第25話 無限なる心のキャパシティ

「えぇぇぇぇぇぇぇッ⁉︎」


 恵の絶叫がメタバース空間を震わせた。


「どうしました?」

「ごめん! 私の聞き間違いかな⁉︎ 興味あるの⁉︎ 好きな子のそういう姿に⁉︎」

「当然じゃないですか。撫子ちゃんに関することなら俺は何でも知りたいです」

「でもでもでも⁉︎ 他の男子とヤッているんだよ⁉︎」

「それも彼女の一部でしょう」

「そうかな〜」


 恵は承服しかねる顔つきだ。


「アレかな。一条くんって心のキャパシティが大きいのかな」

「いや、普通でしょう」

「絶対に普通じゃない!」

「結論ありきですか」


 そんな話をしている内にラブホテルに到着した。


 愛理はオレンジジュースを二つ持ってくる。

 恵をラウンジに座らせて、片方をテーブルに置いてあげる。


「そういう会長だって普通じゃないですよね」

「私のこと、堅物って言いたいわけ?」

「そうじゃなくて……」


 クラゲ水槽のネオンがブルーからピンクに切り替わり、恵の横顔を照らした。


「母子家庭じゃないですか?」

「ああ……調べたんだ」

「会長って俺たちにとって最大のアンチでしたから」


 絶対に何か事情があるはず。

 大きなトラウマを抱えているとか。

 それだけの話。


「どこまで知っているの?」

痴情ちじょうのもつれで両親が離婚したことくらいは」

「そうなんだ……まあ、別に隠すほどのことじゃないか」


 恵は若干ヘラ気味に笑った。


「会長は男性が苦手というより、男性に対して不信ってやつですかね」

「まあね。私のお父さん……といっても最後に会ったの五年くらい前だけれども……外面はいい人だったから」

「俺を見ていると父親を思い出すと? 撫子ちゃんを見ていると不倫相手を思い出すと?」

「分かっているよ。世の中の九割くらいは善人。頭おかしい人は残り一割だって」


 親の血が自分にも流れている。

 つまり似たミスを犯すのではないか。

 子供として自然な感情という気がする。


「会長は一生恋とかしない側の人間ですか?」

「というか無理でしょう。親があんな形で離婚したら。始まる前から幻滅している」

「とか言いつつ胸の深いところでは運命の出会いを期待しちゃっている?」

「うわっ⁉︎ 一条くんってムカつく!」

「よく言われます」


 好きとムカつくは紙一重だったりする。

 時と場合によるが……。


「もう一個だけ聞いてもいいですか?」

「はぁ……何でも聞いちゃって」

「会長が許せなかったのって、一時の気の迷いに走った父親ですか? それとも土下座して謝る父を許そうとしなかった母親ですか?」

「一条くんって本当にムカつくね。どうして分かっちゃうのかな。一番恥ずかしい部分なのにさ」


 泣き出しそうな笑顔が何より雄弁な答えだった。

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