第5話
(聞いた事がある。あれは伝説級の魔物、アラクネ⋯⋯。一度現れれば町ひとつ滅ぼすほどの力を持つと言われる『伝説級』にカテゴリされる魔物、だったか?
アラクネは非常に知性が高く、魔物では珍しく身体強化以外の魔法を使ってくるらしいが⋯⋯今の威力⋯⋯あれで
自動防御魔法で防いだ魔法の威力から、アラクネの脅威度を計算するウィリアム。一方のアラクネは、威嚇の叫び声が山に
互いに睨み合う中、アラクネの足がカタカタと動く。直後、ウィリアムの足元に巨大な
(魔法陣!?言語も話せない魔物が、こんな高度な魔法を使えるだと!?)
慌てて魔法陣から飛び退くウィリアム。その直後に、魔法陣から巨大な土の針が何本も生えてくる。それら一本一本が、確実にウィリアムを串刺しにする為のものだ。
魔法陣とは、陣が完成した瞬間に魔法が発動する術式の魔法だ。エーテルを緻密に動かし、術式を含む意味ある形の陣を形成することで魔法が起動する。
オドの消費も少なく、詠唱による発動を必要とせず、完成タイミングをずらす事で任意のタイミングで発動できるなど、様々な点で通常の魔法よりも優れている。
その分、作成には魔法陣の膨大な情報が必要であり、完璧に魔法陣を形成する必要がある高度な魔法術式だ。前世で最も知能が高い種族とされた悪魔でさえ、一部の者しか使うことが出来なかった。人間では魔導師クラスでなければ使うことは出来ない。そんな魔法陣の魔法を、知能が低いはずの魔物が使えるなど、普通では有り得ないはずだ。
魔法の実験場に使ってきたゴーヌ山脈で、ウィリアムは目の前に立つアラクネよりも強い魔物に会ったことがない。それも、飛び抜けて強力なオドを感じる。
オドの強さは魔物の強さと比例する。神話の時代に生きていた竜や巨人とは比べ物にならないが、それでも強力なのには間違い無い。そして、こんなに強力な魔物が出ることを予想していなかったウィリアムは、この魔物を対処できるだけのオドが不足していた。
(不味いな⋯⋯全盛期なら問題無かったと思うが⋯⋯今の私では良くて
王子としての活動資金に手をつけなかったのが裏目に出た。万が一に備えて、もっと沢山の魔石をオドとして変換しておくべきだったと後悔するが、アラクネはそんなウィリアムを待ってくれない。
今度は魔法陣が空中に描かれると、そこから無数の光の針が飛んでくる。当たると光が熱に変換され、爆発を起こす魔法であり、神話の時代では『爆光』と呼ばれるポピュラーな魔法だった。
魔法で強化していない10歳児の体に爆光が当たれば、間違いなく死ぬ。そして数が多すぎるために避けきれない。そんな爆光に対して、ウィリアムは一瞬で魔法を構築すると、トリガーとなる詠唱を行う。
『鏡よ、光を跳ね返せ』
爆光に対する最も有効的な魔法は、この鏡魔法だ。爆光は爆発するまでは光であるため、鏡によって跳ね返ってしまう。前世では水魔法で水面を作り、光を跳ね返すことで対処していた。それは水面以上に光を跳ね返す物体のイメージできなかったからだ。
しかし、水の魔法では爆光が何度もぶつかると、水面が揺らぎ平面が保てなくなることにより、やがて爆光を跳ね返せなくなる。その度に水魔法を発動し直して対処するのが定石だった。
だが今世には鏡がある。転生して初めて見た大きな鏡をイメージすることで、頑丈かつ爆光を全て跳ね返す最も有効的な魔法を発明することが出来たのだ。
こんな事もあろうかと、光魔法に対抗する魔法を開発していて良かったと安堵するウィリアム。計算通り跳ね返った爆光は、アラクネの上半身に突き刺さり、爆発する。
「ギイイイイイイイ!!!!」
「やったか!?」
煙でアラクネが見えない中、ウィリアムは祈りを込めつつ叫ぶ。しかし、現実は思ったようには行かないものであり、アラクネから発生した爆風が煙をかき消す。
「ギ⋯⋯ギイイヤアアアアア!!」
アラクネの上半身にあたる人型の部位が絶叫をあげた結果、爆光による煙が吹き飛んだ。そこに立っていたアラクネは、弱った様子が感じられない。実際、表面に少しの傷が付いた程度で、ダメージらしきものは受けていなかった。
これはアラクネの表皮などが硬い事も原因の一つだが、一番の原因はアラクネがオドを持つ生物であることだ。オドが全身に行き渡る生物の体は丈夫で、かつては人間でさえ剣を腕で弾き返せるほど頑丈だった。爆光でダメージを受けないのも頷ける。
ならば、とウィリアムは先ほどの実験で発動した獄炎の魔法を構築する。
『炎よ、敵を地獄の果てまで追いかけ、爆ぜろ』
先ほどの直線に移動する獄炎とは異なり、対象物を半自動的に追尾する機能を追加した術式を構築する。コントロール性を上げるため、若干着弾までのスピードは落ちてしまうものの、動く的に当てるには効果的な術式だ。
更に術式を複製し、同時に三つの獄炎を撃つ。アラクネはその強さに気付き、蜘蛛の足を使って俊敏に移動するものの、炎はどこまでもアラクネを追いかける。
やがて避ける事が得策ではない事に気付いたアラクネは、自身の周りに魔法陣を展開。一瞬で土の壁を形成するが、獄炎は壁より上空を通り再度追尾する。これは、対象以外の物体に接触しそうな場合、可能な限り回避するという式が組み込まれているからだ。
避けることも出来ず、守ることも出来ないのなら迎撃を選択したアラクネが、再度魔法陣を展開する。しかし、この行動を読んでいたウィリアムが妨害の魔法を発動。
『エーテルよ、揺らげ!』
オドとマナの結合を不安定にし、ごく狭い範囲のエーテルの効果を打ち消す魔法。効果時間も短く、発動も難しいものの、エーテル消費量の少なさと効果適用までの時間は速いことが利点の魔法だ。魔法陣のような、術式の精密さが求められ術式が可視化された魔法には特に効果を発揮する。
自分の魔法が掻き消された事に気付いたのも束の間、三つの獄炎がアラクネを包んだ。
「よし!これ⋯⋯で⋯⋯って、おいおい⋯⋯嘘だろ!?」
「ギヤアアアアアッアッアッ!!ギイイイヤアアアアア!」
対象を燃やし尽くす地獄の炎、獄炎。相手の延焼効率を引き上げることにより、どのような防御も燃やし尽くす事に定評のある魔法だ。
しかし、魔法が当たるまでに時間がかかることがネックである。そしてその弱点を上手くつき、アラクネは獄炎の対抗術式を完成させていた。じっくり術式を見れば、完全にその術式を無効にする魔法も作ることが出来る。ただし、それは深い魔法に対する造詣と、ある程度の時間が必要だった。
アラクネは思考力特化の人型部分と、戦闘力特化の蜘蛛型部分を別々に動かすことが出来る。回避や対処を蜘蛛型の半身に全て任せ、感覚加速魔法で強化された思考力を駆使して対抗術式を完成させたのだ。
先ほどまで自分を追い立てていた忌々しい炎が、目の前で無力にも散っていく様は非常に愉快であった。アラクネは、上半身の人間部分と下半身の蜘蛛部分の両方で大笑いする。その声は非常に不愉快な音を発しており、常人の精神力では蹲るほどだ。
ウィリアムは聴覚遮断の魔法を咄嗟に発動し、思考の邪魔になる不快な音を遮る。流石に対抗術式を完成させるとは思っていなかった。それほど、アラクネが規格外の存在なのだと分かる。
アラクネの規格外の強さに慄いていると、ウィリアムの頭上に魔法陣が形成された。
(この魔法陣⋯⋯針雨か)
鋼鉄の針を頭上から降らせる魔法、針雨。魔法を使えば防御出来るが、わざわざ受ける意味の無い魔法だ。魔法陣から飛んで範囲外に飛び退く選択肢を取ったウィリアムだったが、逃げた先でアラクネの魔法陣が見える。
「しまっ——」
着地した瞬間、ウィリアムの足元が爆発を起こす。そして、針雨の術式だった魔法陣の、更に
アラクネはここまで全力を出すつもりでは無かったが、爆光が跳ね返され獄炎に追い回された怒りは相当なものであり、ウィリアムに一切の油断なく確実に殺すよう方針を変えたのだ。
死んだだろうが、魔法を使う者には慎重に慎重を期する必要がある。再度魔法陣を展開し、風の刃を100もの数用意すると、粉塵で見えない辺りに乱射する。
風の刃が粉塵ごと切り裂き、晴れた先には無惨な血肉の塊だけが散乱していた。所々マグマにより焼け爛れており、ウィリアムが着けていた衣服もズタボロになって落ちている。
確実に仕留めた。アラクネは表情の変わらない上半身と、下半身の表情豊かな蜘蛛の顔両方で、人が不快になる音を発しながら大笑いした。
そんなアラクネの様子を、ウィリアムは少し離れた木の上から覗いていた。
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