イベントは進行する(4)
「やっぱりあのクラゲっぽい柄の方がよかったんじゃない? せっかく新調したのに、前のとほとんど同じじゃない」
「冗談じゃなかったのか。センスをどこに置き忘れてきたんだ姉さん」
ライドルが久しぶりにパーティーに出席するからと、張り切って衣装を大量に用意したのだが、そのほとんどが好みじゃないと却下され、結局、無難な衣装になってしまった。
四年目の初夏のパーティー。サヤヒリアは弟のパートナーとして参加することになった。
会場に入った瞬間から、二人に視線が集まる。アリッシュベル公爵令嬢が注目されるのはいつものことだ。
「…………姉さんのせいで視線が痛い」
「自分のせいでしょ。嫌なら日頃からもう少し顔見せしなさい」
サヤヒリアの華やかなドレス姿ももちろん目を引く要因だが、今回はその隣にいる見慣れぬ少年に対する好奇心が半数。
「ごきげんよう、サヤヒリア様。そちらの方は?」
「弟です」
このようなやりとりを数人と繰り返した。
アリッシュベル公爵令息と知れば、その繋がりを得ようと人が群がる。ライドルは姉の後ろに下がり、サヤヒリアは防壁としてやんわりと対応し、彼らを退けた。
まだダンスも始まっていないというのに、人見知りのライドルからすでに疲労感が出ていた。
「帰りたい」
「まだ始まってもいないわよ」
「パーティーなんて何が楽しいんだ」
「そんなことでふてくされないの」
「……さっきから何を探してるんだ? 姉さん」
「貴方を誘ったっていう女の子。そもそも彼女に見せつけるために一緒に来たんでしょ。そういえばどんな娘か聞いてなかったけど、どう? いる?」
「……いない」
会場にいる多くの生徒を一瞥してライドルは答えた。
「素っ気無いわね。せっかくお誘いしてくれた
ライドルはとある女子生徒からパートナーのお誘いを受けたのだが、「姉と参加するから」という理由で断った。しかしその時点では、サヤヒリアとはそんな約束をしていなかった。ライドルは急いで手紙を書き、寮にいた姉に協力を頼んだのだ。
「別に本当に私と来ることなかったんじゃない?」
「嘘だとバレたら、無理矢理にでも引きずられていきそうだったんだよ」
いったいどんな情熱的な女子が弟に声をかけたのか気になるところである。あまり話したこともない女子から急に誘いを受けて、気弱なところがあるライドルが怯んでしまったのはしかたがない。
今夜のパーティーは、親しくなりたい誰かとお近づきになるにはうってつけのもので、乗じようとした少女には気の毒だけれど。
「ライは、なぜパーティーがこの時期に行われるか知ってる?」
「学園になる前からの伝統だろう。かのミノワール婦人は、だいの子ども好きで、知り合いの貴族の子や城下からも子どもを集めては、夏の一晩に格式にはこだわらない賑やかな宴を開いたってやつ。今じゃただの舞踏会だけど」
「そうね。昔は大広間ではなく、星空の下でやっていたそうよ」
「外で?」
「ええ。でも、ここが学園として生まれ変わってからしばらくして、会場を中に移したのよ。ほら、夜って篝火をいくら用意したとしても暗いでしょ? そのせいか、パーティーの最中に生徒が一人消える事件が続いたの。だから会場を明るい室内に移しのだけど――」
「待て、姉さん。それって、『ミノワールの怪談』だろ」
うんざり顔の弟に対してにっこりと笑い返す。
「あら知ってた?」
「『初夏のパーティーの夜に一人でいると怪物に攫われてしまう』『だからパーティーに一人でいてはいけない』って、バカップルが増えてイチャつく口実だろ。ケッ」
「貴方だってその一員になれたかもしれないのに。貴族の舞踏会と違って、必ずしも異性のパートナーが必要ということはないけれど、貴方にフラれたショックでその娘が一人になっていないか心配だわ」
「心配って顔じゃないだろ……それに、俺じゃなくてもフィルファン・セキがいるだろ」
フィルファン・セキ。扱いの難しい魔道具の研究者で「変わり者」として名高い。ライドルが私物化している
「なぜ彼の名が……まさか、貴方を誘った女子ってメロール嬢!?」
今学園内でフィルファンと親しくしている存在といったら、アイリスだけ。
ライドルは、しまった、という顔で口をへの字に曲げて頷いた。
ゲームでは、ライドルがヒロインのパートナーとして参加する展開だってあったのだろう。引きこもりがちのライドルを連れ出すヒロイン。小説でも、彼女はそうして度々ライドルを外に連れ出していたではないか。なぜその可能性に思い至らなかったのか。
「な――なんで、断っちゃったの!?」
「なんでって……だって、よく知らない相手だし。それに、あの女なんだか――」
ライドルが申し出を受け入れていれば、アイリスがレイシオンをパートナーに誘うことは確実にないし
、ヒロインが別のキャラをパートナーとしたとき、レイシオンとは踊ることはないらしい。ゲームでは、このパーティーでレイシオンと踊るには、好感度を上げて彼をパートナーとするか、パートナーなしで参加するしかない。色々と気を使わなければならない、めんどくさい攻略対象なのだと前世の友人は言っていた。
「なんて惜しいことを!」
「俺の話、聞いてないな」
入り口の方が騒がしくなって姉弟は、そちらの方に目を向ける。
サヤヒリア以外、誰もこの展開を予想していなかった。
四度目にしてようやく会場に現れたレイシオン。隣にいるのは婚約者であるサヤヒリアではなく、淡い桃色の髪に華を挿した可憐な少女アイリス。若き獅子と愛らしい乙女の並ぶ姿は存外悪くない。しかし生徒たちはサヤヒリアの存在を思い出し、弟と共に会場に来ている彼女の姿を探した。
サヤヒリアは、無表情で二人を見つめていた。
レイシオンは平然とサヤヒリアたちのもとへ向かう。ライドルは苦虫を噛み潰したような顔で姉の手を引いて逃げようとした。しかしサヤヒリアの足は石のように固まって動かない。
「珍しいなライドル。お前がこんなところに姿を現すとは」
「……お久しぶりです。まさか来られるとは、思いませんでした」
緊張感に冷や汗を滲ませながら、ライドルは必死に姉の腕を引っ張っていた。
二人を凝視して硬直していたサヤヒリアがようやく口を開いたかと思うと「気分が悪いので失礼します」と、いつものように、青白くなった彼女はまるで自分の方が邪魔者にでもなったような顔をして二人の前から立ち去る。
噂には聞いていたけど、まさか気の強い姉が本当にそんな行動をするなんて思ってもみなかったライドルは、しばし呆然と立ち尽くし、置き去りにされたことに気づいた。
池の側で業火を噴き出し、ありたっけに叫んで、サヤヒリアは解けた髪を振り乱す。
「ああもう!」
忌々しい!
情のない嫉妬が気持ちが悪かった。
己の心を無視した
溜まったこの燻りをもう一度吐き出そうか。
「アリッシュベル嬢」
空耳だと思いたかった。
草を踏む足音。さきほどまで感じなかった人の気配。おそるおそると振り返る。
木陰から現れたのは、黒髪の貴公子。目を丸くした
み。
み、み、み、みみみみ見られたぁああああああ!!
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