第10話
ウィリアムとアイリスは、ゴーヌ山脈の中を軽快に歩いていく。とりあえずの獲物は、ゴブリンより力は強いが知性の低い魔物である『イビルボア』だ。
イビルボアは、四足歩行の獰猛な猪に似た魔物だ。力は猪の何倍もあるが、知性は並の猪よりも更に低いと言われている。猪なら前世で罠にかけて貴重な肉として食べていたし、山林部に隣接している村へ視察に行った時にはイビルボア用の罠を作っていた村人も少なくなかった。その時に興味があり村人に教えて貰っていたので、イビルボアなら罠にかけられる可能性が高かった。
そうと決まれば話は早い。柔軟性に優れた植物を組み合わせて、即席の罠を作成する。仕掛けは単純で、この罠をイビルボアが踏めば、足が搦め取られ身動きが取れなくなるというものである。ただし物凄い力で暴れるため、放っておけば罠ごと破壊して襲いかかってきてしまう。
その為、設置式の足用罠だけではなく、鼻先を縛り付けて完全に身動きを取れなくする道具も必要だ。
「あの、何をされているのですか?」
「鼻くくりという道具です。この先に付いている輪っかにイビルボアが突進することで、そのまま一気に鼻を縛りあげ木にくくりつけます」
この罠を見た時は、1万年経っても似たような方法で猪を狩るのだなと感慨深く思ったウィリアムだった。
イビルボアを捕らえる用の罠を一通り作成し終えたウィリアムは、残っている数少ないオドを使って周囲のマナとオドを感知する。
前世ではオドを隠す技術が一般化していたためマトモに機能していなかったが、そういった技術を持たない魔物には索敵として非常に有効な技だ。実際、前世のウィリアムはマーリンのこの技で感知されて出会っている。
そろそろ完全にオドが尽きるといったところで、ウィリアムのオドが一つのオドを見つけた。オドの量やオドが満ちる体から感じ取れる体格などから、それをイビルボアだと仮定。間違っていてもいなくても、もうオドによる感知は使えない。それに賭けるしか無いウィリアムは、罠の場所まで自分が誘導するためにその場へ駆け出した。
イビルボアは雑食であり、魔物らしく人間も餌として捕食する。特に女子供の柔らかい肉が好みであり、村では襲われる事件が後を絶たない。
つまり、ウィリアムを見つけたイビルボアは餌として追いかけてくるということだ。
「見つけた!イビルボアだ!」
「ブモ?ブモオオオオオ!!」
予想通りイビルボアが立っていたことに安堵しつつ、ウィリアムはイビルボアが追いかけてくるように大声を出してから背を向けて全力で逃げる。
イビルボアは久しぶりに人間の子供を見つけご機嫌だ。最近肉にあり付けてなかったイビルボアは、ウィリアムの姿を捉えて目の色を変えた。
直線の速さなら圧倒的にイビルボアの方が速い為、山の地形と自分の小さな体を活かして山を駆けるウィリアム。背丈は10歳児にしては高いものの、所詮は13歳ほどの高さしか持っていない。パンパンに筋肉が膨れ上がっている訳ではなく、細く無駄のない締まった筋肉が体についているため、軽やかな身のこなしで山を駆けることが出来る。
なんとか距離を保ちつつ、ウィリアムは目的地である罠が設置された地点へ辿り着く。その様子を、やや離れた位置からアイリスが不安そうに覗いていた。
イビルボアは、逃げ続ける獲物に夢中だ。ウィリアムに追いつくと思ったその瞬間、ウィリアムが設置した罠が起動しイビルボアの足を縛りあげる。
「ブモオッ!?」
「よし!!」
無事に罠が作動してイビルボアを捕らえることに成功したウィリアムは、近くに隠してあった鼻くくりを取り出す。長い棒の先に植物で作られた輪があり、その輪でイビルボアの鼻をきつく結ぶことで身動きを取れなくする道具だ。
その鼻くくりをイビルボアの前に近付けると、身動きが取れないストレスと挑発された怒りにより、イビルボアは考え無しに突進してしまう。
イビルボアの鼻が完全に輪の中に入ったことを確認したウィリアムは、装置を起動させてイビルボアの鼻を縛り木に括り付けた。前足と鼻を縛られてしまったイビルボアは、身動きが取れなくなってしまう。
鼻息を荒らげながら暴れるイビルボアの背中に回ったウィリアムは、魔法で作った石のナイフをイビルボアに突き立てた。
「ブモオオオオオオオオオオッ!!?」
イビルボアは断末魔をあげた。刃渡りの大きくないナイフで一度刺した程度では、イビルボアほどの魔物が死ぬ事は無い。ウィリアムはイビルボアから反撃を受けないように細心の注意を払いつつ、より傷口が大きくなるようにナイフに力を込める。
アイリスは恐怖した。色々な経験をしてきたアイリスだったが、こうも生々しい命のやり取りを見ることは無かった。ウィリアムとアラクネの戦いはどこか現実味が無かったので何も思わなかったが、目の前の光景を眺めていると鼓動が早くなり息が浅くなる。
イビルボアは暴れ、ウィリアムは必死に食らいつく。血が吹き出し、骨が折れるような音が鳴り響いた。思わずアイリスは目を瞑る。
約10分の攻防が繰り広げられた結果、イビルボアは動かなくなった。代償として、ウィリアムも腕と
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
ウィリアムは痛む体に鞭を打ち、イビルボアの体から魔石を取り出してオドに変換した。ゴブリン二匹分ほどのオドが補充されたため、風刃の魔法くらいなら発動できるようになる。後はこのオドを切らさないように上手く扱いながら、魔物を倒してオドを集めていくしかない。
(私は魔法が無ければこんなにも無力なのだな⋯⋯。身動き取れない猪相手に、ここまで傷を負わなければ倒すことが出来ないのか⋯⋯。まだまだ体を鍛えなければならないな)
痛む体を治すためのオドすら存在しない現在の自分に苦笑が漏れるウィリアム。オドがあれば恐れること無かったゴブリンですら、今会えば簡単に殺されてしまうのだろう。そう考えただけで身が震える。
戦力的に弱くなっただけでなく、心まで弱っているようだ。こんな姿をアイリスに見せる訳にはいかないウィリアムは、痛む体を無視してイビルボアの死体をマナに還した。
「ウィリアム殿下!大丈夫ですか!?」
「はは、少しだけ傷を受けてしまいました。しかし問題ありません!魔法が使えるようになったので、どんどん魔物を狩り力を溜め、必ずアイリス殿下をノブレス帝国にお返し致します。安心してください」
「ウィリアム殿下⋯⋯」
アイリスに嘘は通用しない。ウィリアムが大丈夫だと嘘をついていることは分かるが、そのウィリアムを助ける術がアイリスには無かった。傷を治す魔道具は存在しないのだ。
ウィリアムは再度オドを用いて周囲を探知し、今度はゴブリン6匹を発見した。6匹のゴブリンなら、風刃一撃で十分倒すことが出来る。
そちらに向かおうとした瞬間、アイリスの悲鳴がウィリアムの耳に届いた。
「きゃあっ!」
「ガガガガガ!」
ウィリアムが声の方に目を向けると、ホブゴブリンという魔物がアイリスの腕を掴んでいた。
ホブゴブリンはゴブリンより一回り大きな魔物であり、ゴブリンよりも高い知能を持つ。オドを隠す技術も持っているため、ウィリアムの探知をすり抜けたのだ。
「アイリス殿下ッ!?今助けっ、ぐぅっ!」
体が痛みうまく思考が纏まらない。突然訪れた窮地に対して、ウィリアムはパニックになっていた。
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