第170話 湖のほとり


「今日はここを拠点にしよう」


 陽が傾きかけていることに気付き、身軽く森を駆け抜けていた足を止めた。

 深い森の中は油断すると、すぐに暗闇に包まれてしまう。


 ここを拠点に決めた理由は、水場があって景色が良かったからだ。

 こぢんまりとした湖の周辺にはベリーが実っていた。近くに寄ってみる。

 鑑定結果はブラックベリー。

 実を摘んで水魔法で洗ってから、口に含んでみた。果汁がたっぷりで瑞々しい。

 甘さはほんの少し。酸味が強いが、ソースやジャムにしたら美味しそうだと思う。


「うん、いいな、これ。シェラも食う?」


 肩に止まっている白銀色のカラスにブラックベリーの実を摘んでやる。

 器用にくちばしで咥えて飲み込んだシェラは、その姿勢のまま固まってしまう。


「……シェラ? えっと、もしかして不味かった?」

「キャア!」


 甲高い声音で耳元で何やら訴えてくる。念話はない。バサバサと軽い翼で頬を優しく叩かれて、彼女には不評だったことを理解する。


「酸っぱかったか。ごめんって。後で、甘いジャムを作ってやるから」

『ジャム! ケーキですか?』

「あー分かった。ブラックベリージャムのケーキを作るから機嫌直してくれる?」


 柔らかな頬の毛を指先でくすぐりながら囁くと、気持ち良さそうに羽毛を膨らませて頷いてくれた。


『約束ですよ。ベリーのケーキ!』

「ん、約束な」


 途端に上機嫌になって、空へはばたくカラス。

 さっき泣いたカラスがもう笑っている。

 ブラックベリーを採取するのは後にして、まずは拠点を設置するための広場を確保しなくてはならない。


「コテツ、頼めるか?」

「ニャッ」


 任せて、とひと鳴きしてコテツは俺の肩から地面に降り立った。にゃーん、と愛らしい声音で精霊にお願いごとをする。いつ見ても不思議な光景だ。

 精霊の姿をはっきりと見ることはできないが、小さな光は見える。

 蛍よりももう少し大きな淡い光だ。

 ふわりふわりと猫の妖精ケットシーであるコテツの周辺を飛んでいる光が、おそらくは精霊という存在なのだろう。


(レイは、普通の人間や亜人の目には見えない存在だと言っていたな……)


 唯一、精霊魔法を操ることのできるエルフならばその姿を目にすることが可能だとか。

 残念ながらハイエルフである俺に精霊魔法の素質はないようで、その神々しい姿を拝むことはできなかったが。

 

(まぁ、光は見えるし? 普通は光さえ見えないみたいだから、これはハイエルフ補正なのか?)


 その光にぼんやりと見惚れている間に、精霊魔法のひとつ、植物魔法がコテツにより行使されていた。

 拠点を設置するために邪魔な木々を移動させる。ダメージを与えることなく、木々を避難させられるので、便利な魔法だ。

 自分一人だったなら、邪魔な木々は魔法でさくっと切り倒していたことだろう。

 二十本近くの木々が消えた場所は、かなりの広さがある。これだけのスペースがあれば余裕で『家』を出すことが可能だ。


「じゃあ、出すぞ。皆、離れていてくれ」


 念のために地面は土魔法で硬くして、【アイテムボックス】から取り出した二階建てコテージをその場に設置する。

 

「よし! 本日の我が家だ」


 コテージのドアを開けてやると、さっそくコテツとシェラが中に入って行った。

 

 旅の間の野営時に取り出すのは、人目が多い街道ではテント。人通りが少ない道の外れでは小さな家タイニーハウス を使っていたが、ここは大森林。街道どころか、人っ子ひとりいない。

 なので、堂々と二階建てコテージを使っている。


「コンテナハウスも悪くないけど、やっぱり壁がある方が落ち着く」


 キッチン設備も高ポイントで購入した分、コンテナハウスよりも二階建てコテージの方が立派なのだ。魔道コンロの数も多いし、何より魔道オーブンの存在が大きい。

 かなり大きめのオーブンなため、コッコ鳥の丸焼きだって作れてしまう。


「今日も大量に魔獣を狩れたから、オーブンで肉を焼くか」


 それに、シェラと約束したケーキも焼かなくては。シンプルにスポンジケーキを焼いて、ブラックベリーのジャムを挟むか。

 冷凍のパイシートを購入し、ブラックベリーパイを作るのもいいかもしれない。

 あとは、チーズケーキか。いっそ、マフィンやスコーンを焼いても面白そうだ。


「トーマさん! 夕食はお肉ですか? 私、今日狩った雉肉を食べてみたいです!」


 賑やかに二階から駆け降りてきたシェラ。自室で人の姿に戻り、大急ぎで着替えてきたのだろう。

 湖と同じ、アクアマリンカラーの瞳を期待に輝かせながら、こちらを見上げてくる。

 うん、今日も元気でよろしい。


 シェラが楽しみにしている雉肉とは、昼頃に狩ったグリーンフェザントのことだろう。

 2メートルサイズの雉の魔獣だ。綺麗な緑の翼とゴージャスな尾羽を誇っていた。

 鑑定によると、翡翠色の魔石は風属性。

 尾羽はお貴族さまに人気の高価買取素材のようだ。肝心の肉の味は──上質。

 

「雉肉は鍋にしたい気もするけど……。せっかくだから、オーブンでローストにするか。ブラックベリーでソースを作ろう」


 ベリーソースは肉との相性が良い。

 何種類か市販のソースも用意しておけば、口に合わなくても文句は言われないはず。


「じゃあ、コテツとシェラはブラックベリーを採取してきてくれるか?」

「はい! 行きましょう、てっちゃん」

「ニャッ」


 連れ立って外に向かう一人と一匹を見送って、キッチンに立つ。

 雉肉のロースト、ベリーソース添え。主食はパンにするか迷ったが、今日は米が食いたい。


「ガーリックライスにしよう」


 サラダは簡単にコールスロー、スープは面倒なのでインスタントで。

 ホームセンターのキャンプ飯コーナーのスープは種類が多く、どれも美味い。


「夕飯時になったら、レイも帰ってくるから、ちゃちゃっと作っちまうか」


 まずは一番時間が掛かるローストチキンから仕込んでいくことにした。



◆◇◆



「雉肉のロースト美味しいですっ! じゅわあっと肉汁が口の中に溢れてきました……!」


 シェラが頬を染めて、雉肉を幸せそうに噛み締めている。

 魔道オーブンを使ってじっくりと焼き上げた雉の魔獣肉。

 表面がパリッと香ばしく焼けているが、そうっとナイフを差し込むと、柔らかな肉が顔を覗かせる。

 一口サイズに切り分けて、ブラックベリーのソースを絡めて食べてみた。


「ん、美味いな。肉も柔らかい。野生味が強いが、ベリーソースのおかげで上品に纏まっている」


 柑橘系のフルーツソースとも相性が良さそうだと思う。いや、これくらい肉が強ければ、いっそ塩胡椒とハーブだけで食っても満足感は大きいかも。


「うむ、良い味だ。キジの腹に詰めてあるのは野菜か? 肉に味が染み込んでいて美味い」

「お、レイ、分かったか。ハーブソルトと野菜を詰めて焼いたからなー。肉の脂と汁で最高のスープだろ?」

「ウミャイ」


 コテツからの「うまい」もいただきました。ふふふ。

 野菜嫌いのシェラだが、ここまで肉の味が染み込んだ野菜は美味しいようで、もりもり食っていた。

 野菜と一緒に米や雑穀を混ぜても美味しくなるのだが、今日のところは野菜のみで。

 今夜はガーリックライスがあるのだ。


「この飯も美味いな。ピラフか?」

「まぁ、似たようなもんかな。結構クセになる味だろ?」

「うむ。酒が欲しくなる」


 今夜もきっちり夕食が完成する時間帯に帰ってきたレイ。

 チビドラゴン姿のまま、湖のほとりに降り立つと、人の姿に変化して涼しい顔でコテージのドアをノックした。


「よく俺らの場所が分かったな」

「トーマは私がやったウロコを持っているだろう? その匂いを辿ってきたのだ」

「GPSかよ……」


 買い物用のポイントの足しにしろ、と手渡された黄金竜のウロコは、何となくご利益がありそうなので【アイテムボックス】に仕舞わずに、肌身離さず持っていたのだが。


「シェラとコテツにもやろう。大森林を出れば売ってもいいが、なるべく肌に身に付けていてほしい」


 売ってもいいのかよ。

 突っ込みたくなる気持ちをぐっと抑えて、持ち運びしやすいように、シェラが持つウロコにはチェーンを通してやった。

 ちなみにこのチェーンはホームセンターで売っていた。DIYコーナーのお隣にハンドメイドコーナーがあったのだ。

 コテツにはリング状の小さな金具に通して、首輪に付けてやる。うん、かわいい。


「もしも、大森林内で逸れたとしても、これがあればすぐに見つけられる」

「そっか。ありがと、レイ」

「旅の仲間だからな」


 に、と笑う美貌のドラゴンがイケメンすぎる。

 お礼にパンケーキを焼いてやろう。

 たっぷりのブラックベリージャムをのせて。



◆◆◆


ギフトありがとうございました!


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