第9話

 竜族。1万年前の神話大戦にて、神・天使・人類と共に、悪魔・巨人の連合軍と戦った仲間だ。


 神話の時代では、神・天使・悪魔・竜・巨人・人類が世界を支配していた。そのうち悪魔と巨人は手を組んで、神へ宣戦布告をする。神は元より従属させていた天使と共に、竜族と人類を仲間に勧誘した。竜族と人類は神の提案を受け入れ、結果的に神・天使・竜・人の連合軍と、悪魔・巨人の連合軍による世界規模の戦争となる。


 ウィリアムは戦争の最中で死んだため正確な結末を知らないが、伝承では悪魔と巨人は神々の連合軍に敗れたらしい。敗北した悪魔と巨人は、神の手により種族としての力を奪われた。その種族としての力は、協力時に契約していたとおり、竜族と人類へ引き継がれる。

 巨人の膂力は竜族へ、悪魔の知恵は人類が受け継がれたというのが、この時代での常識である。


 より高い知恵を得て、魔法が無くとも生きていけるようになった人類は、マナを食い尽くす魔法を捨てて技術と共に発展する道を選んだらしい。竜族については、巨人の膂力を受け継いだ後どうなったか神話には書かれていなかった。


 かつては良き隣人であった竜族を見なくなり、神話からも出てこないことから、てっきり絶滅したのかと勘ぐっていたウィリアムだったが、生息区域を人間とはまるで異なる場所に移して生きながらえてるらしいと知り、少しだけ安心した。魔法以外の前世との繋がりが存在していることが嬉しかったのだ。


 そして、魔道具を作ったのが竜族だと言うならウィリアムも素直に頷ける。竜族は力もあり魔法にも長け、寿命が長い優れた種族だ。手先が器用な竜族なら、種族が持つ力を存分に発揮して、このようなインチキじみた魔道具というアイテムを作り出せるだろう。


 しかし、なぜスピル大陸という別大陸の魔道具がノブレス帝国に来ているのか。その疑問を抱いたウィリアムは、アイリスに質問する。


「その魔道具が何故、ノブレス帝国には存在するのでしょうか?」


「ノブレス帝国には、竜族の末裔が魔道具職人として暮らしております。秘境に一つ村があるのみですが、恐らくそこで存在を秘匿しながら魔道具を作らせているのでしょう⋯⋯」


(あからさまに隠してるじゃないか⋯⋯。なんで魔道具が広まってると思ってたんだ⋯⋯)


 もしかしたらアイリスは少しだけポンコツなのかもしれない。失礼ながらも、ウィリアムはそう感じざるを得なかった。


 ノブレス帝国は、人類が支配するこのグラン大陸で最大の国家だ。大陸中央部から東部の全てを支配しているノブレス帝国の領土内で、小さな村を探し出すのは至難の業だろう。それに、元より敵国であるため簡単には入国出来ない。

 そうなると、魔道具を作成する職人に会うことは難しくなってしまった。まだスピル大陸に行って竜族に会う方がマシかもしれない。ただ、大陸の北西部にあるエトランゼ王国では、グラン大陸より東に存在するスピル大陸に行くことは実質的に不可能だ。


 少しだけオド変換器の更なる進化への糸口が見えたかと思ったが、どうやら振り出しに戻ったらしい。


 竜族に会うことは諦めて、再度魔道具について質問することにする。製作者ほどでは無いにせよ、何も知らないウィリアムよりは使用者であるアイリスの方が知識を持っていることは容易に想像できた。


「魔道具は、魔石をエネルギーとして動いているのでしょうか?」


「そうですね。魔物の魔石を近付けると、魔石の力を吸収します。魔道具の効果を起動するまでは魔石の力を使いませんので、ある程度魔石のエネルギーを貯めておけば、後は使用したい時にいつでも使用できるという形です」


「なるほど⋯⋯」


 魔石を使って単純な能力向上に使っているエトランゼ王国の武器職人とは違い、魔道具職人は魔石のオドをオドに似た何かとして変換し保持しているらしい。恐らく魔道具に術式が組み込まれてあり、魔道具の使用トリガーと共に魔法が起動する仕組みだろう。オドは、体内に宿り定着することで初めて自分が扱えるオドとなる。道具に貯めておける時点で、そのエネルギーをオドと呼ぶことは出来ない。


 オド以外にマナと組み合わせてエーテルを作り出す物質をウィリアムは知らないが、1万年もの時間研鑽した竜族ならば不可能ではないだろう。

 魔石のエネルギー変換効率がどの程度の物かは気になるが、残念ながらそれを知る術は無い。最低限、オド以外のエネルギーで、エーテルを作り出せるという認識が生まれただけでも儲けものだった。


 魔法を使える応用力のある者なら、ウィリアムのように体内にオドとして持っておく方が効果的だろう。その時その時で最適な対処ができるからだ。その点、魔道具は効果が固定されているため、その魔道具の効果が役に立たない場合も往々にしてあるだろう。

 魔道具の技術は興味深いが、ウィリアムには特に必要無い技術だと感じた。どのみち、魔道具を借りることも作り方を教えてもらうことも出来ない。


 ウィリアムは少しの落胆を隠して笑顔をアイリスに向ける。


「ありがとうございました。とても参考になりました!」


「ふふ、それは良かったです」


 ウィリアムは気を使って笑顔を大袈裟に貼り付けたが、参考になったのは事実であるため、アイリスの魔道具は起動しない。ウィリアムは安堵した。




 さて、アイリスが目の前に現れた経緯、ウィリアムがアラクネと戦っていた経緯、魔道具の出自と仕組みについては知ることが出来た。しかし、アイリスが敵国であるエトランゼ王国領に居ることは変わらない。

 普通にゴーヌ山脈を越えようとすれば30日の長旅になる。そんなに長い間一国の王女が行方不明になれば大問題であり、ほんの少しでもエトランゼに居たことが分かった時点で誘拐だなんだと言われ戦争に発展するだろう。かと言って、エトランゼの王宮にアイリスが来てしまうのも外交的問題を孕んでいる。


 この場合、ウィリアムがアラクネと同じように、転移魔法を使ってアイリスをノブレス帝国に送るのが最も得策だ。問題は、ウィリアムに魔法を使うだけのオドが無いこと。更に、ノブレス帝国へ行った事が無いため地図上で座標を決めることしか出来ず、最悪空に放り出されたり地面に埋まる危険性があるのだ。また、地図の座標にズレがあっても失敗する。

 アラクネのように、行った事のある地点に入口を形成し、目の前に転送させるというのはまだ簡単な方だ。行ったことの無い場所へ人を送るというのは、ウィリアムでも簡単にはいかない。


 しかし腐っても元魔導師。あらゆる手を使えばアイリスを安全に運ぶことが出来る。その為には大量のオドが必要であるため、まずは魔石の回収を急ぐ必要があった。


「アイリス殿下は、武器になる魔道具を何かお持ちでしょうか?私はこの魔法で作った石のナイフしかありません⋯⋯」


「申し訳ございません⋯⋯私には戦闘技術が無いため、武器の類は邪魔になるだろうと元から持たされていないのです⋯⋯」


「そ、そうですか⋯⋯」


 王城まで戻り、王都で魔石を買うことも考えられる。しかし、魔法も無しにアイリスの存在を誤魔化すことが出来ない。かと言え、アイリスをこのゴーヌ山脈に置いていく訳にもいかない。今から行けば、間違いなくゴーヌ山脈に戻る頃には完全に日が沈んだ夜になる。夜は魔物の活動が活発になるため、出来れば日が出ているうちにオドを集めたかった。


 ウィリアムは手元のナイフを見つめる。魔法で作りだした、ただ切れるだけの石製ナイフだ。もう身体強化魔法を使う事も出来ないほどのオドしか残っていないため、素の身体能力でこの粗末なナイフ一本で魔石を集めなければならない。

 同年代と比べて身長は高いとはいえ、せいぜい13歳程度の身長だ。身体は筋肉で引き締まっているが、ガッチリしている訳ではなく、ゴブリン相手に力で負ける程度の筋力しか持っていない。


 普通に考えれば、ウィリアムが魔法無しで危険な魔物を相手にするのは無謀だ。しかし、ウィリアムは前世でマーリンに魔法を教えてもらうまでは、森や山に罠を仕掛けて獲物を捕らえて生きていた経験がある。それらを駆使すれば、まったく可能性が無いわけでもない。

 そう考えたウィリアムは、早速罠を作るためにアイリスを引き連れて山の中を歩き始めた。

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