第8話

「まずは嘘をついたことを謝罪します。申し訳ございません」


「私も魔道具について黙っていましたから。それでは、本当のことを教えてください」


 互いに謝るウィリアムとアイリス。ウィリアムは、何から話そうかと考えながら話す。


「⋯⋯はい。突然の事で信じて貰えるとは思っておりませんが、私には1万年前の記憶があります。誰もが知っている、神話大戦の時代。その時代で生きていた人間の記憶を、生まれながら持っているのです。その記憶を頼りに試行錯誤した結果、私は魔法を使えるようになりました。ここには、魔法の練習をしに王城を抜け出して来たのです」


 嘘偽りない情報をぶつけられたアイリスは、荒唐無稽なウィリアムの話に嘘がないことに驚いた。嘘を見抜く魔道具は、相手が嘘だと自覚している時に反応を示す。そんな魔道具は、沈黙を貫いている。

 まさか、こんな事が有り得るのだろうか?魔法を使える人間というだけでも驚愕ものだが、まさか1万年前の記憶を持った一国の王子が生まれるなんて。

 そしてウィリアムは、敵国であるエトランゼ王国の王子だ。アイリスは、将来的に魔法を使える目の前の少年が敵となる未来を想像する。

 自分が将来の脅威になり得る存在の命を助けたのだ。今すぐ人間性を把握して、万が一の場合を想定しなければならない。助けたのは自分だ。責任を取る必要がある。ウィリアムが驚異とならない人物が判断するため、余計な思考をシャットアウトし、目の前の会話に集中し始めた。


「⋯⋯魔法の記憶があることを信じましょう。それでウィリアム殿下は、なぜ魔法を研究するのですか?好奇心ですか?戦争の道具にしたいからですか?」


 返答次第では、この敵地でウィリアムを⋯⋯。そんなことを考えているととは露知らず、ウィリアムは頬を染めながら答える。嘘をついても仕方ないとはいえ、こうして誰かに面と向かって努力する理由を話すのは初めてで少し恥ずかしかった。


「私は、民に幸せになって欲しいのです。1万年前の記憶には、現代では考えられないほど低い技術しか無いながらも、毎日幸せに笑って暮らしている人々の記憶がありました。その人々は、善き王と魔法に導かれていました。私は、魔法によって民を幸せにする善き王を目指しています。

 探究心はありますが、好奇心や戦争のためといった感情はありませんね。魔法についての知識は間違いなく全人類で最も持っていますし、戦争は嫌いですから戦争の道具にするつもりはありません。」


「⋯⋯」


 魔道具に反応は無い。こんな夢物語のようなことを、目の前の少年は嘘偽りなく願っている。子供の戯言だと切り捨てることも出来るが、アイリスはウィリアムと変わらないほどの子供であった。

 アイリスもウィリアムと同じように、ノブレス帝国民の幸せを願っている。アイリスには魔法のような直接助けになるような技術や才能は無い。だからこそ、少しでも民の役に立つような事をするために、日々様々なことに対して努力を惜しまない。民のために魔法を鍛え、その為に偶然とはいえ命の危険まで侵すウィリアムに対して、アイリスは同じ王族として好意的な感情を抱いた。


 ウィリアムは、衣服の袖を捲りオド変換器の腕輪を晒す。


「と言っても、まだまだ道半ばです。アイリス殿下はご存知無いでしょうが、1万年前の人類には魔法を自由に使用するために必要な機能が備わっていました。しかし現代人にはその機能がないため、代替品となる道具を開発したり、より効率的な術式の構築を目指しています。この腕輪も、その一つです」


「これは⋯⋯魔道具の一つでしょうか⋯⋯」


 腕輪をアイリスに見せると、顎を手で触りながら疑問を投げてきた。ウィリアムは、丁度話の腰を折らずに魔道具について質問できる状況ができたことに喜ぶ。


「すみません。私は魔道具というものを知らないのですが⋯⋯」


「まさか、エトランゼ王国では魔道具が知られていないのですか!?」


 しまった!という顔のアイリス。アイリスは知らなかったが、ノブレス帝国は魔道具の存在を諸外国に秘匿している。そんな魔道具の存在を、敵国であるエトランゼ王国に明かしてしまった。大陸中で知られている事だと思いペラペラと話していた事に気づいたアイリスは、みるみる顔を青ざめさせる。魔道具の効果を言う前に驚いていた事に対して引っかかってはいたが、まさか魔道具そのものを知らないとまでは思っていなかったようだ。

 そんなアイリスの表情を見て、これ幸いとウィリアムは条件を持ち掛けた。


「それではこうしませんか?これから魔道具について教えていただきますが、魔道具の存在ごと私は黙っておきます。代わりに、私の魔法と記憶について、アイリス殿下も秘密にしていただくというのは?」


「⋯⋯本気、のようですね。⋯⋯分かりました。では、魔道具のことと魔法のことは、二人だけの約束⋯⋯ですね?」


 上目遣いで喋るアイリスの姿に、ウィリアムは胸を打たれた。前世含めても、こんなに可愛らしい存在に出会ったことが無い。精神年齢34歳だというのに、普通の女性としてアイリスが魅力的に見えてしまう事に恐怖を覚える。


(まさか、私が少女趣味に目覚めたとでも!?ば、馬鹿な事を!)


 己の浮ついた心を振り払うため、深呼吸を一つしてからウィリアムはアイリスの手を取り、小指を絡ませた。


「なっ!?」


「これは⋯⋯師匠ははから教わった約束の儀式です。指切り、というのですよ」


「そ、そそそ、そうですか!分かりました!これで秘密の契約、完了ですね!?」


 生まれて初めて、同年代の男の手にしっかり触れたアイリスは、顔を真っ赤にして照れていた。そんなアイリスを見て、ウィリアムは年甲斐もなく——精神的に——照れが伝染してしまう。


 一人はしっかり大人の精神を持っているはずの二人は、互いに顔を赤くしながら小指を離した。10歳そこらの少女に対して小指を絡めた程度で照れるなど、普通の大人としてはどうかと思うような態度のウィリアムは、咳払いをしてから魔道具の話を促す。


「そ、それで⋯⋯魔道具について詳しく教えていただけませんか?もしかしたら、私の研究が進むかもしれませんので」


「そ、そうでしたね!⋯⋯こほん。

 グラン大陸より東、スピル大陸から伝わる魔法の道具。それが魔道具です。魔道具は、かつて神話大戦で共に戦った竜族の末裔が作っていると言われています」


(竜族!現代では見てなかったから、てっきり絶滅したかと思っていたが⋯⋯別の大陸で生きていたのか!それに、アイツらならこの道具を作れてもおかしくないな)


 ウィリアムは、懐かしい単語と共に前世の記憶を呼び戻した。

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