第3話
ウィリアムの前世は、生まれてすぐ親に捨てられた孤児だった。神は現世にいたが、生まれてすぐ捨てられた子供など助けることは無い。前世のウィリアムは、幼くして神も人も世界にも期待を無くしていた。
毎日狩りをして食いつないでいたある日、寝床にしていた洞窟に一人の女性が現れる。
「やあこんにちは。大きなオドの反応を見つけて来たのだけど⋯⋯お休み中かな?」
「ひゅー⋯⋯ひゅー⋯⋯」
「あぁ、体が弱っていて喋られないんだね⋯⋯。ちょっと待ってね、今スープを用意するよ」
空腹と病気で死にそうなところを、その女性は食べ物を与えポーションを調合し助けた。
意識を取り戻したウィリアムは、助けてくれた女性に感謝を述べる。
「あの⋯⋯ありがとう、ございます」
「元気になったならそれで良し!子供が気にすることじゃない!ところで、キミの名前はなんて言うのかな?私はマーリンさ」
「えっと⋯⋯特に、名前とかは⋯⋯。人と会うことも殆どありませんし⋯⋯。親も、物心ついた時には、いなかったので⋯⋯」
「なんだって!?強力な魔法の行使には名前が必要なのにぃ⋯⋯うーん、そうだなぁ。それじゃあ君の名前は*****にしよう!」
「*****⋯⋯ですか?では、はい。僕のことはそう呼んでください」
マーリンと*****は、それから二人で旅を始めた。マーリンは21の女性で、あらゆる魔法に精通している事から『虹の魔女』と呼ばれるほどの魔導師だ。生まれつきオドに恵まれていた*****は、旅の最中マーリンに魔法の教えを乞うことで、メキメキとその才覚を伸ばして行った。
二人が出会って1年ほどが経ち、二人は地上の楽園と名高い国家を訪れる。
「マーリン様、ここの国民はどうしてあんなに幸せそうなのですか?」
「う〜ん、そうだなぁ。まずは魔法が凄く発展していること!魔法は人を傷つける事も出来るけど、人を幸せにすることも出来るから、正しく使えば人の生活は何倍も豊かになる!」
「なるほど」
「後はそうだな〜、ここの王様は民のために生きているんだ。民の幸せを自分の幸せと考えられる、簡単そうで難しいことを出来る王様なんだよ」
民のために生きる王。それがどれだけ難しいのかは、マーリンとの旅でいたく思い知った。人は誰しも、金・力・権力を身につけた時、欲望に心を支配されてしまう。敵を倒すよりも、己を律することは何万倍も難しい。
*****は、いつかこの楽園の王のようになりたいと思った。魔法で人々を幸せにし、民のために生きられる王に。そうしたら、マーリンにも居場所を与えられるから。
それからも二人は旅をした。神、天使、悪魔、竜、巨人、人間。様々な種族の多様な暮らしを見る中で、ますます楽園の王が凄いことを思い知る。
神ですら出来ないことをやってみせる王に、*****は憧憬を抱いた。
「マーリン様。僕は王になりたいです」
「どうした急に」
何でもない日の夜。魔法の灯りを頼りに本を読んでいたマーリンは、*****の突拍子も無い話に驚愕し、思わず本を落とした。
そんなマーリンに対して、*****は真正面から真剣な顔を向ける。
「人のため、民のため⋯⋯みんなが幸せになって、豊かになるような国を作ってみたいんです」
「⋯⋯*****。王様ってのはね、努力とか気持ちだけでなれる訳じゃないんだ。血筋だとか才能だとか、色々な
「⋯⋯⋯⋯。そう、ですよね⋯⋯。えへへ、忘れてください」
マーリンの言葉に、*****は頭の片隅に追いやっていた現実を思い出す。王というのは国の代表であり、最も尊ばれる存在だ。親のいないただの魔法使い見習いがなれるほど、簡単で気軽な地位では無い。
*****も、頭では分かっていた。しかし、貧困や戦争に喘ぎ苦しむ人々を見て、いつか自分が全員を幸せにする世界を作りたいと感じたのも事実だ。
そんな*****の諦めきった顔を見て、マーリンは酷く心を打たれた。出会った時の世界に諦めていた頃の*****に戻ってしまったようで、普段は魔法のことか効率よく生きられること以外考えていないマーリンも、なんとか力になれないかと思案する。
考えること数十秒、マーリンに閃が走った。
「そうだ!!王様になるのは無理でも、人のために出来ることは沢山あるよ!楽園を1から作るのは無理でも、私たちで世界を楽園に作りかえる事は出来る!こんなの、神様だって王様だって出来やしない!私たち、魔法使いにしか出来ないことさ!」
「僕たちで、楽園に作りかえる⋯⋯」
「そう!そうと決まったら、もっともっと世界を旅しよう、*****!!」
*****とマーリンの二人は、世界各地の問題を解決していく旅に出た。迷子探しから災害対策など問題は大小様々だったが、自分がこれまでマーリンと共に研鑽してきた魔法によって、人々が幸せになっていくのがとても嬉しかった。
マーリンも、いつしか*****を自分の息子のように感じており、そんな*****の成長を見届けられるのが嬉しく思った。
「おにーちゃん!おばさん!わたしたちの村を助けてくれて、ありがとう!」
「ふ、ふふふ⋯⋯お嬢ちゃん?だ、れ、が、おばさんですって〜!?」
「わー!逃げろー!おばさんが怒ったぞー!」
「待ちなさいクォラァァァァ!!」
この日は、片田舎にある小さな農村の干ばつ問題を解決した。村の少女相手にマジギレしているマーリンを見て、*****はクスリと笑う。
人助けは楽しい。誰かが笑顔になってくれるのが嬉しい。誰かに存在を認めてもらえるのは、この上なく幸福だ。*****は、どれだけ激しい旅路も、どれだけ辛い魔法の練習も、彼らの笑顔や喜んでくれる態度だけで苦にならなかった。
王様にはなれなくても、楽園を作ることは出来なくても。自分とマーリンの二人なら、地獄だって楽園に作り替えられる。そうして行く先々で、自分とマーリンの居場所を作り続けた。そんな日々は、マーリンが死ぬ5年後まで続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(やはり、前世の名前は思い出せないらしい)
前世の記憶を遡っていたウィリアムは、心の中でため息を吐く。計算上完璧なはずだった転生魔法だが、唯一の失敗は自分の名前を思い出せない事だった。
(それでも、マーリン様の記憶を失わなくて良かった。彼女は、私の師であり母なのだから)
ウィリアムは思い出す。何もかもを諦め、最後は生きる事すら諦めていた幼い自分を救い出し、魔法だけでない色々なことを教えてくれたマーリンの笑顔を。
親のいない自分に出来た、初めて自分を守ってくれる存在だった。初めて自分を育ててくれる存在だった。マーリンが居なければ、自分がこうしてエトランゼ王国の第三王子として転生することは無かったのだ。
マーリンの最期の言葉を思い出す。
『*****。私が完成させられなかった、転生魔法の術式を記してある魔法文書だ。どうか、キミが生きている間に完成させて欲しい。願わくば、次はもっと恵まれた⋯⋯それこそ、君の望んだ王になれる家に生まれるよう願っているよ』
その言葉と魔法文書を残し、マーリンは悪魔たちとの戦争へ赴いて行った。
マーリンの願いが叶ったのか、こうして自分は一国の王子として生を受けた。孤児だった前世と比べたら、遥かに恵まれている。だからこそ、ウィリアムは魔法を使って自国を豊かにすることに努力を惜しまない。
自分の想い、かつての母の願い、前世での沢山の思い出が連なって自分が出来ている。
その事を思い出しながら、ウィリアムは夜空に決意した。
(必ずこの国を、戦争の無い楽園の王国にしてみせるよ、
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