第24話 俺の知らない撫子ちゃん……

 愛理はコスチュームを燕尾服に切り替えた。


 これが一番慣れている。

 パーティー用の服装だし女性をエスコートしたくなる。


「会長もおしゃれな衣装に着替えますか。ムード作りってやつです」

「私、こういうの分からないから。適当に選んでよ」

「じゃあ、セクシーなチャイナ服で」


 スリット深めのドレスを着せてあげた。

 野暮やぼったい眼鏡も外して、髪は後ろでアップに束ねておく。


「ほら、美人さんの完成」

「うっ……」


 姿見鏡を出してあげた。


「恥ずかしいってば……」

「でも見違えるほど色気が出たでしょう」

「私、本当にこういうの苦手で……」


 恵は俗にいう隠れ美人というやつだ。

 眼鏡、おさげ髪、性格のせいで過小評価されている。

 もっとも本人は意図して地味キャラを演じているだろうが……。


「制服に戻しましょうか?」

「別にいいわよ。ファンタジー世界なのに学生服は変でしょう」


 満更まんざらでもなさそうな恵。


「会長ならそう言ってくれると思いました」

「まったく……調子がいいんだから……」


 エスコートして例の『宿屋』まで連れていく。


「ねぇ、一条くんって日和さんのことが好きなの?」

「はい、好きですよ」

「それって真剣に恋しているという意味?」

「もちろんです」

「これは最大の疑問なのだけれども……」


 恵の足が止まる。


「一条くんには好きな女性がいる。なのに……VRとはいえ……たくさんの女生徒と性行為に及んでいる。それって不貞に当たらないかしら」

「いえ、当たりません」


 愛理はキッパリと否定する。


「理由は二つありますね」

「はぁ……二つ?」

「俺と撫子ちゃん、まだ付き合っていませんから。何をやっても自由でしょう。干渉する方が変ってやつです。これが理由の一つ目」

「そうかしら……。まあ、リベラルの範疇はんちゅうかもしれない」

「撫子ちゃんは多数の男子とVRセックスに励んでいます。だから俺も女子とのVRセックスに励むべきです。それが対等な関係ってやつでしょう。これが理由の二つ目」


 納得できないのか恵の口元がまごつく。


「違うの! 私が知りたいのは……そうじゃなくて……」

「すみません。コミュ障が炸裂しちゃいましたね。ドン引きさせたなら謝ります」

「え〜とね、一条くん」


 眼鏡のブリッジを持ち上げるように恵は眉間にタッチした。


「一条くんはどうなの? 嫌だな〜とか。けちゃうな〜とか。ネガティブな感情にとらわれないの?」

「それって撫子ちゃんに対して? それとも男子生徒に対して?」

「どっちもだよ。だって一条くんの知らない日和さんがいるかもしれない」

「う〜ん……」


 愛理は青空の一点を見つめる。

 本当にリアルだな、と感心する。


「ないですね。というより今日まで想像してきませんでした。撫子ちゃんがヤッているシーンは。言われてみると不思議です」

「はぁ〜。一条くんって割り切りが凄いというか、ちょっとした矛盾を内包しているよね」

「そうかもしれません。でも見てみたいな〜」

「えっ?」

「撫子ちゃんがどんな声で鳴くのか。どんなエロ顔を浮かべるのか」

「一条くん⁉︎ 頭は大丈夫⁉︎」

「だって撫子ちゃんに関することなら全部知りたいじゃないですか」

「…………」


 二人の横を子供の笑い声が通り抜けた。

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