第13話

 東に向かってウィリアムとアイリスは飛んでいる。西に沈む太陽が、どんどんと遠のいていた。


 透明化の魔法は一度使えば効果が持続し、解除するまでは魔法発動時のオド消費だけで済むが、飛行の魔法は飛んでいる最中もオドが減っていく。発動時にもそこそこオドを使用し、更に毎分ゴブリンの魔石0.5個程度のオドを使用するのだ。あまりオド効率が良い魔法とは言えないだろう。

 それでも、どこに転移されるか分からない転移魔法を使うよりはよっぽど安全だ。安全だからこそ、効率が悪いと分かりながら使用した魔法だったが、今世では感じたことの無いほどオドがみるみる消費されていき、ウィリアムは思わず肩を震わせた。


 黙っていると減り続けるオドが気になって仕方ないので、ウィリアムはアイリスに話を振る。


「そういえば、アイリス殿下は何故その若さで政務をなさっているのですか?」


「私は私に出来ることをしているまでです。もちろん王族としての勉強も行っておりますが、ノブレス帝国は女王族の立場は低いので花嫁修業くらいですし⋯⋯。

 時間もそれなりに余裕がありますので、少しでも帝国民の為になることをしたいのです」


「それは立派ですね⋯⋯!」


「そんな事、ありませんよ⋯⋯。⋯⋯そうですね、昔こんな事があったのです」


 アイリスは、ウィリアムに自分の過去を語り出した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ノブレス帝国の王族は、優秀だが苛烈だ。代々皇帝には男子が就く決まりとなっており、女子は政治の道具として使われることが定めだ。男子は互いに王座を巡って争い、女子はより良い先に嫁げるよう互いを蹴落とし合う。


 幼きある日、第一王子であるロイ・ゼノア・キャレットと王宮で出会ったアイリスは、ロイに庭に咲いていた綺麗な花を見せて笑顔を向けるが⋯⋯。


「ロイお兄様!見てください、お庭にこんな綺麗な花が————」


「アイリス、どけ。私は忙しい。お前たち女のように、私たち男は暇では無いのだ。少しは私の役に立つよう働いてはどうだ?」


 ロイは常にアイリスに冷たい。いや、正確には兄弟全員に対してこのような態度を取る。


 また別の日、第二王子であるレックス・ノ・キャレットに対して話しかけた日も。


「レックスお兄様、今日はお天気が良いですよ!一緒にお散歩でも————」


「⋯⋯」


「あっ、レックスお兄様————」


「チッ、ついてくるな気持ち悪い」


 無視され、付いてこようとすれば舌打ちと共に罵声が飛ぶ。


 また別の日、第一王女のニコル・リア・キャレットに話しかけたが。


「ニコルお姉様、おはようございます!本日も大変お美しいですね!」


「当たり前のことをわざわざ報告しなくて良いわ。私に媚びを売って何にもならないわよ、媚びを売るなら陛下か兄上達にしなさい」


 ニコルもアイリスの相手はしてくれなかった。同じように、弟や妹に話しかけても同じように扱われてしまう。アイリスは、ただ家族で仲良くしたいだけなのに。


 アイリスは、そんなノブレス帝国の王宮暮らしが嫌で嫌で仕方が無かった。皇帝である父以外に優しくしてもらった事は無く、皇帝は政務で忙しく謁見する事も中々叶わない。皇帝を除けば、優しくしてくれるのは平民の使用人たちだけだ。


「アイリス様〜待ってください〜!」


「あははは!ほら、こっちこっち〜!」


「はっはっはっは!ほらエリック、アイリス様に負けるようじゃ今晩の飯抜きだぞー!」


「えぇ〜っ!?ちょ、ちょっと勘弁してくださいよぉ〜!!」


「あははは!エリック、早く捕まえてください〜!」


 使用人が遊んでくれる時だけは、アイリスも一人の女の子として笑うことが出来た。もちろん、他の王族に見られては不敬罪に問われる可能性が高いためこっそり遊んでいたが。


 ある日、アイリスは使用人であるエリックの家族が住む村へ遊びに行った。女の王族はぞんざいに扱われる代わりに、かなりの自由が許されている。


「これはこれはアイリス殿下!愚息がお世話になっております!ささ、汚く狭い家ですが!」


「ふふ、エリックは良く働いてくれていますよ。それでは、お邪魔しますね」


 そこで見たのは、窮屈だが豪勢だった王宮の暮らしとは違い、自由だが質素な平民の暮らしであった。


「これは⋯⋯なんという料理なのでしょうか?」


「蒸かし芋です。今年は豊作でして、毎日食べても余裕があるくらいなんですよ!」


「す、すみませんアイリス殿下⋯⋯このようなもの、王族である殿下が口にするべきでは————」


「いえ、エリックの故郷料理を食べてみたいと申したのは私です。それに⋯⋯お、美味しいですよ?」


「アイリス殿下⋯⋯顔に出すぎです⋯⋯」


 肉や魚は殆ど出ず、蒸かした芋や具の少ないスープ、パンなどを食べて過ごしている。村人たちは、それらの食材を美味しそうに食べていた。アイリスも食べたが、王宮での食事で肥えた舌には少し物足りなく感じたものだ。


 さぞや日々の暮らしが大変なのかと思ったが、村人は皇帝のおかげで飢えずに暮らすことが出来ると笑った。かつては、一日に一度でも食事があれば良いほどの食事事情だったが、代々の皇帝が様々な改革を行なっていったことで、帝国民の暮らしは少しずつ豊かになっていった。

 故に皇帝は代々国民の立場に立つ善き王だと評判であり、ノブレス皇族は非常に国民から慕われている。そこに男女の差や皇位継承権は関係ない。


 エリックの家で食事を摂ったあとも、村人たちはアイリスが少しでも楽しめるように色々な遊びを教えてくれた。


「おひめさまー!悪魔ごっこしよ、悪魔ごっこ!」


「えー、わたしかくれんぼが良い〜!ね、おひめさまもかくれんぼが良いよね?」


「わーーー!!馬鹿お前たち!!?すみませんアイリス殿下!!とんだ不敬を!!」


「エリック、気にしないで頭を上げて。⋯⋯その⋯⋯私どちらの遊びも分からないので⋯⋯教えてもらってもよろしいですか?」


「わかった!あのなー、悪魔ごっこはジャンケンで負けた人が悪魔になってなー!————」


 悪魔ごっこ、かくれんぼ、簡単なおもちゃでの遊びなど、普段村の子供たちが遊んでいる遊びを体験したアイリスは、それら全てが新鮮で楽しかった。


「ばいばーい!おひめさまー!」


「さようならー!また必ず来ます!」


 日が暮れるまで遊んだアイリスは、村で出来た初めての友達に別れを告げる。エリックは、色々と不敬を働いた村人が処刑されないか怯えていたが、アイリスの笑顔を見ればそんな心配する必要は無いと分かった。

 アイリスは馬車に揺られながらエリックに話しかける。


「今日は私を歓迎していただけて、とても楽しかったです。ありがとうエリック」


「いえそんな!アイリス殿下がとても広いお心で接してくださったからです!」


「ふふ、謙遜する必要はありませんよ。⋯⋯私、この村に来て本当に良かったと思っています。エリックたちが幸せに暮らせるような帝国をこれからも支えたい。私は、少しでも帝国民が豊かに暮らせるよう努力します。もう食べられないほど蒸かし芋が食べられるくらいに」


「アイリス殿下⋯⋯!」


 アイリスは決意した。王族へ敬意を持ち、尽くしてくれる帝国国民を大切にしなければならないと。敬意を向けられるに相応しい王族になれるよう努力し、国民のためになるような事をなるべくしてあげたいと。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「以上が、私の生きる理由です」


「ありがとうございます。心優しく強いアイリス殿下なら、きっと叶えられますよ」


 ウィリアムは、アイリスの話を聞いていてとても好感を抱く。アイリスの姿勢は、自分が前世で見てきた善き王そのものだったからだ。


 そして、アイリスの話を聞いてより気を引き締めた。自分ももっともっと努力して、エトランゼ王国のためになるように頑張りたいと感じたのだった。

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