第4話 夢のメタバースですから

 大きな卵型の機械が四つ。

 サーバ室を思わせる空間に置かれている。


「これがコウノトリ……」


 佳純の手が純白のボディに触れる。


「アクティブ状態になっています。この中に日和撫子が入っています」

「ひぇ⁉︎」

「大丈夫ですよ。彼女の意識はメタバース空間にありますから。プッシュ通知で俺が部屋にやってきたことは伝わっています」


 愛理は小窓を指差す。


 ガラスの向こうに撫子が座っている。

 フルフェイスヘルメット型のVRヘッドセットを装着しており、その表情までは分からない。


「あの……これって……日和さんは今……」

「隣の彼にレクチャー中ですね。急に声を出したり体が動くことはありません。向こうの世界でジャンプしても天井に頭をぶつける心配はありません」


 愛理は側面のパネルを操作した。

 撫子の顔写真と四十八個のパラメータが表示される。


「脈拍、心拍数、機内の気温、湿度、酸素濃度、CPU、メモリ、レイテンシ等々の情報です。専用回線で政府のセントラルシステムに接続されています。二十四時間体制で監視しているのです」

「すごい……SF映画に出てくるやつだ」

「夢のメタバースですから」


 心電図のグラフに『ビクンッ! ビクンッ!』と大きな波が走った。

 お楽しみだな、撫子ちゃん。


「感情が筒抜けです。外から観察する分には面白いです」


 佳純がクスリと笑う。


 仮想プラットフォームを利用した亜居住空間の創出。

 そのために日本政府と大手ゲームメーカー、電機メーカー、医療機器メーカーの四者が心血を注いだプロジェクト。


『コウノトリ・システム』


 課題は二つある。

 いかに生身に近い感覚を再現できるか。

 複雑な動作を百パーセントまで反映できるか。


 VRセックスは通過点の一つに過ぎない。

 もう少し技術が進めば、サッカーのように激しいスポーツだったり、FPSゲームのように凝った世界が楽しめる。


「俺がVRセックスを体験してほしい理由は色々ありまして……」


 愛理はスリープ状態のコウノトリ二台を起こした。


「けっこう感動しますよ。向こうの世界で歩いたり寝転がったりするのは。一部の研究者しか入れない空間です。有名な実業家さんでしたっけ? 二千万円くらい出資して先行体験した人がいますけれども……」


 機械の声で『ようこそ、コウノトリ・システムへ。フルアクティブモードへ移行します』と告げられる。


「あと何年くらいしたら世間に普及するのかな?」

「一般家庭に普及するのは早くて七年後と言われています。個人的には十五年くらい要すると思っています」

「十五年⁉︎」

「量子コンピュータの低価格化には、半導体のブレイクスルーが必要らしいです」

「はぁ〜。私はオバちゃんだね」


 佳純がコックピットの中をのぞく。

 二つの瞳は宝石みたいにキラキラしていた。

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