第2話 第一村人、発見
規則正しく響く蹄の音。揺れる身体。穏やかに流れる川の音。
目の前に満ちた風景は緑一色で、きれいに均された道はどこまでも、どこまでも伸びているようだった。
空にはエキセントリックな配色の怪鳥、向こうの畑には五本の角を持った私が知っている牛の二倍くらいの大きさがある牛さん。
暮島沙希。16歳。高校生。
只今怪しげ真っ黒お兄さんに連れられて、異世界を旅しています。
あの後──お化け蛸に襲われていた私を助けてくれた──レオンさんは、「とりあえず一緒に来い」なんて言って、私を連れて行ってくれていた。
正確に言えば、馬に乗せられているって感じだね。
もちろん二人乗り。前に私、後ろにレオンさん。
馬とか乗れませんよ~!!って駄々をこねたら北極みたいなすっっごい目で睨まれたので、大人しく乗せられるがままの状態。
お尻とか凄い痛いけど我慢。
というかユグドさん私まで乗っけて重くないのかなあ。荷物とか結構あるっぽいけど。
レオンさんから話をざっくり聞いた感じだと、私たちの目的地は今夜宿をとる村らしい。
期待はするなよ、なんて言ってるレオンさんだけど、正直な話、一緒に連れて行って貰ってるだけで超ありがたいので文句なんて言えるわけがない。
とはいっても、移動する時間は結構なものだった。
私が慣れないお馬さんに乗っているっているのもあったと思う。
レオンさんは非常に物知りで、色々なことを話してくれるので長い移動の間でも退屈ということはなく、むしろ楽しいくらいだった。
今進んでいる道がどこからどこにまで繋がっているのか、とか。ここはどんな地域で、どんなものが有名だとか。
初めて聞くもの、初めて知るもの。全部が新鮮で飽きが来なかった。
お馬さんの背中で一緒に揺られているレオンさんを見上げる。
「? どうした、急に。飽きたのか?」
意思の強そうな黒い吊り目気味の瞳が少し見開かれて、私を怪訝に見下ろしてくる。
私はその様子がちょっとおかしくなって、少し笑って首を振った。
「全然!むしろ聞いてて楽しいくらいです」
「そ、そうか」
眉間によった皺が少しだけ和らいで、眦が下がる。それだけでかなり印象が変わる。
初めて見たときはなんて気難しそうな人だろうと思ってたけど、レオンさんは意外と穏やかな人なのかも。話題がポンポン出てくるあたり、話好きでもあるのかな?
「お前、何か失礼なこと考えてないか」
そんなことをつらつらと考えていたらせっかく和らいだ眉間の皺がまた深く寄ってしまう。
「何故にっ!?私全然そんなこと思ってないですよ?」
「いや、何かそういう顔してた」
「レオンさんは私のことなんだと思ってるんです??いたいけな少女に対する当たりがなんか強くありませんか??」
むきー!となって両腕を振り回すと、「やめろ、落ちるぞ」と真顔で窘められてしまった。
そうだった。ここお馬さんの上だった。
「ユグドは親切だからお前を乗っけてくれてるだけだぞ。頼むから大人しくしててくれ」
「う、すみませんでした……」
しょんぼりと肩を落とす私に、レオンさんは呆れるようにため息を吐き出した。
「分かったんならいい。きちんと座りなおせよな」
「はい……」
肩を落としながら私はもう一度お馬さんの背中に座りなおす。
成人男性と女子高校生を載せてるのに、このお馬さんは全然疲れた素振りも見せてなくてやっぱすごいなーなんて思いながら、後ろで支えてくれているレオンさんにちらりと視線を向ける。
「何だ?」
「いや、あの……お話、もうちょっと聞きたいなー……なんて」
「いいけど。俺、そんなに面白いネタは持ってねーぞ」
「じゃあレオンさんのこと聞きたいです!いつかお礼がしたいんで!」
片手をぐっと握りしめた私に、レオンさんは可哀そうなモノを見る目をした。
「俺のことよりもまず自分のことをどうにかしろよな……」
ぐぬう。実際何にも解決してないし、そう言われちゃったらマジで何にも言い返せないんだけど……。
「いや、でも。何かお返ししたいって思うのは自然なことでしょう?今は無理ですけど、ホントいつか、何かお返しできたらなーって感じですから。そのためにもレオンさんのこと知っときたいー、みたいなー?」
目を泳がせる私にレオンさんは少し苦笑して、左右に首を振った。
「だからさ、今は自分のことだけ考えてろよな。俺が出来ることなんてほんとにちょっとしかないし、お前にとって一番きついのはこの後だろうからな」
「は、はあ……」
ええ、怖ぁ……。
そんな不安になるようなこと言わないでほしいなあ。全部事実だけど。
そもそも異世界にトリップしたとか、尋常じゃない非常事態。右も左もわからないところにたった一人なんて、普通じゃ考えられないことだ。ケータイもないし、お財布もない。頼れる人は本当なら赤の他人で、迷惑をかけてる状態。好意にずっと甘えてる訳にはいかないし、私は一人でこの世界を生き抜かなくてはいけないんだ。
幸い言葉は通じる。でも元の世界──家族や、友達や学校に帰れるかどうかもわからない。自分がどうしたらいいのかもわからない。
先が見えない恐怖は、確実に私の中でとぐろを巻いている。
うん。私は怖い。怖いけど、何かしなくちゃいけないっていうじりじりとした焦燥感だけが今の私を支えてくれているのかもしれない。
大きく息を吸って空を見上げた。
私の知っている空と変わりない青。ちょっと違った二つの太陽。日差しは燦燦と降り注いでいて、肌は少し汗ばんでいた。
ああ日焼けしちゃうなぁ、なんて。能天気かな?
大変な時なのにあんまりいつもと変わらないことを考えてる自分がいて、ちょっとおかしくなって一人で笑ってしまった。
張りつめていた気分がほぐれた……かな?
ほっと息を吐いて、ほっぺを両手で叩いて気合を入れる。
やるぞ。私はやって見せるぞ。
絶対に家に帰ってやるし、ついでにレオンさんに恩返しもするぞ!
決意も新たにむん!と両拳を握りしめてレオンさんを振り返る。
レオンさんは何か奇異なものを見るような困惑した目を私に向けていた……。
「お前……やっぱり思い詰めてたのか……」
「え!?なんでそうなるんです!?今気合い入れて決意も新たにしたところなんですけど!!」
「そうなのか?」
「そうですよ!?」
「そうかー」
じゃあいいか、なんてすぐに興味をなくしたレオンさんは手綱を握りなおして前方に目を向けた。
うーん。付き合いはまだまだ全然なんだけど、この人優しいんだけどだいぶドライなとこ、あるよねー。
ちらりと様子をうかがいながら、私はこっそりとため息をついた。
親切心で言ってくれてるのは分かるし、多分悪意もないし気にしなければいいんだよね。
それでもやっぱり何か明るい話題が欲しいところ。
その時、ふと思いついたのはレオンさんが私を助けてくれた時のことだった。
「レオンさんは、どうしてあのお化け蛸を探してたんですか?なんか、迷惑なんだよーって言ってましたよね?」
「あー、あれか。いや、な。行きがけに泊まった村から泣きつかれたんだよ。ここら一帯を荒らすクラーケンを倒してくれって」
「はあ。レオンさんは冒険者か何かなんですか?」
「全然違うぞ。なんか『その出で立ちはもしや聖騎士様ではありませんか!?どうか我々の村を御救いください』って言われて、俺は違うって言ったんだけどな。話も聞いてくれねーしなんか勢いで押し切られて村から出された」
「ちょっとひどいですね。それだけ追い込まれてたんじゃないかなーとは思いますけども」
「だろ?んで、しょうがねーから様子見だけでもするか―なんて海岸を見回ってたらお前がいた。そんな感じだ」
間に合ってよかったな、と付け加えるレオンさんにはマジで頭が上がらない。
「いや何回でも言いますけど本ッ当にありがとうございましたっっ!私に出来ることだったらなんでも頑張りますから!何でも言ってくださいねっ!」
「だからもういいって。お前は運が良かっただけなんだから」
少しうんざりしたような表情で私に目を落とすレオンさん。手綱から手を離し、こつん、と手袋に包んだ指先を私の額に当ててくる。
あっ、痛い。結構痛い。
「何でもかんでも安請け合いしようとするな。大体面倒でとんでもねーことになるんだから、そういうの。注意しとけ」
「は、はあ……」
「まあ、言ってもわかんねーよな。うん」
レオンさんは相変わらず眉間にしわを寄せたまま、手を頭の後ろにやってガシガシとかき回す。
困ったような、悩んでいるような表情。
「レオンさんは苦労人、だったりします?」
「……多分。自分で言うのも何だが、苦労はしてると思う」
そんな気がします。確かに。
「納得したような顔すんなよなー」
また手を手綱に戻すと、レオンさんは前を向いて目を細めた。
「……火祭りの準備がしてあるな。早いとこ宿に着いたほうが良さそうだ」
「ひまつり……?」
初めて聞く言葉に疑問符を浮かべると、レオンさんは遠くの方を真っすぐ指差して教えてくれた。
「あれ、見えるか?そう、あの囲いのとこだ。山のように薪が積んであるだろ。今日は火祭りっていう行事がある日だ。年に一度、世界の境界が揺らぐ夜。三つの世界が互いにまじりあう夜。神も魔も等しく顕れ、世界を侵す夜。だからみんな火を焚いて身を寄せ合うんだ。恐ろしいものから身を守るために、な」
「節分みたいな行事ですね」
「そうだな。まあ、今はほとんどその意味を忘れ去られてて、大人は夜遅くまで踊って飲み明かして子供はお菓子とご馳走をたらふく詰め込んではしゃぐ日になってるけど」
「一気にハロウィンみたいになりましたね」
私の言葉に妙に神妙な顔になって、レオンさんはそっと目を伏せた。
「忘れられていくんだよ。そういうもんだ。でも、忘れてしまいたいことに限って大体は忘れちゃならないことなんだよ」
「……そうかもしれないですね」
うー、何か空気が重い?触れちゃいけないとこに触れちゃった感じ?
ああ、でも。不思議と引き込まれるような話しだ。
世界は違っても人間の在り方は変わらないというか、逆に安心できるというか。
「それじゃ、俺は先に行くから」
出し抜けの言葉に振り返る。
レオンさんは言うや否や「よっと」とお馬さんから飛び降りてしまった。
「え、待ってください。どうしたんですか。なんで先に行くんですか?」
「いや、お前目立つ格好してるだろ?村人たちに囲まれても困るだろうし、何か着替えでも探して来ようかと」
「滅茶苦茶気を使ってもらってますね、ありがとうございます!……でも、あの、その……一人はちょっと不安っていうかぁ……。」
もじもじしてる私を半眼で見上げて、レオンさんはため息をついた。
「仕方ねーな。それじゃ、ユグドと一緒にそのあたりで待っててくれ。そこらの傭兵なんかより頼りになる」
指をさした先には成程、丁度身を隠すのに良さそうないい感じの森があった。
私は渋々頷いて、手綱をぐっと握りしめた。
「……分かりました。大人しく待ってます。でも、早めに戻ってきてくださいね?あと、何かあるかもしれないので気を付けてください!」
「ハイハイ。お前に言われなくても分かってるよ。お前こそ騒ぎを起こすなよー」
後ろ手に手を振って遠ざかっていくレオンさん。と、同時にユグドさんもゆっくりと道から外れて村から見えにくい森の方に進路を変える。
本当に賢いというか、頭がいいというか……この人(?)、本当にただのお馬さんなのかなぁ?
私を大丈夫かな、という感じで振り返ってくるユグドさんを見ながら改めてそう思う。
うーん。待つときにずっと乗りっぱなしっていうのも悪いし、森のなかだしやっぱ降りよう。
恐る恐る首を伸ばして地面との高さを測る。
うわ、やっべ。やっぱ怖。
「ああ、気を付けて。私は暴れたりはしませんが、そのように不安そうにしていてはどんなに人に慣れた乗騎でも不安がるというもの。レッスンをして差し上げますから、どうかそのまま動かないで」
「――え」
夏空に鳴る風鈴のように涼やかで麗しい女の人の声。
慌てて辺りを見回しても誰もいない。
幽霊!?ゴースト!?怪奇現象!?
なんでもありな異世界とは言え、真昼間から超常現象が起きるのはいかがなものか。
そう思いつつ、頼れる人もいないので不安を感じながら浮かしかけた腰を下ろしてその声に対して問いかける。
「え、ええっ!何処??え、誰ですか!?何処のどなたなんでしょうか!?」
「あら、もう名前を忘れてしまったのですか。仕方のないことですね。まあいいでしょう。さ、まずは右足を鐙からゆっくりと抜いてください。堕ちないように気を付けてくださいね」
「は、はいっ」
混乱と驚愕。私は声のまま、踏みつけていた金具から足をそろそろと引き抜いて次の指示を待つ。
「出来ましたか?」
「はいっ」
「そうですか。でしたら次は左手を首のあたりにおいて、右手で鞍を掴んで。はい、出来ましたね。左足も抜いて、腕に力を込めてゆっくり滑り降りて」
「う、はい……」
言われた通りに左手を首のところにおいて、鞍の前の方に体重をかける。
やっぱり怖い。高い。
え、無理かも。泣きそう。
それでも腕をプルプルさせて、全体重をかけてゆっくり滑り降りる。
「ふぎゃッ」
まあそれは降りるというよりも落ちる、というのが多分近かったんだけど。
どしん、と尻餅をついた。
じんじん来るお尻の痛みに呻きながら、上を向くとユグドさんのピンク色の鼻先がこちらに向けられていた。優しそうな丸い瞳が私を見下ろしている。
「あらあら。気を付けて下さいと言ったのに。怪我などはありませんか?サキ」
再び聞こえるきれいな女の人の声。しかし、私の周りにはやっぱり誰もいない。
サアッと血の気が引くのが分かる。
やっぱ気のせいじゃなかった。絶対、何か、居る。
何を隠そう私は――幽霊とかお化けとか、そういったモノが――大の、苦手である。
「あば、あばばばば……」
怖い怖い無理無理やっぱり無理言ってでも一緒に連れて行って貰ったらよかった。一人とかホント無理だからー!親切にしてくれてるのは分かるけどー!
恐慌状態に陥った私は両手で身体を抱きかかえながらぶんぶんとあたりを見渡した。
「すみません返事をしてくださいせめて何処に居るかとかそういうのを~!」
情けない半泣きの声に、その声は果たして答えてくれた。
「何をしているのですか。私は目の前にいるではありませんか」
「え、目の前……?」
ピタリ、と動きを止める。
心底不思議そうに、目の前の真っ白な頭が傾げられる。ぱちぱちと長い睫毛が上下する。
「目の前って、お馬さんしか居ませんよね……?」
「ええ。私がいますね」
恐る恐る問いかけると、大きな頭が上下した。つまり、頷いている。
「……ユグドさん、もしかして喋ってます?」
「ええ。喋っているのは私ですよ。ここにはそれほど力の強い精霊もいませんから」
ふふん。と、何故か得意そうに鼻を鳴らす純白のお馬さんは、やはり私の言葉にしっかりと答えてくれていて。
「わー、異世界スゴイナー」
私は考えるのをやめた。
いやあ、だってさあ。カルチャーショック(?)、受け止めるのって時間かかるじゃん?
もうキャパ一杯なんだよー……。
▲▲▲▲▲
染み入るような緑の中、私は一人で佇んでいる。
正確には一人と一頭、何だけどね。
「レオンさん遅いですねー。何かあったんでしょうか」
「大丈夫だと思います。トラブルに巻き込まれるのはいつものことですけれど、大抵どうにかする図太さは持ち合わせていますから」
「なんでトラブル起きてる前提なんですか……。いい大人がトラブルをガシャンガシャン運ぶとかないでしょー。……無いですよね?」
「…………」
「何でそこで黙っちゃうんですかー?沈黙は是ってどっかで聞いたことがあるんですけどー!?」
「まあまあ。トラブルはさておき、確かに少し遅いかもしれませんね。様子を見に行きたいとは思いますが、私の身体はちょっと目立ちますし、貴女もトンチキな格好ですから……」
「トンチキ言わないでくださいよ。これは制服ですー!一応冠婚葬祭全部に着て行ける学生の正装なんですー!」
「ふふ、分かっていますよ」
と、まあ。レオンさんを待つ間、衝撃の喋るお馬さんことユグドさんと小一時間ほどこんな感じでお喋りをしていたのだけれど。
様子を見るのに一時間は確かに長いなぁ。
運よく水没しても壊れなかったソーラー電池の、ピンクのネコちゃんの腕時計に目を落としてため息をつく。
やっぱり探しに行こうかなー。でもなあ、面倒起こさない方がいいだろうしなー。
なんて、お喋りの話題もだんだんと無くなって、ふと訪れた沈黙の中、空を見上げる。
綺麗な空だ。
大気汚染とか環境汚染とかから無縁だっていうこともあるのかもしれないけど、目に眩しいほどの緑の隙間から覗く空はどこまでも遠く青かった。
太陽が二個あるところは異世界だなーって思いますけどね……。
「キュウ」
「ん?」
背後の茂み。そこからがさがさと何やら音がしたかと思えば、小さな鳴き声とともにひょっこりと小さな生き物が頭を出した。
「か、かわっ……かわいい……っ!」
ほわほわとした真っ白な毛並み。ωのお口とビー玉みたいなつぶらなお目目。長い耳はピコピコと動いていて、とてつもなく愛くるしいその生き物は――
「ウサちゃん!ウサちゃんじゃん!かわいい~」
そう。まさにウサギ。
「おいで~、おいで~、怖くないよ~」
猫撫で声ならぬウサギ撫で声でゆっくりと屈み込み、手を差し伸べる。
「野生動物に無暗に触れるのは感心しませんよ、サキ」
呆れたように釘を刺してくるユグドさんにぐうの音も出ない。
「うっ……でも、ほら首輪がついてるから大丈夫だと思います!」
首に巻かれたスカーフのような青い首輪をつつく私に、ユグドさんは首を振った。
「飼い主に見つかったらまずいことになりますよ?泥棒なのかといわれてしまうかも」
「あっ……確かに……」
そう言われてしまえばもう返す言葉もない。
差し伸ばした手を引っ込めようとした時。
ぴこん!と長い耳を伸ばした白ウサギは、とてとてと私の足元に近づいて、その身体を擦り寄せてきた。柔らかく温かい毛並みはふわふわとしていながらも滑らかで――っっあ可愛い!無理!語彙力が崩壊する!!
世界を救える可愛さ!
「んふふふふふ……」
「ンキュウ」
よーしよーしと撫でてあげればうっとりと目を閉じて満足そうに頭を擦り寄せてくるので、思わず夢中になって可愛いウサちゃんを撫で続けてしまう。
ユグドさんから生暖かい視線が送られてくるけど、これはもう仕方がない。小さくてふわふわで可愛い生き物を可愛がりたいと思うのは、これはもう本能みたいなものだ。
締まりのないどろっどろに溶けた顔でウサちゃんをもふもふする私に、ユグドさんはちょっと引いていた。
けれど、おや?と器用に片方の耳を立てて小さな生き物を覗き込むと、驚いたようにパチパチと瞬きをする。
「おや、これは珍しい。宝石獣の一種でしょうか」
「はい?」
「宝石獣、またの名をカーバンクル。輝石を額に頂く精霊です。ほら、見てください。額に金色の輝石があるでしょう?」
おお、本当だ。
よくよく目を凝らしてみれば、小さな頭にきらきら光る宝石のような角がある。
「綺麗だねー」
好奇心を刺激され、少しだけだからと言い訳をして指先で軽く角に触れてみる。
「キュウ~」
途端に動きを止めて、不満そうに鳴くウサちゃん。
「ごめんごめん。触っちゃダメだったね」
私が悪いのは確かなんだけど、小動物に拒絶されるのってかなり心に来るなー……。
肩を落として謝ると、許す!といった感じでドスンとお腹にウサちゃんが飛び込んできた。
「ぐぇええ」
「あらあら、随分と懐かれたようですね。まあ、この子は悪いものでは無いでしょう。それにしても……。何やら覚えのある力を感じますが……はて?」
結構な衝撃を受けてえずく私。頭をぐりぐり押し付けてくるのめっちゃ可愛いけど、やっぱり痛いです。でもかわいいから許しちゃう。
抱え込むように抱き上げて、怖がらせないようにゆっくりと撫でる。
何か気になることがあるのか、そんな私たちを見ながら小首を傾げる姿も上品で、とても絵になっているユグドさんはすごいなあとぼんやり思う。
さて、と。
名残惜しいけど、飼い主さんの所に戻ってもらわないといけないよね。
ゆっくりとウサちゃんを地面に下ろすと、ウサちゃんはぴょんぴょんと軽く跳ね、こちらを見上げてくる。
「じゃあね、シロウサちゃん。バイバイ」
手を振って見送る。けれどウサちゃんは不思議そうに小首を傾げたままその場から動こうとはしなかった。
「キュウ」
「あ、あれ?まだここにいたいの?飼い主さん心配してるんじゃない?」
ぴんと両耳を立てているので、周りの音を探っているとかそんな感じなんだろうか。
ともあれ早く帰った方がいいのは確実だろう。
心配させたらよくないよ~、とウサちゃんにまたしゃがみこんだ時。
「どーこー?アルー?どこ行ったんだ??」
目の前からガサガサという木の葉のこすれる音と、ちょっと途方に暮れたような、でも元気な声。
ひょっこりと顔を出したのは私と同じくらいか、少し年下の男の子。
緑色の古ぼけた上着と襟のある白いシャツ、茶色のズボン。至って普通(?)というか、真っ当な格好(?)だ。いやこの世界の常識はよく分かってないんだけどね。
「おーい、アルー。どこ行ったんだよーいきなり走り出したらびっくりするだろー!どこ行った……、あれ?」
探していたらしいウサちゃんに目を輝かせ、ほころんだ男の子の顔。屈み込んで可愛い小動物を抱え上げ、すいっと視線を上げればその純朴そうな男の子とばっちり目が合ってしまう。
その途端私の頭に過ったのは、別れる前のレオンさんの言葉だった。
――頼むから騒動を起こさないでくれよ?見つかったら面倒だからな。
やっっっべ……見つかっちゃった。これ、怒られる案件な気がする……!
たらりと冷や汗が頬を伝う。これは……いわゆるピンチなのでは?
「あんた、も」
大きく目が見開かれ、何か言おうと口を動かす男の子――。
「失ッ礼しまーす!!」
その言葉を遮ってダッシュで駆けだした。
何か言い残す余裕とか、確認する余裕とかない。
逃げ出したといっても過言ではない。
とにかくこの場から離れないといけない、なんて思って、私はその他もろもろを置いてわき目も振らずに走り出してしまったのだった。
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