第168話〈幕間〉勇者たち 8


 待ちに待ったクラーケン料理が到着した。

 頼れる従兄トーマが早朝から頑張って解体と調理に励んでくれたおかげで、豪華なランチを堪能することができる。


「まずは刺身かな。あんなバカデカいモンスターを生で食おうなんて考えるの、日本人くらいじゃね?」

「船員には内緒だぞ。化け物扱いされそうだ」

「こんなに美味しいのにね」


 食べやすいサイズに切り分けて冷やしてくれていたクラーケンの刺身を三人はあっという間に食べ切った。


「美味しい! イカの刺身って、特に好きでも何でもなかったけど、こんなに美味しいものなのね……」

「や、モンスターだからじゃないか、これ。生の刺身でこんだけ美味いなら、他も楽しみだな」


 ねっとりとした甘さが舌に絡みつき、官能的な美味しさに感動する。

 春人はるとの言う通り、これは期待が持てそうだ。


「カルパッチョも食べたい! これ、前に送ったサーモンじゃない? 彩りも綺麗なんて、さすがトーマ兄さんよねっ」


 サーモンの紅色、サラダの緑、クラーケンの白に黄色の粒が鮮やかだ。


「この黄色いの、なんだ?」

「プチプチする……。あ、とびっこ?」

「とびっこ! 懐かしいな、これ」


 ハルナツ兄妹がカルパッチョを口にして、楽しそうに盛り上がっている。

 秋生あきみは無心で箸を往復させた。

 シャキシャキの野菜サラダと柑橘系のドレッシングが良く合っている。サーモンとクラーケンの刺身をベビーリーフに挟んで食べると絶品だ。

 何より、久しぶりに口にするとびっこが美味しい。イクラも好きだが、この食感には変えられない。

 何となく気恥ずかしくて秘密にしていたはずなのに、あの従兄にはすっかり好物がお見通しだったようだ。


 カルパッチョの次に箸を伸ばしたのは、炊き込みご飯だ。土鍋の蓋を開けた途端、漂う湯気と食欲をそそる匂いに皆の頬がだらしなく緩んでしまう。


「良い香り! イカ飯?」

「もち米入りの炊き込みご飯だそうだ。茶碗によそったら、このネギを散らせとあるぞ」


 【アイテムボックス】経由で送られてきた中に小さなタッパーがあり、開けてみると色鮮やかなネギが詰められていた。

 小口切りにされているネギなので、切る手間も省けて、ありがたい。

 茶碗によそって、ネギを散らして。

 何となく手を合わせてから、皆で掻き込むようにして食べていく。


「んっめぇ! もっちもちの米、最高だな」

「出汁がきいていて、懐かしい味ね。美味しい……」

「イカ飯、こんなに美味かったのか」


 春人も夏希なつきも幸せそうに炊き込みご飯を噛み締めている。

 もち米入りのおこわは美味しい。

 味付けはシンプルだけど、そのおかげでクラーケンの旨味が際立っているように思う。

 初めて食べたはずなのに、どこか懐かしい優しい味わいに、胸がほっこりする。

 気が付けば、あっという間に土鍋は空になっていた。


「しまったな……。残しておけば良かった」


 ぽつりと呟くと、春人も大きく頷いた。


「だなー。また食いたい味だった。炊き込みご飯とか別に好きじゃなかったんだけど」

「ハル兄さんは炒飯やピラフは好きだけど、和風ご飯はあんまり得意じゃなかったのにね」

「それな。……なんだかんだで、日本人なんだなーって思ったわ、俺」


 それは、秋生も同感だった。

 海外旅行先で和食を食べる日本人をちょっとだけバカにしていたくらいだ。

 まさか、自分が異世界に召喚させられるとは夢にも思わなかったが、別にそれほど苦労するとは考えていなかった。

 やや潔癖症のきらいがあるため、清潔さには拘ってしまうが、食にはそこまで拘りがないつもりだったのだ。


(だが、最初の食事で根を上げてしまったからな……)


 この世界の食事が、とことん合わなかったのだ。米が食えなくとも、パンがあれば平気だと思っていた。そのパンがあれほど硬く、酸っぱくて不味いものだとは思いもしなかった。

 スープに浸せば食えるはずだ、と。

 本で仕入れた知識に基づいて食べようと努力したが、そのスープも不味かった。

 勇者召喚に巻き込まれて転生した従兄の型破りな【召喚魔法】のおかげで、百円ショップのカップ麺や菓子パンが送られてきた時には神かと思ったくらいだ。

 裕福な家庭に育ち、コンビニはともかく、百円ショップで買い物などしたことはなかったが、今ではすっかり百均商品のファンな秋生である。


(海外で和食を食べる日本人の気持ちが、今なら分かる。何なら、百均のカップ味噌汁でもご馳走だ……)


 日本での食事に慣れ親しんだ舌は魔獣肉の極上ステーキも美味いとは思うけれど、味噌汁や炊き込みご飯にほっとしてしまうのだ。


「何をしんみりしているのよ、二人とも。次はお待ちかねの揚げ物よ!」


 揚げたてを食べたいので、フライと天ぷらは【アイテムボックス】に保管したままだ。

 じゃん、と夏希が取り出した大皿にはクラーケンのフライと天ぷらが山盛りになっていた。


「おおー!」

「これは壮観だな」

「レモン搾ってもいい?」

「俺のはレモンなし!」

「俺はレモン派だ」


 春人は自分の取り分を素早く取り皿に分けて、さっそくクラーケンのフライをぱくりとやっている。


「あちっ! っけど、うまーい!」


 慌てて夏希がレモンを搾り、さっそく箸でフライを摘み上げる。

 ふぅふぅと息を吹きかけて、こちらもぱくり。


「んっ……はふっ…! んんっ、美味しい……」


 うっとりと噛み締める様を眺めていると、喉が鳴りそうだ。

 イカフライにはタルタルソース派だが、ここはまずレモン汁のみで味わってみよう。

 まだ湯気の立っているクラーケンフライをさくりと噛み締める。刺身よりも食感が強い。フライの油とクラーケンの旨味が口の中いっぱいに広がった。

 調味料なしでも、充分なほどに多彩な味だ。夢中で噛み締めて飲み込んだ。


「美味いな。イカの身が弾力があって面白い。これは止まらなくなる」

「なー? 天ぷらも美味いわ。さすが、トーマ兄。衣が薄いのにサクサク軽くて、天ぷらも最高!」

「ええ。美味しいわ。天ぷらは抹茶塩が合うわね」


 促されるまま頬張った天ぷらも、思わず笑い出したくなるほど美味い。


「ビールを飲みたくなる大人の気持ちが分かった気がする……」

「それなー。どんな味か知らんけど!」

「私たちは冷えたサイダーでも飲もうよ」


 夏希が魔道冷蔵庫から取り出したサイダーをコップに注いでくれた。

 フライや天ぷらを食べて、炭酸飲料で油を流す。うん、爽快だ。


「はー……幸せすぎるぅ……」

「一気に全部食べるのはもったいないから、残りは明日以降に食べない?」

「ナツの意見に賛成だ」


 収納リストを確認したところ、まだ十品ほどクラーケン料理が残っている。

 里芋とクラーケンの煮物、クラーケン焼売、ホイル焼き、バター焼きに中華風の炒め物もある。

 クラーケンとたらこのパスタには夏希が歓声を上げていた。パスタといえば、何とイカ墨──クラーケン墨パスタもある。

 食えるのかと、少し不安になった。口にするのに、少しばかりの勇気が必要そうだと思う。


 甘辛いタレで屋台風に焼き上げられたイカ焼きもとい、クラーケン焼きは春人が目の色を変えていた。うん、あれは美味そうだ。イカの形をしていないのが残念だが、味は期待できる。

 だが、収納リスト内の秋生の本命は別だ。

 

「俺はこの海鮮焼きそばが楽しみだ」

「あー! それ、私も気になる。もう絶対に美味しいのが分かりきっているやつだわ」

「イカとエビに帆立の貝柱入りじゃん! 美味そう!」

「今は食うなよ。明日のランチだ」

「うおお……」


 調理された皿以外にも、一口サイズに切り分けられたクラーケンの身がタッパーに入れられていた。

 これを使って、自分たちにも調理をしろということか。じっとタッパーを眺めていた夏希が、ぽつりと言う。


「ねぇ。このクラーケンを使って、シーフードカレーを作ってみたくない?」

「……! ナツ、お前天才か⁉︎」

「クラーケンのシーフードカレー……」


 もう、その響きだけでうっとりしそうになる。絶対に美味しいやつ。カレーのルーは冬馬が送ってくれた物がまだ十箱はある。

 先日、三人がかりで作り上げた、オーク肉カレーはちゃんと食えたし、美味かった。


(できる、な?)


 調理レベルも少しは上がった三人なら、きっとシーフードカレーを作れるはず。

 カレーならよほどの失敗をしないかぎりは、食える味に仕上がると思う。

 

「クラーケン、こんなに美味いなら、また狩ろうぜ」

「そうだな。見かけたら即確保しよう」

「タコ型のクラーケンはいないのかしら? 私、たこ焼きが食べたい」


 耳にした男二人が喉をこくりと鳴らす。

 やめろ。たこ焼きの口になる。


「……タコ型モンスターを見つけても、狩るか」

「おう」


 そういうことになった。



◆◆◆


更新遅くなってすみません。

家人が入院してしまい、更新が少し遅くなると思います。のんびりお付き合い頂けると嬉しいです。


ギフトありがとうございます。

励みになります! 感謝!


◆◆◆

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