第167話 クラーケン料理
クラーケンは【アイテムボックス】内で【素材解体】した。自力で解体しなくて良いので、収納スキルの次にありがたい能力だ。
十メートルサイズのクラーケンなので、解体された部位を取り出すにしても、キッチンでは不安がある。
「とりあえず、庭で取り出して見るか」
昨夜のうちに従弟たちに連絡を取り、クラーケンを解体調理して【アイテムボックス】に送る約束をした。
そのため、朝も早い時間から、欠伸を噛み殺しながら庭に出ている。
コテツが大事にしている畑や果樹園を汚すわけにはいかないので、コテージの裏に回った。
こちら側は陽当たりがあまり良くないこともあり、何も植えていないのだ。
「ブルーシートを敷いておくか」
ブルーシートは百円ショップでも買えるが、ここはホームセンターで購入した物を使うことにした。
金額は上がるが、何と言っても品物が良いので。
裏庭にブルーシートを敷いて、まずは解体した獲物を確認することにした。
「イカは捨てるところなし、って言うし。楽しみだな」
まずは、イカの耳っぽい部位を取り出した。
ヒレとも呼ばれるらしいが、学術的にはエンペラが正しいんだったか。
まぁ、どっちでも良い。白く濁った色をしているが、刺身で食べると美味い部位だ。
「デカいな。これだけでも二メートルはありそうだ」
これは食べ応えがありそうで嬉しい。イカ刺しにイカそうめんにしても良い。
このサイズを食べやすいサイズに切り分けるのは大変そうだが。
「……とりあえず、まな板で調理しやすい大きさに切り分けておこう」
庭での調理は無理だと、早々に諦めがついた。
せめて、キッチンで作業ができる大きさに切り分ける必要がある。さくさくと切り分けて、そのまま【アイテムボックス】へ。
「次は胴体だな。うん、こっちもデカい」
ざっと見て、四メートルはありそうだ。
それぞれ五十センチサイズに切り分けて、こちらも収納する。
イカの胴体は使いやすい。
姿焼きにイカ飯、バターで炒めても美味しいし、煮物にして良し。
「フライや天ぷらにしても美味いからな」
これだけの量があるなら、サキイカに加工するのもありかもしれない。
「ワタも大事に取っておかないとな! 塩辛食いたい!」
ホームセンターで瓶詰めの塩辛も取り扱っていたが、異世界産のクラーケンの塩辛なんて、絶対に美味しいに決まっている!
「次は頭部! ……ここ、頭なんだよな? 目があるし」
捨てるところはなしと言うが、さすがに頭部は──って思うだろ?
目玉なんかは食わないが、軟骨は食えるのだ。むしろ美味いと思う。
居酒屋のメニューで見かけて口にした、イカの軟骨の天ぷら。これですっかりハマってしまった。
「鶏の軟骨もそうだけど、あのコリコリとした食感がクセになるんだよなー」
バター焼きやアヒージョ、もちろん唐揚げにしても美味しかった。
こんなに旨い部位、捨てるなんてとんでもない!
墨袋も丁寧に扱う。
イカスミパスタ用に確保しておきたい。
ちなみにゲソの長さは四メートルほどあった。太さもかなりある。これも調理しやすいサイズに切り分けて、収納した。
「っし! 切り分け終了! これ、1ヶ月分くらいありそうだな……」
半分に分けても、かなりの量だ。
巨大魚も相当な重量を誇っていたが、捨てるところが殆どないイカの可食部位は凄まじい量となった。
「結構、匂いがするな……」
ゴム手袋を装着して切り分けたため、手に匂いは移ってはいないが、コテージ周辺には何とも言えない生臭い香りが漂っていた。
ブルーシートごと
仕方なく、風魔法で周辺の生臭さを散らした。
◆◇◆
さっそくキッチンで調理していると、気付いたシェラが寄ってきた。好奇心に瞳を輝かせながら、脇から覗き込んでくる。
「トーマさん、それは何ですか?」
「ああ、クラーケン。イカのモンスターだよ」
「イカ……海の街で食べた、アレですね!」
ぱあっと笑顔になった。
どうやら、サハギンからドロップしたイカを使った料理のことを覚えていたようだ。
「イカフライ美味しかったです!」
「はいはい。ちゃんと作ってやるから」
今回は半分譲ってもらう代わりに、調理して送り返す約束なので、たくさん作る予定なのだ。
多めに作って、自分たち用にも確保しておきたい。
「お手伝い、いります?」
「んー…今回はいいや。コテツと遊んでいてくれるか?」
「はい!」
リビングのソファで眠っているコテツのお守りを任せて、一人でキッチンに立つ。
気持ちはありがたいが、何種類も同時進行で調理する場合、一人の方が動きやすい。
ちなみにレイは最初から戦力外通告済み。
何でも出来そうな黄金竜だが、壊滅的なまでに調理のセンスがないのだ。
そんなわけで、レイは最初からリビングで一人寂しく読書している。
先日渡しておいた古典ミステリー小説は既に五冊目で、真剣な眼差しでのめり込んでいた。
「さて、今のうちに作っておくか」
まずは、イカ飯を仕込むことにする。
スルメイカにもち米を詰め込むタイプのイカ飯は、残念ながら巨大なクラーケンでは作れないので、普通に炊き込みご飯にした。
米と同量のもち米に一口サイズに切り分けたクラーケンの身と調味料を入れて、土鍋で炊く。味付けはシンプルに醤油に砂糖、みりん、料理酒を使う。
炊き上がったら、小口切りにした青ネギを散らすだけ。おこわ風の炊き込みご飯は、もちもちとして美味しい。
あとは黙々と調理した。
バター焼きに中華風の野菜炒め、フライに天ぷら。刺身も忘れずに。
せっかくなので、クラーケンとサーモンの刺身を使ったカルパッチョも作ってみた。イクラがなかったので、とびっこを散らしてみたら良い感じ。
ぷちぷちした食感が楽しいんだよな。
すました顔をしたアキの好物であることを、俺は知っている。子供っぽいからと、本人は内緒にしているようだが。
「こんなものかな?」
刺身よりも揚げ物の方を熱望していたので、フライと天ぷらを多めに作ってある。
大皿ごと【アイテムボックス】に収納し、そのまま三人に送り付けてやった。
◆◇◆
そんなわけで、今日のランチはクラーケン料理です。
「まずは、イカそうめん! 生のクラーケンを細長く切ったのを素麺みたいに啜って食う料理な」
「生のクラーケン……」
こくり、と息を呑むシェラ。
刺身に慣れてはきたが、さすがにクラーケンは躊躇するようだ。
一方、黄金竜のレイは戸惑うことなく、イカそうめんを豪快に啜った。
「うむ、美味いぞ! 喉ごしが最高だな。おかわり!」
文字通り、飲むように食べたレイの様子を目にして、シェラは顔色を変えた。
「ずるいです、レイさま! 私も食べますっ」
食い尽くされそうだと危機感を覚えた少女は、レイに続いてイカそうめんを口にする。
フォークに絡ませるようにして食べたクラーケンの刺身はどうやら美味かったようだ。
「ん⁉︎ んんっ? んんんー!」
「落ち着け。食ってから話せ」
ごくん、と飲み込んでから一言。
「美味しいですっ! おかわり!」
「はいはい。いっぱいあるから、落ち着いて食えよ?」
二人前を追加してやると、さっそく笑顔で口にしている。
俺も箸でつまんで、ぱくり。うん、旨い。
ねっとりとしたイカもといクラーケンの刺身。
後を引く濃厚さで、おかわりしたくなる気持ちも良く分かる。コリッとした食感がまた良い。
「イカ飯も良い味だな。米がやわいぞ」
「もち米と一緒に炊いたから、もっちりして美味いんだよなー」
イカそうめんとイカ飯、同時に食う。贅沢だ。
クラーケンは生で食うとほんのり甘い。火を通すと、途端に「海の恵み」感が前面にでてくるのが面白かった。
「カルパッチョも最高! こないだ貰ったサーモンの刺身、残していて良かったー」
シャキシャキの野菜サラダとの相性がとても良い。コテツも気に入ったようで、喉を鳴らしながら平らげていた。
「……む。なんだ、このプチプチは」
「変な音がします! 砂⁉︎」
何とも言えない微妙な表情で固まる二人が面白すぎる。
「砂じゃないって。とびっこ」
「とび……?」
「トビウオの卵」
「……とびうお」
「あれ? もしかして、こっちの世界ではいないのか、トビウオ」
「空を飛ぶ魚ならいるが、あれの卵にしては小さいな……」
「砂じゃないなら、食べれますねっ! よーく味わってみたら、結構美味しいかもしれません」
シェラは相変わらず、食べ物に関しては思い切りが良い。
そして、レイ。後からでいいので、その空飛ぶ魚について教えてくれ。気になる。
コテツは以前、コンビニの寿司でとびっこは食べているので、涼しげな表情でうまうま平らげていた。
クラーケン料理は概ね好評だったようで、ひとまず胸を撫で下ろした。
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