第12話
「も、申し訳ありません。ウィリアム殿下⋯⋯。このような、はしたない姿を⋯⋯」
「いえ、お気になさらずアイリス殿下」
恥ずかしそうに顔を伏せるアイリスに、ウィリアムは笑みをこぼした。
アイリスは先ほどの醜態を恥じる。一流の淑女でなければならない自分が、婚約も結んでいない男性の胸を借りて大泣きしたのだ。この事は、墓の中どころか来世まで持っていくことを心に誓うアイリス。
誤ってウィリアムを刺し殺してしまったと思った時、頭が真っ白になった。命を懸けてまで守ってくれた人を、己の手で殺してしまえば死ぬまで立ち直ることが出来ないだろう。ウィリアムが死ななくて本当に良かったと思ったアイリスだった。
しかし、なぜウィリアムはアイリスに対して命懸けで戦うのだろう。アイリスは疑問に思い、それをウィリアムに投げかける。
「それで、ウィリアム殿下?どうして、敵国であるノブレス帝国の王女である私相手にそこまでしてくださるのでしょうか⋯⋯?先ほどイビルボアやホブゴブリンの死体を消したように、私が死んだ後に死体を消せば国際問題にはならないはずです」
そう聞かれたウィリアムは、アイリスの質問に対して何故か考える。嘘を見抜く魔道具があるため答えを作っても仕方ないため、自分の心に問いかけ素直な答えを少しずつ口から漏らしていく。
「まずは、アイリス殿下が勘違いしていることからお答えしましょう。私が死体を消すことが出来るのは魔物だけ、のはずです。原理上人間で出来るとは考えにくく、そのような不確定な事をアイリス殿下のように失敗出来ないケースで試すことはありません」
まずはアイリスの不安を取り除く。不安な感情が残っていては、素直に話を聞くことが出来ないだろう。
(しかし、私が証拠を残さず殺せる可能性を持っていると考えているのに、私を殺しかけた時によく涙を流したものだ。⋯⋯どこまでもお人好しなのだろうな)
ウィリアムは、アイリスが持っている優しさを感じ取り笑みを浮かべる。アイリスのお人好しな所を好意的に思いながら、更に続きを説明するべく口を開いた。
「アイリス殿下は、私の命の恩人です。あなたが居たからこそ今あるこの命、恩人が無事に戻れるために使うのは必然でしょう。
⋯⋯それに、エトランゼとノブレスは敵対国家です。そのノブレス帝国の王女であるあなたが帰らなければ、最後に消息を絶ったゴーヌ山脈で何かあったことは明白でしょう。調査の結果、転移魔法の魔法陣が発見され、何らかの理由でエトランゼ王国の近くへ転移させられたと判明⋯⋯そうなれば、ゴーヌ山脈を挟んだ先にある我がエトランゼ王国と戦争をする大義名分となる。私はそれを阻止したいのです」
これがウィリアムの素直な気持ちだ。アイリスを個人的にどう思うかと言えば、良い人だと素直に思う。しかし、命をかけるのはあくまで命の恩人だという感謝の念と、戦争の火蓋となる事件を起こさない為という気持ちが最も強く、彼女個人への感情で命をかけている訳では無い。
アイリスは、ウィリアムの気持ちを聞いて納得することが出来た。出会ってそれほど時間が経っていないウィリアムから美辞麗句を並べられるより、打算的な理由がある方が疑念を抱かずに受け入れることが出来る。
これで命の恩人だからというだけの理由だったら納得出来なかった。アイリスは納得することが出来たが、ほんの少しだけ自分に対して好意的な感情から動いたという話が聞けないかと期待してもいたため、ほんの少しだけ胸がチクリと痛んだ。なお、その気持ちはアイリス本人でさえ自覚しておらず、納得しているのに何故不満に思っているのか自分が不思議だった。
そんな自分の気持ちに蓋をして、満足いく答えを貰ったアイリスはウィリアムに笑顔を向けた。
「ありがとうございます。私も戦争のために利用されるなんて、まっぴらごめんです!私は私自身とノブレス帝国のため、ウィリアム殿下はエトランゼ王国のために、必ず生きて帰ると誓いましょう。もちろん何か手伝える事があったらどんどん言ってください!先程のような無茶は⋯⋯勝手に一人でしてはダメですからね?」
「はい。必ずアイリス殿下をノブレス帝国へお返しします!」
上目遣いで願うアイリスに、ウィリアムは素直に可愛いと感じた。しかし口に出す訳にもいかないため、代わりに誓いの言葉を口にしたウィリアムだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
太陽が傾きはじめ昼をすぎた頃。ウィリアムは、今日何度目か分からないゴブリンの魔石を、オドに変換している。
オドによる探知とアイリスの魔道具を駆使してゴブリンの群れを見つければ、あとは慣れたものでどんどんゴブリンを最高効率で狩ることに成功した。
ウィリアムは、エトランゼ王国の近くにあたるこの一帯に、これほど沢山のゴブリンが生息していたのだと驚いた。普段は魔法の研究がメインであるため、積極的にゴブリンを狩ることが無かったのだが、これからはゴブリンを狩ってオドを集めるのも悪くないと考える。
(これでアラクネと戦う前の4分の3ってところか⋯⋯。でも、地図通りの距離ならこのオドでギリギリ足りるだろう)
簡単な転移魔法を行使出来るだけのオドは、数時間前には既に集めていた。しかし正確な座標や地形が分からない以上、下手に転移魔法を使えばアイリスが死んでしまう。
その為、代替案として飛行魔法により空を飛ぶことを考えた。1時間で70キロほど進む事が出来るため、地図の縮尺が正しければ5時間ほどで越えられるはずだ。ゴーヌ山脈は延長と高さは大陸一だが、幅はそんなに大きくない。地上を通れば時間がかかって仕方ない天然の防壁となるが、空を飛べば超えることは容易い。
ただし飛行魔法は、転移魔法に比べて必要なオドの量が多い。そのため、沢山の魔物を殺してオドを得る必要があった。
幸い魔法が使えればホブゴブリンも敵では無い。見つけ次第オドに変換し、ウィリアムはアイリスを送り届けるだけのオドが集まったことを確信している。
「準備が出来ました。それではアイリス殿下、私の手を握ってください」
「ええ、よろしくお願いします」
ウィリアムが差し出した手を、アイリスはそっと握る。お互いに手袋をした手が、優しく握りあっていた。
ウィリアムはアイリスと手を繋ぎたくてこんな事をしている訳では無い。飛行魔法は魔法使いが手にしている生物・無生物全てに、付随して飛行する力を与えてくれる。その力を利用して、手を握っている間アイリスを一緒に飛行させることが出来るのだ。
しかし、大それと王女を連れて空を飛んでくる男など、どう考えても見つけ次第殺してくるだろう。故に、見られないようにする必要があった。
ウィリアムは、透明化魔法を行使する。
『光よ、我の姿をかき消せ』
『光よ、彼女の姿をかき消せ』
二度の魔法を使い、ウィリアムはアイリスが見えなくなり、アイリスもウィリアムが見えなくなる。
これは、光の力を利用して誰からも視認されなくなる魔法だ。オドの効率も悪くなく、対抗する魔法を使えない現代人にはまずバレない。問題は、味方も自分を視認できなくなるところだ。今回は、ウィリアムとアイリスがお互いを視認できなくなった。
しかし、握った手から相手の温もりをちゃんと感じる。ウィリアムはアイリスの手の温もりを感じながら、飛行の魔法を構築し始めた。
『風よ、我に翼を授けよ』
詠唱が完了し、ウィリアムとアイリスの体がフワリと浮いた。アイリスは初めての浮遊感に驚き、落ちてしまわないようウィリアムの手を強く握る。
ウィリアムもアイリスを間違って手放さないよう、強く握り返した。
「今から全力で飛ばせば5時間ほどでノブレス帝国に着きます」
「5時間⋯⋯凄いですね⋯⋯!」
飛行魔法は、飛行能力と同時に高高度の環境耐性を魔法使用者に与える。どれだけ高くても速くても、ウィリアムとアイリスには何も影響が無い便利な魔法である。
この環境耐性を利用し、鳥も飛んでいないほどの高さまで上がって飛行していく。飛行型の魔物は存在するが、餌となる獲物の居ない高高度にはあまり存在しないため安全だ。
「いつか魔法が民に広まるようになれば、エトランゼ王国とノブレス帝国の移動も簡単になるでしょう」
「その時は防衛を空にも割かなければなりませんね⋯⋯あはは」
「あははは⋯⋯」
痛いところを突かれたウィリアムは、空いた手で頭を掻きながら笑って誤魔化した。それと同時に、飛行の魔道具が今後作られた場合、エトランゼ王国も空の防衛力を高める必要がある事に気がつく。アイリスなら知ってるかもしれないが、国家機密をべらべら話すことは無いだろう。たぶん。
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