第3話 2人の夜

 家に帰ってすぐ、俺は倫にシャワーを浴びるように勧めた。

「大丈夫」

「風呂入んなよ。コロナとかもあるし。大丈夫、開けないから。鍵かければ?」

 俺は言った。

「でも、外側からでも開くでしょ」

 俺は苦笑いした。


「覗かないって」

 そして、さっきコンビニで買った下着とタオル、女物のピンクのパジャマを渡した。倫がそれを見て少し落ち込んだように見えた。

「彼女いるの?」

「いるよ」

 俺は倫に期待を持たせないようにそう言った。

「へえ。どんな人?」

「後で言うから」

 倫は俺のことをまだ好きらしかった。

 でも、倫が俺を好きなのは、メンヘラだからだ。身近に同い年の男子がいたらこういう風には、絶対ならない。 


 倫はテレビを見ていた。家にはテレビがないそうだ。

 

 夜11時くらいだった。いきなり兄貴が訪ねて来た。

「遅いんだね」

 俺は言った。

「いきなり来たみたいで、悪かったな」

「いやぁ・・・」

 俺は言葉を濁した。

 倫は、ソファーに体育座りになって頭を抱えていた。

「お前、学校も行かないで何やってんだよ」

 兄貴はそう言って駆け寄った。そして、倫の腕を引張って立たせた。

「ごめんなさい」

 すると、兄はいきなり倫の頬を思いきり引っ叩いた。

 倫は漫画みたいに横に吹き飛んだ。

 そして、壁にぶつかって床に倒れた。


「おい!やめろよ!ケガするだろ」

 俺はびっくりして駆け寄った。

「迷惑ばかり掛けやがって」

 そう言って今度は蹴り始めた。

「何やってんだよ」

「お前なんか帰ってくんな。

 おじさんに育ててもらえ」

 俺は驚いた。こんな風にあっさり子供を捨てる親もいるんだと思った。

「こいつのことは、別に好きにしていいから。仕送りはできないけど」

 と、俺に向かって言った。

「え・・・?」

 俺はびっくりした。

 ってことは、親公認なんだ・・・。

「中学出たら出てけって言ってあるから」

「でも、学校は!?今は行ってないって聞いたけど」

 俺は言った。


「じゃあ、ここから公立に通えば?」

 兄は思いついたように言った。「そうだ。そうすればいいんだ」

 俺は噴き出した。

「はぁ?」

「ちょっと仕送りするから。お前一人だし・・・」

 公立に行くと言う話になってからは、倫を好きにしていいってのはなくなったみたいだった。

「じゃ、よろしく。お前がよかったら養子にすれば?」

 そう言って親は無責任に帰って行った。


「大変だね。親父がDVだと」

 倫ちゃんは殴られたショックで泣いていた。

 兄という人は、想像以上に酷い男だった。2回も離婚するだけはある。

 しかし、俺は倫がかわいそうと言うより、明日からどうしようという気持ちでいっぱいだった。

「取り敢えず寝ようか・・・。兄貴もいないしゆっくり寝なよ」


 俺はソファーに毛布と枕を出してやった。

「じゃあ、何かあったらLineで連絡して」

「一緒に寝ちゃだめ?」

 倫は泣きそうな顔で言った。

「俺、一人じゃないと寝れないから・・・」

 俺はそう言いながら、明日は在宅で仕事をしようと思っていた。急に会社に行けなくなった時のために、毎日パソコンを持って帰って来ていた。

 俺は部屋に戻って、兄嫁にLineを送った。兄が来て「うちから公立に通えば?」と言っていたことを書くと、兄嫁は迷わず「お願いします」と送って来た。これじゃ娘も頭がおかしくなるよなと俺は思った。


 そして、電気を消して寝た時だった。

 そ~っと、部屋に人が入って来て、俺の布団の中に入った。

「何?」

「一人じゃ怖い」

「大丈夫だよ。電気つけて寝れば」

「一緒に寝たい」

 そう言って俺の腕にしがみ付いて来た。

 まあ、隣に寝るくらいいいか。

「シーツ半年くらい洗ってないけどいい?」

「え?汚い!」

 倫は笑った。

「本当は彼女いないでしょ」

「そんなことないよ。本当にいるって。それ彼女のパジャマだし」

「でも、歯ブラシとか化粧品とか全然ないし」

 さすが。中学生と言えど、女の勘はするどかった。

「色んな女が来るから毎回持って帰ってもらってるんだよ」

「うそだ~。妄想でしょ」

 俺はもやもやして来た。

「さ、もう寝よう。俺、明日も会社だし」

 もう1時過ぎていた。


 夜中、気が付くと、誰かが俺の唇にキスをして来た。

 そして、股間を摩って来た。俺は寝ぼけているふりをして、その手を払いのけて、背中を向けて寝たふりをした。

  

 兄貴はあんな風に言ってたけど、俺が何かしたら、兄嫁が警察に通報するだろう・・・。

 親会社は上場してるし、最悪ニュースに出るかもしれない・・・。

 会社は首だろう。


 それからは、もう何も起こらなかった。

 寝室に鍵かけよう・・・。明日、ホームセンター行って、内鍵を買ってこよう。

 俺は心に決めた。 


 次の朝、俺は仕事があるから、9時にはリビングで仕事を始めた。倫は放っておいた。

 

 兄嫁は11時頃来たが、朝一で転出届けを出して来たと言っていた。 

 両親揃って娘と縁を切りたがっているみたいだった。

「本当にすみません。お仕事してるのに・・・」

「悪いけど、学校辞めれば済む話なんじゃないの?」

「でも、不登校なのが近所の人にも知られてしまってるし」

「別にいいじゃん。人がどう思おうと」

「最近、毎晩騒いでて・・・近所からも苦情が来てて」

「まず学校やめれば?」

「でも、、、せっかくいい学校に入ったんだし」

「でも、通えてないんだから、学費だけ払ってもしょうがないと思うけど」

「できれば公立に・・・」

「なら、家の近所の公立行けば?」

「でも、騒いで近所で有名になってるから・・・」

「じゃあ、もっと違う私立の学校行くとか」

「でも、、、あの人がもう学費を払いたくないって言っていて。うちは養育費で毎月大変で・・・あの子にそんなにお金をかけれないんです」

「俺も会社行かないといけないから、家帰って来ていなくなってても責任持てないからね」

「はい・・・あの子のことはもう諦めてますから・・・」

 

 それでも、俺は積極的に姪の世話をしようとは思わなかった。

 大変だからだ。自分の子じゃないし・・・。


 

 

 

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