第171話 ジャイアントボアとクルルの実
旅路は順調だ。
大森林内は魔素が濃く、必然的にランクの高い魔獣や魔物が多く現れたが、俺たちの敵ではない。
チビドラゴン姿のレイは日中どこかに飛び立っているが、中級ダンジョンをクリアして自信のついたシェラが倒すにはちょうどいい獲物だった。
肉食女子的には「食べられるお肉」の方が嬉しいようだが、それ以外の魔物でも素材は高く売れるので嬉々として狩っている。
コテツは気まぐれな猫らしく、普段は俺の肩の上で楽をしていたが、たまに気が向いた時にはジャイアントビーやキラーベアなどを倒していた。
多分、目的は蜂蜜とクマ肉だろう。
うちの可愛い肉食ニャンコはクマ鍋が好きなので。蜂蜜入りのパンケーキも大好物だ。
そんな一匹と一羽と共に森を駆けながら、俺も狩猟と採取をほどよく楽しんでいる。
食料は【
ジャイアントビーの蜂蜜だけじゃない。
そこらに実っているベリーひとつとっても、日本のスーパーで販売されている品と比べようもないほどに旨いのだ。
実は艶やかで大きくて、まるで宝石のように煌めいている。香りも良い。噛み締めると瑞々しい果汁が口の中いっぱいに広がって、酸味のある優しい甘さに顔を綻ばせてしまう。
(特に大森林内は土も肥沃だからな)
天然の腐葉土から育つ果樹の味がいいのは当然か。
水分補給と休憩を兼ねて、美味そうな果実が実った木の下で足を止める。
せっせと採取し、ついでに味見。うん、うまい。おまけに果樹の周辺には実を狙った魔獣がやってくるので、待ち構えるだけで肉もゲットできるのだ。
落ちた果実を狙って来る草食の魔獣と、その魔獣を餌にしている肉食の魔獣の両方を狩ることができるので、甘い果実の実る果樹は俺たちにとってはラッキースポットだった。
「トーマさん、トーマさん! さっき狩ったジャイアントボア、大きかったですね!」
桜色に頬を染めたシェラがうきうきと話しかけてくる。うん、相変わらずの肉食女子。
「そうだな。ワイルドボアの倍の大きさはあった。あれは食べ応えがありそうだ」
「えへへ。ステーキかなぁ。それとも唐揚げ?」
「面倒だけど、角煮にしても美味そうだったよなぁ。よく肥えていたし、ほんのり甘い香りもしていたから」
「そうなんです? 匂いは分からなかったです」
もともと、『鳥の人』の血が濃い種族のシェラは、獣人にしては鼻が利かない。
『目』は良いけれど、匂いに関しては人族のそれと変わらないようだった。
その点、五感が人より優れているエルフ──それもハイエルフな俺は、おそらくは犬科の獣人と同じくらいには匂いを嗅ぎ分けることができる。
ましてや、
「ニャッ!」
いいにおい! と自信満々に頷いている。
「甘い香りのするお肉……なんだか、とっても美味しそうです」
「美味いと思うぞ? 多分、この果実を主食にしていたんだろうな」
先程まで皆で寄り掛かって休んでいた大木にはスモモほどの大きさの実がすずなりだ。
もいで皮ごと齧ってみると、甘い果汁がたっぷり含まれていた。
手首まで滴ってきた果汁を舐めとる。うまい。
見た目はスモモだが、実の味は完熟した柿に近い。果肉も柔らかくて、これはかなりの当たりだと嬉しくなる。
「採取しよう。このまま食っても美味いが、加工したらもっと美味くなるぞ、これ」
「採ります!」
「にゃあ!」
美味しい食べ物に目がないシェラとコテツから良いお返事が返ってくる。
コテツは精霊魔法で果実を集め、シェラは高い場所にある実をカラスに変化した姿で、突いて落としてくれた。
俺は周辺を警戒しながら、シェラが落としてくれる実を風魔法でキャッチする役割です。
『加工って、お菓子にするんですか?』
好奇心に満ちたシェラからの念話に、くすりと笑ってしまう。コテツも気になっているのか、上目遣いでこちらを見ている。
「菓子にもするつもりだ。ジャムもいいけど、これだけ濃厚な甘さがあるなら、果実バターにするのも良い」
柿バターなら何度か作ったことがある。
親戚の農家から、季節になると送ってきてくれる箱いっぱいの柿を持て余して、色々作ってみたのだ。
ネットのレシピを参考に作った柿バターは軽く焼いたトーストに塗ると絶品だった。
作るのも簡単だし、バターにすれば生よりも日持ちもする。
『果実バター……。食べたことがないです。でも、すっごく魅力的な響きがするので食べてみたい』
「いいぞ。いっぱい採取してくれたら、作ってやる」
作るのは簡単だ。実からジャムを作って、バターを混ぜてとろとろに煮込むだけ。
それが面倒なら、皮を剥いた果実にバターをひとかけら添えて焼くだけでも良い。
「生ハムとの相性も良さそうだし、フルーツサラダにも使えそう。うん、ほんと当たりの果実だな」
にんまり笑いつつ、背後から襲ってきたジャイアントボアの頸を風魔法で切り落とす。
風の盾のおかげで、血飛沫をかぶることなく倒すことができた。
『おにく!』
「はいはい。今日はステーキをしこたま食わせてやるから」
その後、ボアの血の匂いに惹かれた肉食の魔獣も寄ってきたので、さくさく倒した。
見事な毛皮と魔石は冒険者ギルドに売りに出したら騒ぎになりそうだったので、どれもポイントに換えることにする。
もちろん、美味しいお肉は自分たちが食べる用に確保した。
◆◇◆
そして、夜。
拠点に良さげな場所を探し、二階建てコテージを設置したところで、チビドラゴンも帰還した。
「ジャイアントボアのステーキだ。肉はまだまだあるから、遠慮なく食え」
歓声が上がる。
角煮は仕込みが面倒だったので、今夜は焼いただけのステーキにした。
【アイテムボックス】内で自動解体したので、あとは良き厚さに切り分けて焼くだけだ。
塩胡椒を施したボア肉をガーリックオイルでジュワっと焼く。食欲を掻き立てる匂いに喉が鳴った。めちゃくちゃ旨そう!
皆大好きミディアムレアの焼き加減で皿に盛り付ける。市販のステーキソースをテーブルに並べて、さっそく食べることにした。
俺とコテツは米で、シェラとレイはパンを主食にステーキを味わう。
「うっま! あんなに筋肉質なイノシシだったのに、肉がこんなに柔らかいのか」
「ほんのり甘い匂い、分かりました! お肉が甘いですっ。フルーツに漬け込んだみたい」
「この時期のジャイアントボアはクルルの実が主食だからな。脂が乗って、食べ頃なのだ」
博識なドラゴンの蘊蓄に耳を傾けながら、ボア肉ステーキを堪能する。
シェラにねだられて作ったクルルバターは、クラッカーに添えて食べると、これまた絶品のデザートになった。
◆◇◆
朝食はトーストにクルルバターを塗って食べた。ジャムだと甘すぎるが、バターにするとほどよい塩加減で食べやすい。
コテージを【アイテムボックス】に収納すると、柿もどきのクルルのタネを植えることにした。
「この実も、実を食う魔獣の肉も美味いから、
「ニャニャ」
こくこくと頷いて同意を示してくれるコテツは、生ハムクルルにすっかりハマってしまったようで、今朝は二度もおかわりしていた。
クルルのタネだけだと物寂しいので、ホームセンターで買った苗やタネも植えることにする。
ちゃんと育つかは分からないが、少しずつ
ショップの園芸コーナーで購入した苗やタネ以外でも、コンビニフルーツのタネなどもコテツに頼んで蒔いてもらった。
植物魔法で芽が出る瞬間を眺めるのは楽しい。
観葉植物どころか、育てやすいと聞いていた多肉植物でさえ枯らしてしまう『緑の手』ならぬ『茶色の手』の持ち主である俺としては、植物魔法は羨ましすぎた。
いいなーと眺めつつ、ふと気付く。
「……今の俺はハイエルフに転生したし、もしかして植物との相性は良いのでは?」
エルフって、森の人というイメージも強いし、これはイケるのでは?
茶色から緑の手に進化したのでは??
その可能性に気付いてから、コテツの隣に座って、いそいそとタネを植えてみた。
「植物魔法は使えないから、普通に土魔法で耕した場所に植えて、水魔法で水やり。あとは光魔法でドーピング! ……できてるのか、これ?」
「ウニャ?」
地面にしゃがみこんで、隣に座るキジトラ猫と一緒に首を傾げた。さっぱり分からん。
「まぁ、いいか。そのうち、芽が出たらラッキーってことで」
立ち上がって尻の埃をはたくと、足元に寄ってきた猫を抱き上げる。
するりといつもの定位置についたコテツの背を撫でると、背後に佇んでいたシェラを振り返った。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
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