第6話 ロクデナシ男の条件
建物に一歩入るなり佳純は目を丸くした。
「あれ? 今度は日本の景色だ」
「実在するラブホテルをモデルにしています」
「ラブ⁉︎」
頬っぺたが一気に赤くなる。
「利用されるのは初めてですか?」
「当たり前だよ!」
小さなラウンジがある。
大人向けグッズの自販機、フリーの紙コップドリンク。
ネオンが眩しい水槽ではクラゲの群れがゆったり泳いでいる。
「こっちの世界にも飲み物があるんだね」
「試してみますか。味の濃いコーヒーがお勧めです」
愛理は二人分のホットコーヒーを淹れて片方を差し出した。
「温度は
「ふ〜ん……」
佳純はまず匂いを嗅いで、それから口をつける。
「あっ⁉︎ 本物のコーヒーを飲んでいるみたい!」
「これも電気信号です。藤宮先輩の脳みそはコーヒーを飲んだと錯覚しますが、実際に何かが喉を通ったわけではありません」
「おもしろ〜い。これってお寿司とかステーキ肉を食べたりできるの?」
「研究中ですね」
実装されている味は、緑茶、紅茶、コーヒー、ココア、オレンジジュース、コーラ、乳酸菌ドリンクの七種類。
「コーラも飲んでみますか」
「どれどれ…………」
一口飲んだ佳純は激しくむせた。
「けっこう炭酸が強い!」
「開封したてのコーラと同等です。メタバース空間ではコーラの炭酸が抜けません」
「私は炭酸弱めのやつが好きかも……」
遊びは程々にしてフロントへ案内した。
うら若い日本人女性が立っている。
「この人もNPC?」
「そうです。瓜二つの女性が実在します。コウノトリの研究に協力してもらっているAV女優の方です。バリバリの現役で芸名は……」
「その情報は要らないよ!」
ちょこんと脇腹を小突かれた。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてですか?」
「いえ、一日も欠かすことなく通っています」
「いつも
プランは二種類ある。
三時間だけの休憩コース。
翌朝までの宿泊コース。
「休憩コースでお願いします」
「どのお部屋になさいますか?」
こっちは三種類ある。
上から順にデラックス、スタンダード、ベーシックだ。
当然デラックスにしておいた。
「ごゆっくりお
ルームキーを受け取る。
「どのラブホテルも同じ流れです。前精算か後精算か、ちょっとした違いはありますが」
「一条くんは格好いいな。淡々と手続きしてくれるから」
「いやいや、ラブホテルに慣れているのはロクデナシ男の可能性が大きいでしょう。俺が言うのも変ですが。そいつは女遊びに慣れています」
「あれ? そっか。そうなるよね……」
エレベーターの中で佳純が考え込む。
「藤宮先輩は来年、大学生ですよね。そう遠くない将来、ラブホテルを利用する機会があるかもしれません。サークルの先輩やバイトの先輩と」
そのシーンを想像したのか佳純が恥じらう。
「ラブホ慣れしている男が格好いいとか、相当デンジャラスな思考ですから。こいつは一条愛理と同じ匂いがする。そう思ったら百二十パーセント警戒することをお勧めします」
「あはは、一条くんって優しいな」
「いや、真逆だと思いますが」
ピコンと電子音がしてドアが開いた。
「性交委員なんて存在を知った時はビックリしたよ。でも一条くんみたいな男の子が選ばれたのなら納得かも。さすが日本政府の指名を受けた人だよね」
「はぁ……」
小首をかしげる愛理であった。
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