第6話 酒場

 あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。

 ユーリィに案内された部屋で私は手持ち無沙汰になっていた。

 最初の方はいろいろと物珍しくて、ベッドに寝転んでみたり部屋の照明らしいものをいじってみたりしてたんだけど、さすがにそれにも飽きてきた。

「暇……」

 椅子に座って窓の下で楽しそうにしている子供や大人たちを眺めながら、私は髪の毛を解いて編みなおす。

 これといってやることも、出来ることもない。

 大きいベッドの上でお昼寝でもしようかな、なんて思いもした。けど、レオンさんが部屋に来た時に変な寝相とか寝顔をしてたらあまりにも恥ずかしすぎるからダメだ。

 音楽を聴こうにもケータイもないし。まあ、例え今手元にあったとしても充電は出来ないし、ネットにも絶対繋がらない。

 何せ異世界だしね。

 と、そんな感じで暇していたところ、トントントンと小気味いい足音が階段を昇ってきて、部屋の前で止まった。

「入るぞ」

 と、レオンさんの声。

「はーい」

 身体を起こして、ベッドの上で正座をする。

 がちゃん、という音を立ててドアが開けば、かなり大きな荷物を抱えたレオンさんが顔をのぞかせた。レオンさんはベッドの上の私を見ると、パチパチと瞬きをした。

「なんだ、そんな改まって。もう少しゆっくりしたらいいのに」

「いえ、私も一応年頃の女の子ですからね?流石に人前ではきちんとしておくくらいの分別はあるつもりですよ?」

 レオンさんの一言に、私はいやいやと首を振る。

 みっともないところを見せてしまうのは乙女としてのプライドが許さないってものなのです。

 レオンさんはそんなもんか、と呟いた後、部屋に入り抱えていた荷物を床に下ろした。

 私に背を向けて荷物を改めながら、次から次に何かの道具のようなものを取り出してはしまうレオンさん。

「んー?持って来てたはずなんだが……。何処に仕舞ったか……」

「レオンさん。レオンさん。何を探してるんですか?」

 背後から覗き込むと、レオンさんはこっちも振り向かずに答える。

「小銭入れ。本当はお前に入用なものを買おうと思ったんだが、俺には正直何が必要かよく分かんねーし。まあ祭りの日に外に出るな、なんていうのは流石に可哀そうだしな。この辺りは神都からの巡回もあるし、治安も良いほうだからな。小遣いやるから、あの子に案内してもらえ。夕方までには戻ってこいよ」

「え、良いんですか。色々やることがあるんじゃ」

「良い。ついでに常識やらなにやら教えてもらえ。あと嵩張らないもので入用なものがあるなら買え」

 やっぱどこ行ったかわかんねー、と呟き、諦めたのかお財布を探すことをあきらめたっぽいレオンさん。

 懐に手を突っ込んだレオンさんは、青い巾着のようなものを取り出してその中からコインを一枚取り出した。

「あんまり大金を渡すとトラブルのもとになるからな……。ほらよ」

 苦虫を嚙み潰したような顔をするレオンさん。そういいながら銀色のコインを手渡してくれる。

 過去に何かがあったのかな、これ……。

 お金がトラブルのもとになるというのは、異世界でも変わらないみたいだ。

 なんだか少し世知辛いなあ。

 というか、完全にお小遣いをもらってしまう形になってちょっと申し訳ない気持ちが……。

 コインを受け取りながら上目遣いでレオンさんを見上げると、レオンさんはため息をついた。

「ユーリィ、だったか。金の使い方はあの子から教わっておけよ。俺はユグドの奴を見てくるから」

「はい。気を付けて下さいね。いってきます」

「ああ。お前もな。いってらっしゃい」

 軽く片手をあげるレオンさんに手を振り返して、私は部屋を後にしたのだった。

 それから階段を下りてユーリィに事情を話してコインを見せたんだけれど……。

「銀貨!?すごい大金じゃん!?え、何?サキってどこかのお嬢様だったの」

 外で待っていてくれたらしいユーリィは、そう言って目を丸くしていた。

 あの、レオンさん。めちゃくちゃ驚かれてるんですけども。

 もしかして金銭感覚おかしい人じゃないですよね?いいのかなこれ。

 ユーリィの反応にちょっとビビりながらも、私は必要そうなものを買いたいと伝えることにした。

「レオンさんがね、身の回りのものを買って来いって言ってくれたんだ」

 何が要るのか分かんないんだけどさ、と続けるとユーリィはふんふんと頷いた。

「身の回りのもの?ああ、下着とか?」

 あっけらかんと言い放ったユーリィ。

 …………。

 うん。悪意はないんだろうね。

 でもデリカシーもないよね。

 と、思わず半眼になってしまう私。

 それに気づいたのか、ユーリィは慌てたようにぶんぶんと首を振った。

「えっと、その、他意はないっていうか……!おおおお、おれっ、田舎者でごめん!」

「……別に田舎ものとか思ってないよ。うん。別に、なんにも怒ってなんかないよ?」

「うえええ、怒ってるじゃん絶対!」

 半泣きになったユーリィがおかしくて、私は思わず声をあげて笑ってしまった。

「嘘うそ。そんなに怒ってないから大丈夫。ま、デリカシーはないと思ったけどね」

「うっ」

 痛いところを指されたといった感じのユーリィは小さな声で何か呻いていたけれど、私はそのまま近くのベンチに座って空を見上げた。

「はあ、何かお腹すいちゃった」

 考えてみれば、お昼前にレオンさんから保存食的なものをもらって食べた以外に何にも食べてないんだった。

 今にも空腹を主張してきそうなお腹を眺めてため息をつくと、ユーリィが首を傾げて覗き込んできた。

「どうしたんだ?お腹減った?」

「うん。実は、かなり」

 お、どうやらユーリィは持ち直したみたい。

 まあ、いつまでも落ち込んでてもしょうがないし。賢明な判断じゃないかな。

 私は、そんなことを思いつつちょっと偉そうに頷いた。すると、ユーリィはニヤッと笑う。

「お、そっか。じゃあ、ノーラおばさんとこ、行こうぜ!今日は祭りだからめっちゃくちゃうまいミートパイ、焼いてくれるんだ」

 思い出すだけでよだれが出そうなのか、ユーリィはにやけ顔で口元を拭う。

「おばさん、めちゃくちゃ料理上手でさ。かりっかりのパイ生地にジューシーなお肉がたっぷり詰まったパイを祭りの日に配ってくれるんだよ。サキも気に入ると思う」

「確かに、めちゃ美味しそう……」

 話を聞いているだけで私のお腹も鳴っちゃいそうだ。

 ミートパイが何なのかはよく分かんないけど。

「めったに食べられないご馳走だし、早めに行っといて損もないかな!行こうぜ!」

「って、今から!?」

「あったりまえだろ!ほら、行こう!」

 私の手を取って催促してくるユーリィは、まるで散歩を催促するワンちゃんの如きテンションの上がりっぷり。うっかり柴犬の耳と尻尾を幻視してしまいそうだ。

 まあ、私だってお腹はすいてるし、村のことも見て回りたい気持ちもある。

 ここは素直にユーリィについて行こうっと。

 私は手を引かれるままに歩き出すのだった。


「――そうして勇者ユーリスは悪竜を見事討ち果たし、次の冒険へと旅立ったのでした。めでたし、めでたし」

 男の人の低くて柔らかい声がお店に入ったばかりの私の興味を引き付ける。

 外に比べれば薄暗い室内は、目が慣れるまで少しだけ時間がかかってしまう。すっかり目が慣れたころには、すでに読み聞かせは終わってしまったみたいだった。

「あれ?ユーリィ、おそかったね」

 大きなテーブルの周りに集まっていた子供の一人がこちらを向く。

「ん?どういう事なんだ」

「あのねあのね!騎士様がね、勇者ユーリスの伝説を読んでくれたの!悪い竜をユーリスが退治するお話!」

 お行儀よく椅子に座っていた子供たちが、嬉しそうに、楽しそうに指差した先には、かなり分厚くて立派な表紙の本があった。

 表紙には色鮮やかに、馬に乗った青年が剣を掲げている様子が描かれている。

 おー。すごい。さっきの子どもたちが持ってた本と似てるから、おんなじシリーズものかな?

「い、いいなー!お前らそんな楽しいことしてたのかよ」

「だって、ユーリィが遅いのがわるいよ」

 ものすごくショックを受けた顔をするユーリィに、読み聞かせをしていた男の人は子供の頭を撫でてやりながら首を振った。

「あなたは字が読めますか?もし字を読めるのでしたら子供たちに読んであげてください」

 ユーリィはびっくりしたように目を見開いて、震える声で問いかけた。

「え、えええっ!?い、良いんですか、こんな高価なもの……!」

 男の人は頷きながら、ズシリと重たい本を差し出した。

「くれぐれも汚したり破いたりしないように。いいですね?」

「は、はい!」

 緊張したように本を受け取ったユーリィは、とっても嬉しそうに笑った。

「ユーリィ、つづきよんで!」

「わたしたち、ぜったいにじゃましないから」

「ああ、いいぞ。あの、ありがとうございます。絶対にお返ししますから!……ごめん、サキ。ちょっと待ってて」

「いいよー」

 私は笑顔で頷いた。

 見知らぬ人々の中に一人って言うのは、まあ、少しだけ寂しいような気もしたけど。こんなワクワクしたユーリィの顔や、周りの子どもたちの顔を見れば仕方がないって思っちゃうものです。

 とはいえ、横目で見る楽しそうな様子に疎外感を覚えないわけではなく。

 椅子にちょこんと座りながら肘をつく。

 そんな状態の私に話しかけてくれたのは、読み聞かせをしていた男の人だった。彼はお店の人に何かを注文すると私に向き直って首を傾げた。

「あなたは?その服装、どうやらこの辺りの方ではないようですが」

「私、ですか」

 緑色のゴーグルのようなものと、目深に被ったフードのせいで顔は良く見えない。

 でも、何となく悪い人ではなさそうだ。

 私は居ずまいを正して、自己紹介をすることにした。

「私はサキっていいます。今はちょっとした事情があって、彼……ユーリィに面倒を見て貰っています。保護者、というか命の恩人は今ちょっと別の所に行っちゃってるんですけどね」

 言っちゃなんだけど私あまりにもあんまりだな。

 まともに説明も出来ないのか。

 でも、その人はその説明で満足してくれたのか、そうですかと頷くとまた静かに読書に戻っていった。

 途端に落ちる沈黙の帳。

 うわあああ。気まずい。

 私あんまり黙ってるの得意じゃないんだけどな!

 黙ってると不安になっちゃうんだけど!

「……あ、あの!」

「はい」

 本の内容で盛り上がっているらしいユーリィと子どもたちを尻目に、静かにグラスを傾ける騎士さん。

 私は思い切って、話を聞いてみることにした。

「あの、あなたはこの辺りの人……なんですか?それともどこか別の場所にお勤めされてるんでしょうか?」

「私はこの土地に縁あるものではありません。体を休めるためにこの村に立ち寄ったのですが……あいにく今夜は火祭りですので。出立は明日以降となりますね」

「火祭り、ですか。それ、レオンさん……私の恩人も言ってました。魔除けのお祭りなんですよね、確か」

「……、ええ。お若いのに良くご存じですね。もしやあなたの保護者という方は、神都のご出身ですか?」

 緑色のゴーグルの奥の目が、少しだけ見開かれたように大きくなった。

 あれ?なんだかちょっとだけ空気が柔らかくなった気がする。

 これなら話せるかな。

 私は少し笑って、首を振った。

「どうでしょう。私はあの人のことをまだ良く知らないんです。でも、あの人は私を助けてくれた優しい人だと思っています。なーんにも分からない私ですけど、助けて貰いっぱなしなんです」

「そうですか。良い方に助けられたのですね。偉大なる神々と、そして神王陛下の思し召しでしょう。……ああ、そういえば、名を名乗っていませんでしたね」

 口元を穏やかに持ち上げて、その騎士さんは恭しく礼をした。

「私はラエリエ。ラエリエ・トレルモン。神王陛下に使える騎士の一員であり、追憶の石碑に名を刻んだ者。サキさん、短い間とはいえ良き出会いとなるように願っています」

 まさに騎士然としたその仕草に、私は思わず「はい」と神妙に頷くのだった。

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