第5話 タミル村

 一悶着あって、ひとしきり笑いあって、まあまあ打ち解けられた頃。

 よし、と言ってユーリィは村の方向を指差した。

「じゃあ、そろそろ村を案内しよっか。今日は火祭りだからみんな色々準備してるんだ。この村だけでやるから小さいお祭りだけど、おばさんたちが腕を振るったご馳走もあるし、遠くから来てくれた吟遊詩人の人もいるんだ。さっきちょっと歌を聞いてみたけど、これがすんごく上手でさ!って、どうしたんだ?」

 きょとんとした顔で私を覗き込むユーリィ。

 その理由は至って簡単で、私が渋い顔をしていたからだろう。

「俺、何か変なこと言っちゃった……?」

 ショックを受けたような顔をする彼に、私は慌てて否定した。

「ち、違うよ。ただ、ほら……、今の私、目立っちゃうんじゃないかなあって思ってさ。目立っちゃったらレオンさん……、えっと、私を助けてくれた人に迷惑かけちゃうかもだし……」

 変に目立っちゃった挙句、レオンさんに迷惑を掛けてしまうなどという事態は流石に避けたい私だ。

 何故かめっちゃ面倒見てくれてるあの人に愛想を尽かされでもしたら、私はこの右も左も分からない世界で一人ぼっちで無残に寂しく野垂れ死ぬこと請け合いだ。そんな未来は何としてでもご免被りたいし、全力を以って回避させてほしいところ。

「そっかあ……」

 私の言葉に目に見えてしょんぼりとするユーリィ。

 やっべ、罪悪感がすごい。

 純粋な善意というか、厚意を無下にするのは私としても望むところじゃないんだけどな。悲しそうに項垂れるユーリィを見ているとなんだかものすごく悪いことをしてしまった気分になっちゃうなあ。

 ぬぐぐ、どうしたものかな。

 顎に手を当てて考え込む。

 出来ればユーリィにいい顔をしたい、でもレオンさんに迷惑はかけられない。どうしよう。

「……め、目立たないんだったら大丈夫……だと思うけど!目立たなくて大丈夫ならいけるよ!……うん、多分ね」

 やがて私の頭が導き出した回答は、ごまかし誤魔化し曖昧に、めちゃくちゃ予防線を張っておくというもの。

 卑怯かもしれないけど仕方ない。

 レオンさんに迷惑は絶対かけないようにするから!絶対変なことはしないから!

 なんて、自分に言い聞かせておく。

 いや、やっぱダメじゃないかな。ダメな気がする。いや、少しならだいじょう、ぶ……か?

 そんな私の迷いを知らず、ユーリィはパアッと明るい顔になる。

「え、マジで!?やった、それなら心配ないって!神都の方から騎士様が来てるし、みんなお祭りで浮かれてるから、サキみたいに変な格好でも誰も気にしないからな!」

「あっ、やっぱり変な格好っていう認識自体はあるんだあ!そっかあ!」

 なんか悲しい気がしてきたけど仕方がないや。

 レオンさんも多分村の中にいるだろうし、見つけたら即謝ろう。

 そう決意する私の心など知る由もなく、急激に元気になったユーリィははしゃぎながら私を引っ張っていくのだった。


 村は遠くから見た通り、木のバリケードに囲まれているらしくて少し物々しい。

 でもそんな印象をかき消すくらいの活気に満ちていた。

「わあ……!」

「おー、みんなやってるな。俺たちも行こうぜ」

 村の中央にある広場では、軽快な音楽に合わせて踊る人々や、その周りで楽しそうにお喋りをしている人たちの姿があった。

 おお、いかにもお祭りっていう雰囲気!

 私、こういうの好きなんだよなぁ!

「ユーリィ!ユーリィいたあ!聞いて聞いて!俺たち、騎士様とお話ししたんだよ!うらやましいだろ」

 遠くの方から手を振って駆け寄ってきたのは10歳くらいの男の子。質素な服を着てはいるものの、その表情は生き生きとしている。

 その理由は両手で抱えている重たそうな本だろう。

「そ、それは、まさか!?」

「ふふーん。聞いて驚けよ、なんと勇者ユーリス物語の最新刊!俺たち字は読めないから、ユーリィに読んでもらおうって話になったんだ」

「ええ?そんな高価なもの誰から貰ったんだ」

 今にも目を回しそうなユーリィに、男の子たちはブンブンと首を振った。

「流石に貰ってなんかはないよ。騎士様、いい人でさあ。故郷の子たちに買ってあげたらしいんだけど、それ見たいっていったら貸してくれたの。絶対に汚すなって言われたから、絶対に守らなきゃいけない約束だけど」

「そうそう。ホントはじっくり読みたいけど、みんなでこーへーに読まなきゃだから。ユーリィもいっしょに見よ?」

 小首を傾げる10歳くらいの男の子。

 年下からあんな風に誘われるって、ユーリィはかなり人気者みたい。

「そっちのお姉ちゃんは誰?村の外の人?」

「あ、うん。私、サキ。すごく遠いところから来たんだ」

「そうなの?じゃあ、お話聞かせて!あ、待って勇者物語も読みたい!」

 真っすぐな目で見上げてくるのは10歳くらいの男の子。ユーリィみたいに緑色のジャケットとブラウスを合わせたごく平凡な見た目をした子供だ。

 ほっぺのあたりに傷をつけてたり、膝をすりむいている辺りかなりのヤンチャっ子なのかもしれない。

 でも、そんな子が本に興味を示すという事は、勇者物語?というのは中々すごい人気があるみたい。

「姉ちゃん、変なカッコだね。神官さまなの?」

「ホントだー。変なカッコしてるー」

 他の子どもたちの興味もどうやら私に移ったみたいで、右から左から服を引っ張られる。

 待って待って。悪意はないんだろうけど強く引っ張られると伸びちゃう!

 制服伸びちゃう!

「待って!ちょっと待ってね!引っ張られたら伸びちゃうから!あとスカートの裾持つのやめようね!」

「変な布だねぇ、これ。神官さまの服に似てる?」

「くろ?こんいろ?へんなの~」

 女の子だからまだいいけど、男の子だったら容赦なくぶん殴ってるところだよ。

 はあ。

 というか、変、変って連呼されるのはちょっとへこむというかなんというか……。

「そんなに変?ちょっと悲しくなってきた……」

「うーん、変だけどおかしくはない。多分」

 ユーリィが真剣な表情で言い切ってくれたけど、何のフォローにもなってない気がするう……。

 ふう。とため息をつく私の様子を知ってか知らずか、子どもたちはきゃいきゃいと笑いながら先に広場の方に行ってしまった。

 元気なのは良いことなんだけど、ああもエネルギッシュだとこっちの身がもたないよ。

「そっか。じゃあもうしょうがないね。私たちも行こうか」

 人生諦めが肝心だとどこかの誰かが言っていたことだし、さっさと切り替えていこう。

 そうして歩き出そうとした私だった。

 でも、そこでゾクリ、と背中に冷たいものが走った。

「……ッ!?」

 まるで背中につららを落とされたようなその感覚は、私に今までにない危機感を抱かせた。

 ヤバい。絶対にヤバい。

 本能というか、何というかそれっぽいものがガンガン警鐘を鳴らしている!

 何かすごくやな感じだ。

 そう、まるでお母さんとの待ち合わせに遅れたのがこっそりコンビニで買い食いをしていたことがバレた時のような──。

 ゴクリ、と喉を鳴らして首を回す。

 ギギギギギと軋むような音をさせて回した視界。

 その先に仁王立ちしているのは――いるのは……。

「人に散々探し回らせといて楽しそうに観光とはいいご身分だな」

 低く低く、まるで地獄の底から響いてくるような声。

 恐る恐る振り返れば、そこにはにっこりと微笑むレオンさんの姿。

 たらり、と冷や汗が背筋を伝う。

「俺がいろいろ下準備して、宿も取って、服も買って、苦労してる間に居なくなったと思ったら、そうか。お前はそういう奴だったんだなあ?」

 笑っているけど青筋が立っている。目は笑ってない。握った拳はフルフルと震えている。

 あ、これ終わりましたね。

 そりゃあそうだよ。目立つことを心配してわざわざ服の調達に行ってくれたのに、元の場所にいないしユグドさんをほっぽってるし、普通の感性があるなら怒る。絶対怒る。私だって同じ事されたら多分ブチ切れる。

 つまり、はい。

 レオンさん、超怒ってる。

「す、すみませんッ。マジで反省してますごめんなさいいいいッ」

 絶叫しながら音速で頭を下げて素直に謝る。反省するしかない。

 これはほんとに私が悪い。いや悪いかどうかはこの際関係ないかもしれない。

 目を吊り上げた眼光に、明らかに安堵の色がある。

 良く見れば髪も乱れているし、少し息も荒い。

 もしかしなくてもずっと探してくれていたんだ。

「本当に、本当にごめんなさい!」

 心配させてしまったのは割とマジで申し訳ない。

 たとえ不可抗力であったとしても、レオンさんを心配させてしまったことは心が痛む。

 レオンさんはそんな私の姿を見て深いため息をついた。

「……まあ、無事だったなら不問にしてやる。あとで説教だけどな」

「そ、それは不問にしたとは言わないんじゃないでしょうか……?」

 恐る恐る視線を上げると、レオンさんは額を手で押さえながら唸った。

「とりあえず立て。俺が年頃の子どもにとんでもない事させる人間に見えるだろ」

「アッ、ハイ。スミマセン……」

 立ち上がった私の後ろではユーリィがあわあわしていたらしく、レオンさんの興味はそちらに移ったみたいだ。

「そこの青髪の奴は?」

「あ、お、俺ですか?!」

「ああ」

 レオンさんの鋭い視線を受けて冷や汗を流すユーリィ。

 なんでかな?と思ったけど、そっか、自分も怒られるかもしれないと思ってるのか。

 私を追いかけたのが一応の発端でもあるしね。

「れ、レオンさん……その、居なくなったのはほとんど私なので……あんまりユーリィを怒らないでくださいね……?」

 びくびくしながらレオンさんを見上げる。

 彼は慌てるユーリィに何か気になることがあるのか、じいっと見つめていたけれど、やがて緊張が解けたように肩を下ろした。

「まあいいか。とりあえず先に宿に行くぞ」

「え、あ、はい!ま、待ってください!」

 スタスタと歩き出すレオンさんを追う私。

 その背中にはもう怒気はなかった。

「あ、あの!宿ってことは、俺……ばあちゃんの家に泊まるんですか」

「あ?あそこ、お前の家か」

 レオンさんは少しだけ目を見開いてユーリィを振り返った。

「はい。俺、ばあちゃんとじいちゃんに育てられてて」

 ユーリィは、表情をぱっと明るくした。

 多分、そのおじいちゃんとおばあちゃんのことが大好きなんだろうな。

「荷物はありますか?良かったら俺が運びます。これでも力はある方だし、サキ……さんの案内もした方がいいでしょうから」

 ちょっと恥ずかしそうにこっちを見るユーリィ。

 なんでそこで照れるのか。

「そうか。世話になる」

 目元を和らげたレオンさんは、そう言って私を振り返った。

「サキ」

「は、ハイ!」

「俺はユグドを村の外に出してくるから、この子と宿に行っててくれ」

 今度は勝手にどこかに行くなよ?と睨まれる。

「わ、分かってますよ!」

「あの、一応馬房もありますよ。飼葉とかも……」

 不思議そうに首を傾げたユーリィに、レオンさんは首を振った。

「あいつ、結構気が強いからな。普通の馬房じゃ蹴り壊して出て行っちまうんだよ」

「え、ええ……」

 まあ、喋れるお馬さんだしね。

 この世界のお馬さんが全員喋れるとかではない限り、色々事情もあるんだろうな。

 とはいえ、お馬さんがそこら辺を自由に駆け回っている、という状況は少し怖いものがある。ユーリィも同じことを考えていたみたいで、みるみる表情が曇っていく。

「え、でも……」

「大丈夫だよ。あいつはそこらの人間より賢いし、人間を蹴って回るようなことはしない。心臓に誓ってもいい」

「私もそう思うよ。ユグドさんはこっちの言葉も分かるし、私の命の恩人でもあるからね!」

 ぐっと拳を握って私も加勢する。

 ユーリィの気持ちも分からなくはないけど、出来るなら私はレオンさんとユグドさんのことは信じたい。

 無責任な気はする。でも、ちょっと話しただけとはいえユグドさんのあの理知的な目と言葉は信じるに値するものだと思う。

 なので、ユーリィには悪いけど押し切らせてもらおうかな。

「え、ええ?馬が命の恩人?」

「そうそう!ユグドさんがいなかったら今の私の命はなかったんだ。レオンさんもそう思いますよね??」

「ま、まあな」

 いや、なんでちょっと引き気味なんですか。

 レオンさんの味方、というかユグドさんの味方をしてるんですけど。

「と、言うわけで、早く行こ!楽しみだなあ!」

「う、うん。サキ、さんを案内してきますね」

「サキって呼び捨てでいいんだけどな」

「それはそれなの!」

「悪いな。あとで宿代は弾む」

 どこかほっとしたように見えたのは、多分気のせいじゃないんだろうな。

 人さらいとかに間違えられたら目も当てられないし、ね?


 ▲▲▲▲


「おー……。すごい……雰囲気がある……」

「ばあちゃーん!お客さん連れてきたよ」

 レオンさんと別れて、ユーリィに連れられてやってきたのは、村の中心から少し外れた場所にあるお家だった。

 木で組み上げられた独特のフォルムと、明るい色の屋根。

 煙突から昇る薄い煙と、軒下にぶら下がる看板。

 村のお家のほとんどと変わらない作りのお家だ。

「ごめんくださーい!」

「おや、珍しいお客様だね。さっきの真っ黒な人の妹さんかい」

 ああ、やっぱり妹判定なんですね。

 もうそういう事にしたほうがいいよね。レオンさんには悪いけど。

 ちゃきちゃきしたお婆さんは、皺の刻まれた顔を緩めると椅子から身を起こした。

「はい。妹みたいなものです」

「そうかい。ユーリィ、お嬢さんの荷物を二階に運んでおやり。お代は先に貰ってるからねえ」

「はーい。あ!ばあちゃん、鍋運ぶのは俺がやるから休んでてくれよ」

「お前まであたしを年寄り扱いするんじゃないよ。お前がもう少し立派になるまでおちおち休んでなんかいられないからね」

「もー、俺はもう一六なんだ。そろそろ一人前なんだぜー」

「だまらっしゃい。お前をまだ世間様に出すわけにはいかないよ。ほらほらさっさとお嬢さんを案内しておやり」

「分かったよ、ばあちゃん」

 行こう、と手を引いてくるユーリィに苦笑しながら、私も宿屋の階段を上る。そんなには広くない廊下と、三枚の扉が等間隔に並んでいる。

「あんたたちはこっちな」

 ユーリィがカギを開けたのは一番右の部屋だった。

「掃除はしてあるけど、何かあったら言ってくれ。虫とか退治するのは得意だからな、俺」

 ふふん、と得意げに胸を張るユーリィ。

「むし……、虫かぁ……」

 苦手っちゃ苦手だ。特にムカデ。おばあちゃんの家で一回刺されたのトラウマになっちゃったんだよね……。

 痛いし怖いしで泣き叫んでた記憶がある。

「ありがとね。……そういえば、レオンさんは?」

 ユーリィは、ん?と首を傾げて、それから腕を組んだ。

「あの人はばあちゃんに聞きたいことがあるから、部屋に先に行ってろって。代金も先払いだったし、チップも弾んでくれたよ。羽振りがいいよな」

 ふんふんと鼻歌まで歌って機嫌の良いユーリィ。でも、私はその言葉に目を見開いた。

「おわ……さっきの聞き間違いじゃなかった……!私、レオンさんに宿代まで払ってもらったの……!?え、どうしよう。返す当てが全くない」

 いやホントにお世話になりっぱなしなんだけど!?

「まあいいんじゃないか?多分、おせっかいな気質なんだろ。……え、待ってくれ。薄々思ってたけど、あんたら家族じゃなかったのか……!?」

「わー!!!家族!家族です!!そういうことにしててくださーい!!」

 ユーリィがハッとした顔をするので慌てて誤魔化した。

 せっかく乗り切ったと思ったのに。油断は禁物だなぁ。

「そ、そっか。何か事情があるんだな。うん。そういう事にしとく」

「そういう事です。ええ」

 とりあえず最もらしくうなずいておく。

 ユーリィは若干納得してなさそうな雰囲気はあるものの、軽く手をあげてドアノブに手をかけた。

「じゃあ、俺は行くよ。何かあったら声かけてくれ。ばあちゃんの手伝いしないとだからさ。ごゆっくり」

「ありがとう。またあとでね」

「ああ」

 ドアの閉まる音と階下に降りていくリズミカルな音を見送って、私はベッドにごろりと横になったのだった。

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