第19話 正論パンチが効いちゃった

「こんなの、不正よ!」


 横からクレームが飛んできた。

 やかましい声の主は珠莉だった。


 愛理と恵に注がれていた視線が一斉にスライドする。


「不正?」

「一条! ズルしたでしょう! じゃないと総合一位なんて変だわ!」

「決めつけるのは良くないぜ、神田さん。あと声がデカけりゃ有利になると思ったら大間違いだ」

「こいつ……いちいち腹が立つ! 人を小バカにしやがって!」

「正論パンチが効いちゃったよ」


 珠莉は何かに似ている。

 キャンキャン鳴く小型犬とか。

 虎とか獅子ライオンが相手でも吠えちゃいそう。


「言葉を返すようですがね」


 愛理はおどけるように腕を広げた。


「別に証拠があるわけじゃないでしょう。ていうか、存在しないよな。イカサマなんて神田さんの妄想なのだから」

「口では何とでも言えるでしょう!」

「それは俺のセリフだね」


 愛理は詰め寄る。

 ビビった珠莉が後ずさりする。


「神田さんの席、俺の斜め後ろだったでしょう。不正をやっていたら一発で発見できたよね。俺は怪しい動きをしていましたか?」

「それは……その……」

「言ってみぃ〜」


 愛理は鬼畜顔を近づける。


「この人、テスト中に上体をクネクネよじっていました!」

「あれは眠かったんだよ」

「あと首の後ろを親指でバキバキやっていました!」

「あれは眠気覚ましのマッサージです」

「テスト中に変な独り言……セックスしてぇ……とか呟いていました!」

「なっ⁉︎」


『うわぁ!』

『キモッ!』

『マジで死ね!』といったアンチ一条コメントが女性陣の口から飛び出す。


「しゃ〜ね〜だろ! 本当にしたかったんだよ! セックス! sixとsexのスペルを書き間違える男子の気持ち、女子には一生分からねえだろうな!」

「開き直るな! このヘンタイ!」

「ぐぬぬ……」


 おっと、いかん。

 頭に血がのぼってしまった。

 チワワ女子、珠莉のペースに乗せられている。


「とにか〜く、俺は無罪なのです。神田さんの言いがかりは一歩間違えればイジメでしょう」


 周りの男子から、そうだ! そうだ! と援護射撃が飛んでくる。


「どうする? 納得できないなら職員室へ行く? 先生に直訴しちゃっても別にいいんだぜ」

「いや……職員室は……」

「だよね。神田さんにとってデメリットが大きいもんね。もし訴えが成功しても順位が一個繰り上がるだけだし」


 ぐうの音も出ない珠莉は唇を噛む。


 勝ったな、と思う。

 勉強でも口論でも勝った。

 クラスメイトを痛めつける趣味はないが、向こうから仕掛けてきたのだから正当防衛だろう。


「もうやめて!」


 それまで黙っていた恵が大声をあげる。


「私の負けです。実力で一条くんに負けました。潔く敗北を認めます」


 おさげ髪がだらりと垂れる。

 クールな生徒会長の面影はない。


 一部の男子たちは下卑げびた笑いを浮かべた。

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