第2話

 体から魔臓が無くなっていると気付いた日から、ウィリアムは王族としての教育を受ける傍らで魔法が再び使えるように試行錯誤した。


 神話の時代に生きていた殆どの人間には、体内で『オド』という力を生み出す魔臓が備わっていたが、現代の人間にはそれが無い。

 そもそも魔法とは、体内に存在する『オド』を用いて大気中に充満している『マナ』へアクセスし、オドとマナを融合させ『エーテル』を発生させることが事前に必要な技だ。

 エーテルは、現実の理を歪めることが可能なだけのエネルギーを持っており、エーテルにより理を書き換えることで超常現象を発生させていた。


 故に、オドを生み出す魔臓が無い現代人では魔法を使うことは出来ない。今まで体内器官の働きで生み出していたオドを、外部的に作成する方法を知らなかったウィリアムは、途方に暮れてしまった。


 そんな中で目をつけたのが『魔物』の存在だ。神話の時代には存在しなかった、凶暴で強力な野生動物である魔物。彼らは、通常の獣とは一線を画す力を持ち、不可視の結界を身に纏うという。

 それらの特徴は、神話の時代において人間と同じように魔臓を持っていた、竜族や悪魔族、巨人族の特徴と似通っていた。


 ある種の確信を得た7歳のウィリアムは、王宮を飛び出して王都にある魔物討伐組織——冒険者——の拠点に忍び込んだ。そして、魔物の解体現場を覗いたところ、魔物の体内には魔臓が存在することが分かったのだ。

 現代の人間は魔物の魔臓を『魔石』と呼んだ。魔石を使った武器は、耐久度や切れ味が増し、価値の高い魔石を使った場合は特殊な力が発動するらしく、中々の価格で取引されている。一般市民にはあまり関係無いが、魔物と戦うことを生業とする冒険者には非常に高い需要があった。


 そうと分かれば話は早い。ウィリアムは身分を隠し、靴磨きが仕事の貧乏少年を装って身銭を稼いだ。王族として支給されている金を使わないのは、自分の勝手な実験に国民から得た税金を躊躇無く使うことを、元小市民である前世の自分がストップをかけたからだ。

 約1ヶ月ほどでそこそこの金を得たウィリアムは、その金を握りしめて魔石を10個ほど購入。そして、その日から魔石の研究が始まった。


 これでも昔は魔導師と呼ばれ尊敬されていたウィリアムは、一年ほどの時間をかけて外部的にオドを生み出して自分の体内に溜め込む装置を開発した。

 魔石は魔物が死んでから硬化した魔臓である事が分かったため、硬化した魔臓である魔石が持つオド生成の機能を使用し、魔物のオドを装置使用者に最適化させて体内に入れることに成功したのだ。


 魔石が持つオドを作る力を一気に使い切るため、使用後は魔石が灰になる。つまり魔石を使い捨てにするため、魔石の調達にとんでもない出費がかかってしまう。更に、最適化と体内に入れる工程によってそこそこのオドが大気中に逃げて無駄にしてしまう欠点があるのだ。ただ体内に保管できたオドは、きちんと自分のオドとして体内に定着することを確認できた。


 当初は非常に効率が悪い変換器だったが、研究に研究を重ねて、弱い魔物2匹分の魔石があれば炎の玉を生み出す魔法1発分のオドを生み出せるようになった。飛行魔法や転生魔法などの強大な魔法を使うには、考えたくもない量の魔石が必要になることが分かったため、とりあえず使用は控えている。


 オドの変換にまだまだ無駄があるため、そこは試行錯誤の必要があるが、こうしてウィリアムは人類で唯一の『魔法使い』になった。




 ここは、ウィリアムの私室。かつては巨大な装置であったオド変換器も、今は腕輪ほどの大きさにまで小型化に成功している。


 今日の王族教育が終了したため、こうしてオド変換器の調整、更なる魔法の研究に勤しんでいるのだ。従者であるミランダも、この変換器に関しては何も知らされていない。使用人が部屋の掃除をする際も、大量の魔石を犠牲に付与した透明化の魔法によってバレる事は無い。


(魔石のオド生成ポテンシャルを100とした所、今はせいぜい良くて50といった所か⋯⋯。せめて60、いや70くらいになればもう少し魔法も使いやすくなるのだが⋯⋯)


 ウィリアムは、腕輪型のオド変換器を弄りながら思案する。そもそも他人のオドを自分のオドとする技術など、神話の時代には必要なかったため、魔導師と呼ばれるほど魔法に精通していたウィリアムでも分からない部分が多い。ましてや種族も違うため、より馴染まないのだろう。


 第一、何故オドとマナを混ぜる工程を踏まなければエーテルが作れないのか?自分の体外から得たオドは、果たしてオドと呼べるのか?マナを取り込むことで代用できるのか?そもそもマナとは何なのか?そんな何万回も考えた事で頭がいっぱいになっていく。


(あー!考えても考えてもこれ以上進まん!小型化したのも便利さの向上というのはあったが、オド変換効率化が行き詰まった息抜きという面が強かったしな⋯⋯。はぁ⋯⋯)


 頭を掻きむしり、オド変換器に透明化の機能を再度付与して(スイッチ式の魔法であるため、オドの消費は発生しない)机の引き出しに仕舞った。

 頭いっぱいになるほど考えて疲れたウィリアムは、頭を冷やすために自室を出た。夜でも暗殺などの危険から主を守るため、王族には24時間誰かしら使用人や護衛が付くことになっている。ウィリアムの自室前で待機していた護衛を引き連れながら、ウィリアムは広い王宮の中をゆっくりと歩く。


 暫く当てもなく歩いていると、城の窓を開けながら黄昏ている見知った顔を見つけた。


「む、姉上?姉上も眠れないのですか?」


「あら、ウィリアムこんばんは。女の子には月を眺めながら黄昏れる時間が必要なのよ?決して、今日見たアンデッドが怖くて眠れないとかじゃ無いのよ?」


「そ、そうですか⋯⋯」


 レティシア・メイク・エトランゼ。エトランゼ王国第二王女であり、ウィリアムより二つ上の姉だ。ウィリアムとレティシアは、どちらも第二王妃から産まれた姉弟であり、王族の兄弟同士の中でも特に仲がいい。

 どうやらレティシアは、今日の授業で見たアンデッドが恐ろしくて眠れないようだ。今は10歳とはいえ、精神的には34のウィリアムは(可愛い子供だなぁ)と思っていた。もちろん不敬であるため黙っているが。

 なお、レティシアも美形の第二王妃に似たため、非常に美しい姫として巷では大人気だ。


「それより、ウィリアムも遅くまで起きてちゃダメよ。陛下のように大きくて逞しい男性になれないわ」


「いえ、私は既に同年代の中でもかなり恵まれた身体だと思いますよ。むしろ姉上こそ、夜更かしは美容の大敵だと日頃から仰っていませんか?」


「ちょ、ちょっとくらい良いのよ!」


 図星をつかれて恥ずかしそうにしているレティシアを、ウィリアムはギリギリ怒られない程度に弄るのが好きである。ウィリアムとしては、姉であるが妹を弄るような感覚でレティシアに接している。娘ではないのが、肉体年齢の若さに引っ張られている部分である。


 レティシアを横目に、ウィリアムも窓から月を眺める。1万年経っても変わらない月の綺麗さに、少しだけウィリアムは懐かしさと安心を覚えた。


「そういえば、フレイヤ姉上はお元気ですか?二年生になり、学園の寮に入ってからは会えなくなってしまったので」


「勿論よ。学園で生徒会長としてバッチリやっているわ。私も来年から寮生活だから、ウィリアム寂しくて泣くんじゃないかしら?」


「姉上こそ、アンデッドが怖くても王城に泣いて戻ってこないでくださいよ?」


「泣かないし戻らないわよ!!」


 ぷりぷり怒るレティシアが可笑しく、ついウィリアムは笑ってしまう。アンデッドが怖くて眠れない事が弟にバレているのが恥ずかしく、レティシアは耳まで真っ赤にしながら否定した。


 二人の話題に出たのは、フレイヤ・ナース・エトランゼ。エトランゼ王国第一王女だ。2ヶ月後に15歳の成人となる。


 王族の子供たちは、基本的に12歳になると王立学園に通い出し、3年の教育を全うすることで、立派な大人の仲間入りを果たす。

 自主性や協調性を育てるため、学園では2学年になると寮生活することが義務付けられている。フレイヤは3学年であるため、既に1年以上寮で生活しており、今は1学年であるレティシアも、来年には2学年となり寮に行ってしまう。


(気軽に話せる数少ない王族だから、寂しくないといえば嘘になるよなぁ)


 昔は理解出来なかったが、妹離れ出来ない兄や娘離れ出来ない父の気持ちが分かったウィリアムだった。


「こほん。ウィリアムと話してたら、いつの間にか眠たくなってきたわ。それじゃあ、私は部屋に戻るわね」


「それは良かった。私はもう少しここで月を眺めたら床につきます。私も、早く姉上と一緒に学園で学びたいものです」


「ふふ、ウィリアムったら姉離れしないと駄目よ?母と姉にぞっこんな殿方はモテないわよ。確か、というらしいわ!」


「ぷっ、そ、そういう事にしておきます⋯⋯」


「なんで笑ってるのよ!!」


 レティシアからは、ウィリアムが姉にべったりの甘えん坊に映っているらしく、それを指摘されたウィリアムは堪えきれず吹き出してしまった。


 不満そうに肩をいからしながら、使用人を引き連れてレティシアは部屋に戻っていく。それを眺めながら、変換器の調整でいっぱいになった頭をスッキリさせるため、夜風に吹かれる。


(あぁ、良い風だ⋯⋯)


 風を受けながら、ウィリアムは魔法の研究を始めたキッカケとなる出来事を思い出していた。

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