「ありがとう。俺も君だけを愛してる」

「でも吉川恵とヤッた時、征服感で満たされたでしょう」

「それは男の生理現象だから……」


 仕方ない。

 そう告げようとしたら手で口を塞がれた。


「もし愛理くんが他の女に惚れたら……」

「むがむが?」

「私、死にたくなっちゃうかも」

「むがっ⁉︎」


 知っている。

 撫子ちゃんの冗談だ。

 死ぬ死ぬ詐欺さぎみたいなやつ。


 たまに愛理を困らせてくる。

 愛の深さを測るみたいに。


「どう? 分かった?」


 手が浮く。

 ようやく新鮮な空気を吸わせてもらう。


「分かったよ。他の女性には惚れない。その代わりお風呂から上がったばかりの撫子ちゃんのわき、俺にクンカクンカさせてよ」

「え〜、どうしよっかな〜」


 そう言いつつロングTシャツを脱ぎ捨てる撫子。


「一回好きって言うたびに十秒嗅いでいいよ」

「好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き……。これって無限に『好き』を続けたら無限に嗅げるってこと?」

「さすが愛理くん。いつも期待を裏切らないわね」

「お互い様だろう」


 撫子とバカやっている時間が一番楽しい。

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